レベルアップが止まらない!

@yagiden

第1話 始まり

『レベルが上がりました』


 そんな女性のような音声を聞いて目を覚ましたのも、もう数分前になる。


『レベルが上がりました』


 また、鳴る。近くに誰かいるわけでもなく、ただただスヌーズ機能のように頭の中だけでコールされていた。


『レベルが上がりました』


 もうこれで何回目だろう。目の前の現実から逃避してただ座り込んで音声を聞いていた。でもこうしているわけにもいかない。いかないけど頭が働こうとしない。

 いやまあ、思い当たる想像はある。この現状がなんなのか、まあ、予想はつくさ。けど信じられるわけがない。あえて口には出さないが、これは実際に身に降りかかっていいものじゃないはずだ。漫画やアニメに留めておくべきことだろう。


『レベルが上がりました』


 はいはい、わかったから。

 しつこい音声を無視してとりあえず立ち上がる。そして手や足や顔や頭を触ってみた。しっかりとその造りを確認する。鏡を見てみないことにははっきりしないが、多分コレは俺だろう。少なくともモンスターじゃない。


『レベルが上がりました』


 記憶ははっきりある。最期は横断歩道を渡っていた。我ながらオーソドックスだと言えるだろう。


『レベルが上がりました』


 古典的だけど頬をつねってみた。普通に痛い。


『レベルが上がりました』


 他にすることはないか。ない。もうない。嫌すぎるほどにない。


『レベルが——————』

「あーーーーーーーーー」


 さすがにくどい。レベル、レベルと現実を突きつけないで欲しい。


『レベルが上がりました』


 ちょっと泣きそうになった。もうわかったから。ステータスも存在するんだよね。


『レベルが上がりました』


「認めます。ここは、異世界です。俺は死にました。ここは夢ではありません。レベルの概念があるようです」


 言ってしまうとスッキリした。スッキリし過ぎて心が空っぽになったような気分になる。この穴には、もう同じものが埋まることはないだろう。辛い。


『レベルが上がりました』

「それしか言いませんね」


 誰かが話しかけているわけじゃないんだろう。システム音声というやつ?


『レベルが⋯⋯⋯⋯⋯⋯』

「えっ」


 一定だった台詞が変わった。場所が場所ならホラー演出だけど、異世界転生って本人にしたら正しくホラーだからちょっとビビる。あ、転生じゃなく転移? どうでもいいか。


『なんなのよ、あんた!! さっきからレベル上がり過ぎでしょ!!!』 

「うわ」


 え、喋った? ちょっと新しいぞ。


『なんか言ったらどうなの!?』

「あ、はい。⋯⋯ここ、どこですか?」

『そりゃ、異世界よ。あんたからしたら。いやそうじゃなく、何でさっきからレベルが上がり続けてんのかってことよ!』

「知るわけないでしょう、異世界なんだから」

『それもそうか』


 というかコールしてたそちらの方が詳しいのでは。


『レベルが上がりました』

「え、また?」

『仕方ないじゃない、これが罰、じゃなく仕事なんだから』

「罰?」

『いいのよ。⋯⋯はい、レベルが上がりました。ったく、楽なノルマだと思ってたのに』


 ノルマ⋯⋯。レベルアップ時の読み上げが? そういう仕事があるって意味か?


『ちょっとあんた。レベルが上がりました。自分に解析のスキル使ってみなさい』

「は、なんですかそれ。というかあなたは何者なんですか」

『私はあんた達が言うところの神様の一人よ。いいから解析してみなさいって。自分に対して使うだけなら念じればできるから』

「はあ」


 言われた通りにしてみよう。念じる。多分ステータスを表示させるのを思い浮かべればいいか。


「お、なんか出てきた。ええっと、名前、トオル・シンミヤ。俺の名前だよな。で、HP、MP、攻撃力、魔力⋯⋯」

『レベルはどうなってる?』

「レベルは⋯⋯、1017 あ、1増えた」

『ああやっぱり。バグってるわね』

「バグ?」

『ええ。あんたその身なりからして、転生じゃなく転移でしょ。他所の人間だからこの世界の法則が適応しきれてないのね』

「へえ、そんなことあるんですね。身体に害とかは?」

『今ないならないんじゃない? レベル上がったわ』


 それまだ要る?


「あ、よく見たらレベルは増えてるのに他のパラメータは上がってない。普通はレベルが上がればそれに応じて他の数値も増えますよね?」

『そうね。だからバグなのよ』


 よくある異世界無双とかはできないのか。楽はできないもんだな。


『レベルが上がったわ』

「それ、仕事なんでしたっけ?」

『そうよ。とりあえずあんたが死ぬまでは読み上げることになってるからよろしく。後、敬語とか要らないわ。それ、嫌いだから』

「そっすか。で、読み上げなきゃ叱られるとかあるの? 絶対めんどくさいだろ」

『まあね。だから適度にやっていくわ。⋯⋯あんた、面白い人生送んなよ。私の時間の一部を拘束してるんだから』


 そういえば罰とか口を滑らせてたな。察するに、懲役刑みたいな感じでシステムの読み上げをやらされてるんだろう。まあ、俺には関係ない話しだ。


「名前は?」

『名前ぇ? サリーで』

「でって。まあいいけど。じゃサリー、街ってどっち?」

『あっち』

「どっちだよ」


 声しか聞こえないんだから。


『自分で考えなさい。あんたの人生なんだから』

「あーそういう感じか」


 じゃあ、腹が減らないうちに、適当に行きますか。

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