第33話 追いかけっこの果てに

 目の前には、山盛りの生クリームが載ったお皿が。


 生クリームに隠れて、パンケーキがあるはずだ。


 さらにその前には、私を見ながら機嫌よく座るユリウスの姿があった。


 ユリウスに捕獲されて連れて行かれた町で、食べ損なったパンケーキを堪能している最中だ。


 私とユリウスが二人でのんびり過ごしているのには理由があるし、私もそれには納得している。


 ユリウスは、私の手がかりが全くなくてどうするか考えている最中に、アダムからの情報提供を受けたそうだ。


 それで私の捜索に出たそうだけど、ついでに半年は帰ってくるな。新婚旅行だと言われたと。


 この辺の事情を聞かされている最中は、何故かユリウスの膝の上に座らされていた。


 これでは、ルゥとリシュアの時と立場が逆だ。


 それで、王都ではユリウスが行方不明ということになっていて、その混乱に乗じて、アダムは粛清を行い、自分が王になっていた。


 その手際の良さに感心したものだ。


 第一王子派だろうと、側妃派だろうと、中立派だろうとまとめて膿みを出し切ったようだ。


 この中には、あのデラクール公爵家や、ローパー公爵家も含まれる。


 ジャクリーンやブライアンの顔が一瞬浮かんで、すぐに消え去っていった。


「だいたい本人に問題があるやつの家も、何かしらしでかしてくれている家だよ」


 随分と後になって、何かの会話の時にアダムが言っていた言葉だ。


 彼女達がその後どうしているかは、興味がないから知らない。


 二度と顔を合わせることがなかったとだけ言っておく。


 そして、王と王妃に毒を使用した側妃とダンスト子爵は長い幽閉の末に、一人ずつ見せつけるように処刑。


 そっちも私は特に興味がなかったので、わざわざそれを見に行ってはいない。


 私が動かないから、ユリウスも行かなかったな。


 ダンスト家は領地没収で取り潰し。


 当主以外の者は王都から地方へ移動する最中に盗賊に馬車が襲われて、元子爵夫人と娘は行方不明。


 天使の微笑みを浮かべたアダムが、しばらくしてからこっそりとリゼットとその母親がどうなったか教えてくれたけど、気分が良いものではなかったから聞き流しておいた。


 ユリウスはそれを聞いて満足気だったけど。


 それで、アダムが王となった時に、ユリウスに聞いた。


「ユリウスはそれで良かったの?」


 と。


「何故だ?ティエラは王妃になりたかったのか?なら、今から軍をまとめて王都を掌握しに行って俺が王になる準備をしてくるけど」


 ちょっと散歩に行ってくるような気軽さで言う内容ではない。


「違う、待って、やめて。そうじゃなくて、ユリウスが3年間戦場で頑張った事が無駄になったのかなって思って」


「ティエラと今後も一緒にいられるようにするには、そうするのがいいと思ったんだ。俺が力をもった立場になって、ティエラ自身に選んでほしかったんだ。ティエラの意思を尊重したかったから」


 そして、さらっと、とんでもない事を付け加えて話した。


「そういえば忘れていたが、戦場にいる間、“動乱と殺戮の神”ってのが、ずっと俺に話しかけてきてたんだ。我が犬となるなら、誰にも負けない力を、弟の神にも負けない力を授けるって。俺はリシュアの犬だから、そんな奴の犬になるわけがない。偉いか?」


 ど、動乱と殺戮の神?


 あ、これって、国が救われた一つの大きな選択だったんじゃない?


 もし、私がラザールにあの時殺されていたら……


 ユリウスはその神と契約をして、この国を消滅させていた気がしてならない。


 あの無感情で無表情なクロノスが、すぐそこで何回も頷いているように見えるのは、きっと気のせいだ。


 アダムが神と契約を果たしてからまだ1年に満たないくらいだけど、それまでにこの国は実は何度も崩壊の危機にあったのでは?


 あぁ、どうしよう。


 ルゥが、誉めてって、尻尾をブンブン振って私を見てる。


「偉いよ、ユリウスは。さすが、リシュアのルゥだね」


 とりあえず頭を撫でてあげていた。


 本当に、神によって、力の与え方が随分と違うものだ。






 クロノスが最初にリシュアの前に現れた時、クロノスは、言ったんだ。


 間も無く、何ものにも代え難いモノとの出会いがある。


 生涯、その者との絆は途絶えることはないだろう。


 その者との絆を守るために、お前に力を貸してやると。






 最初の頃とは違う形の家族になったけど、私が幸せなことには変わりない。


 ここでユリウスと過ごした数日は、すでに満ち足りたものになっていた。


 しかし、と、ふと蘇った事が、私の頭を占領する。


 あれが、大人の男の人になると、あんなになるなんて聞いてない……


 リシュアのだって、あんなんじゃなかった……


 急に思い出して、その時にされた事も思い出して、両手で顔を覆って悶えていた。


 そして、その時にユリウスに晒した自分の姿を思い出して、さらに悶えていた。


 待ってって言うのに、待ってくれなかったし、


 あの『待て』の意趣返しじゃないかと思ったくらいだ。


 転げ回りたい。


 穴に入りたい。


 せっかくのパンケーキの味が、せっかく美味しいの食べてるのに、味が分からなくなった!


「ティエラ?具合でも悪いのか?」


 ユリウスに顔を覗きこまれた。


「な、な、何でもない」


 正直言って、今はその顔を近付けてもらいたくない。


「でも、顔が赤い」


「何でもないの!」


 ちょっと強めに言ってしまったものだから、


「……ごめん」


 あぁぁ、今度はしょんぼりとしたルゥが、上目遣いにこっちの様子を窺っている。


「こ、れ、これ、食べる?おいしくて、感動していただけだから!」


「美味しいなら、ティエラがたくさん食べて。おかわりも頼むか?」


 持ち直してくれたユリウスが、追加注文をしようとするから止めておいた。


 ちょっと色んなものがいっぱいになって、目の前の物を処理するのが大変そうだ。


 外はいい天気だから、この後運動がてら散歩でもしないと晩ご飯が食べられないかも。


 王都中枢の騒動はここまで届かないから、私達ののんびりとした7年遅れの新婚旅行はまだまだ続くのでした。




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