第40話


 スタッフからもらった花束は大きく、控室に戻るまでの間に何度も手を持ち替えてしまっていた。


 準主役として出演していたドラマの撮影が、たった今終わったのだ。


 「五十鈴さん、お疲れ様です」

 「お疲れ様です。ありがとうございました」


 誠意を持ってスタッフにお礼を言えば、会釈を返される。


 ラブミルを卒業して2年以上の月日が経過しているが、すっかり女優として仕事は安定してきていた。


 最近では化粧品をプロデュースするなど、更に活躍の場を広げたために、女性からの支持も以前に増して熱くなっている。


 気づけば、元アイドルという肩書きが付けられることもなくなっていた。


 それくらい、頑張ってきた証拠だ。


 ラブミルもオリジナルメンバーは千穂を筆頭に卒業しているが、公平なオーディションで新メンバーを追加しながら続いている。


 そうしてラブミルは半永久的に続いていくのだ。


 「……もう、2年か」


 あの子と最後に会ったのは、握手会が最後だ。

 欲が出た千穂は彼女から「好き」という言葉を引き出そうとしてしまった。


 アイドルとしてでいいから、もう一度如月美井から告白の言葉を聞きたかったのだ。


 「……懐かしいな」


 色々なものが変わっているのに、千穂は取り残されたまま。

 美井との思い出を、過去のものに出来ていないのだ。


 もう26歳になると言うのに、いまだに前に進めずにいた。


 アイドルを卒業してから、以前にましてそう言った誘いは多くなっていた。

 共演者から直接アプローチされることもあれば、CMを務めるIT企業の役員。


 連絡先を交換しようと誘われても、当然乗り気になんてなれない。


 そして今もさっさと控室に入りたいというのに、共演した女優にしつこく声をかけられていた。


 「南、良かったら今日ご飯行かない?井上さんも来るらしくて…」

 「遠慮しときます」

 「えー、南今年でもう26歳でしょ?アイドルも卒業してるのに、恋愛しなよ」


 ど正論をぶつけられても、首を縦に振る気になれなかった。

 そもそも恋愛は何のためにするのだろう。


 恋人のように振る舞いたいがために、その相手を選り好みするのが大人になるということなのだろうか。


 好きな相手ではなくて、条件の良い人の中から無理やり誰かを好きになるなんて、まっぴらごめんだった。


 だったら1人でいた方がよっぽどマシだ。

 どうでも良い人と一緒になるなんて、到底心が受け入れられるはずがない。


 あの子でないのなら、だったら1人でいいと。

 誰にも頼らずに生きていく覚悟はとっくに出来ているのだ。





 都内のタワーマンションから見える夜景は何とも綺麗なもので、酷くロマンティックだというのに当然一緒に眺める相手はいない。


 あれから何年経っただろう。

 とっくに成人を越えて、千穂はお酒を嗜むようになった。


 夜寝る前は紅茶ではなく、お酒を飲むのが日課になっているのだ。


 広いベッドの上で、考えるのは彼女のことだった。


 一体、今何をしているのだろう。

 美容師としてキャリアを積んだ彼女は、どんな大人に成長しているのだろうか。


 可愛らしいあの子のことだから、きっと素敵な女性になっているのだろう。


 「……はあ」


 忘れようと、思った時もあった。

 しかし自然と脳裏に浮かんで、消えてくれない。


 いつまで経っても、千穂の心を掴んで離さないのだ。


 いまどこで何をしているのだろうか。


 知りたいのに、知りたくない。

 前に進めない千穂と違って、美井はさっさと乗り越えて次に進んでいる可能性の方が高いのだ。


 あの出来事を青春の一ページに刻み込み、綺麗な思い出にしてしまっているかもしれない。


 千穂のことを忘れて他の誰かと幸せになっているあの子の今を知るくらいなら、あのまま時が止まっている方がマシな気がしてしまっていた。

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