第5話ねえ。どうして幽霊は透けてると思う?
「ねえ。どうして幽霊は透けてると思う?」
授業中。僕たちのクラス。
僕は右隣に座っている同級生の女子に唐突な質問をされた。
授業中といっても担当の先生の急な用事で自習中になっていた。だからこうして話すことができるのだった。
僕たちが通う高校は世間一般から見れば進学校と呼ばれても遜色がない偏差値を誇っているけど、真面目に自習をする生徒は意外にも少ない。むしろ積極的に隣とぺちゃくちゃ喋ったり、席を離れる生徒もちらほら居る。
僕はその中で真面目に自習をしていた。最近、成績が下降気味なので、必死にならないといけないなと思っていたのだ。
しかし霊感少女が話しかけてきたら応じなければいけない。これは義務でもなければ義理でもないけど、友達の話に耳を傾けるのは当然だと思うのだ。
「僕は幽霊を見たことがないけど、やっぱり透けて見えるのかい?」
教科書を閉じながら訊ね返すと霊感少女は「いや、透けては見えてないよ」とあっさりと矛盾するようなことを言った。
「私にははっきり見えているよ。えっとね、世間一般では透けているとされているけど、それはどうしてだと思う?」
ああ、そういうことか。もっと分かりやすく言ってほしかった。
「見えないのは透けているからって考えじゃないのかな? まあ透明というより半透明なのかもしれないけど」
「あはは。まるでゴミ袋みたいだね」
何がおかしいのかはさっぱり分からないけど、その喩えは幽霊に対して不敬だと思う。
「まあ一理あるかもね。でも私の考えは違うんだ。聞いてくれる?」
霊感少女の頼みに僕は頷いた。
「透けて見えるのは存在感が薄れていくからだと思うの。つまり消えかかった幽霊だから透けて見えるんだよ」
「消えかかっているのに見える? それはちょっとおかしくはないか?」
僕は気になったので反論してみる。
「透けてしまいそうになるくらい存在感が薄れているってことは、見えにくいってことだろう? だったらどうして幽霊の目撃談のほとんどが透けて見えているんだ?」
僕の疑問に霊感少女は「あくまでも私の推測だけど」と前置きしてから話し出す。
「存在感のある幽霊は見えにくいんだと思う。自分で見えにくくできる『意思』もしくは『意志』のようなものがあるんだと思う。それで消えかかっている幽霊にはそんな意思がないから見えやすくなっている、と思う」
三回ほど『思う』と言われても説得力に欠ける。まあその理由は分からなくもない。
霊感少女は透けている幽霊を見たことがないんだ。全てはっきり見えてしまう。だから透けている幽霊のことを曖昧な表現でしかできないんだ。
「消えかかっている幽霊も透けて見えないのかい?」
「そうだね。だから急に居なくなるんだよ。小学生の頃、通学路によく居るおじさんがある日突然居なくなって、実は幽霊だったって経験をしたことがある」
それは少し怖くて悲しい。知り合いというか顔馴染みが幽霊で突然居なくなる。
喩えるなら親友が突然何も言わずに転校してしまうようなものだ。その喪失感は筆舌にし難いだろう。
「なあ。それって淋しくないか?」
僕は思わず訊ねると霊感少女は「慣れているから平気だよ」と明るく答えた。
それが嘘だって、長くもない付き合いでも分かってしまう。
「……なあ。君は――」
僕は何かを言いかけた。
「うん? なんだい?」
不思議そうな顔をする霊感少女。
「……いや、なんでもない」
僕は言うのをやめた。
もしも霊感がなくなったらどうする? なんて言えやしない。
霊感少女の霊感体質を変えることなんて僕にはできないし、できたとしてもそれは多大な代償を与えてしまうだろう。
魚が泳ぐことをやめてしまうようなものだ。鳥が空を飛べなくなるようなものだ。
それくらい霊感少女にとって幽霊を見ることは当たり前のことなんだ。
「ああ、そうそう。言い忘れてた」
霊感少女は僕に微笑んだ。それは少女らしからぬ妖艶な笑みだった。
「幽霊が透けて見えるのは力が弱い証拠さ。私は全部見える。吐き気がするような光景も全て見えるんだ」
それは多分不幸なんだろうなとぼんやり思った。
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