第3話ねえ。あそこに幽霊がたくさん居るよ

「ねえ。あそこに幽霊がたくさん居るよ」


 放課後。通学路の途中。

 僕は隣を歩いている同級生の女子に唐突なことを言われた。


 霊感少女が指差す先には電柱があり、そこには少ないけど花が飾られていた。

 おそらく事故があったのだろう。よくよく思い返してみれば以前から置かれていたのかもしれない。

 霊感少女は花が置かれているから幽霊が居ると言った訳ではない。本当に幽霊が居るからそう指摘したのだ。


 僕は今月の新刊の小説について会話をしてたつもりだった。しかしいきなりそんなことを言われてしまったら話を合わすしかない。


「どんな幽霊が見えるんだ?」

「六人くらい。老人が二人。子どもが三人。大人の女性が一人」


 そんなことを言いながら近づく霊感少女を僕は腕を引いて止めた。悪戯に近づくのは良くないと思ったからだ。


「ああ、ごめん。何か言っているみたいだったから」


 僕の引き止める手に気づいて、霊感少女は謝った。


「別にいいよ。回り道して帰ろうよ」


 僕が言うと「大丈夫。危害を加える人達じゃないから」と言ってスタスタ歩いていく。

 僕は電柱をあまり見ないようにして、霊感少女の後を追っていった。

 霊感少女は幽霊を見ても手を合わさない。冥福を祈ったりしない。

 どうしてか訊いてみると「幽霊は生きている人に何も遺さないから」と答えた。結構ドライな考え方だった。

 だけど、霊感少女は悲しそうな顔をする。あるいは淋しそうな顔をする。

 それは同情だとか憐憫だとか、自分本位で身勝手な感情ではないと僕は思う。

 どんな想いで悲しげで淋しげな表情をするのか。それは現時点では分からなかった。


「ねえ。どうして幽霊は幽霊同士集まりたがるのかな?」


 電柱を過ぎ去って、霊感少女は何気なく訊いてくる。

 幽霊を見ることができない平凡な僕が言えることは何もないような気がしたけど、それでも自分なりに考えて答えを言おうとした。


「さっきの電柱で言うなら、事故が遭った場所から離れられなくて、それで集まっているように見えるからだと思う」


 ありきたりなことしか言えない自分が少し悔しかった。


「そうかもね。うん、そうかもしれない」


 霊感少女は何度か頷いて、それから自分の考えを述べた。


「私は淋しいからだと思う。他人から見えなくなって、他人から無視されて。淋しくて仕方がないから、集まるんだと思うんだ」


 なんていうか、人間的な考え方だった。もともと理論的ではなく感情的な思考をする霊感少女だけど、幽霊の気持ちになって考えているのは珍しかった。


「幽霊の内の子どもが言ったんだよ。『水が欲しい』って。でも私は水をあげられない。そして誰にもあげられない。あの子は――消え往くまで、ずっと渇きに苦しむのかな」


 僕は霊感少女に同情を覚えた。いくら霊感があるからといっても、祓う力はない。修行を積んだお坊さんではないから、ただ霊視したり、幽霊の声を聞いたりするだけの一人の女の子なんだ。

 僕に何かできるだろうか。幽霊を見ることはできないし声を聞くことができない。ましてや祓うこともできない。


「なに落ち込んでいるのかな?」


 霊感少女は不思議そうに僕を見上げた。


「いや、別に落ち込んでないよ」


 僕は嘘をついて、それから訊ねた。


「なあ。幽霊が集まるくらい事故が起こってるってことは、まさか事故が幽霊の仕業じゃないよな?」


 その言葉に霊感少女は「違うよ」ときっぱり言った。


「幽霊は生きている人に影響を及ぼさないよ。死んだら死んで終わり。少し残ってから、消えてしまうんだよ」


 だから元気を出してと言わんばかりににっこりと微笑んだ。

 僕は「どうしてそんな考え方ができるんだ?」と訊ねた。

 すると霊感少女は悲しげな笑みを見せた。


「だって、死んだお姉さんが教えてくれたんだもん。今はもうさっぱりと消えちゃったし、もう会えないけど。そのことだけは教えてくれたの」


 僕はどう返していいのか、分からなかった。

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