第2-6話 いざ、リゾートアイランドへ(後編)

「ふふ……この日差し、ラバウル航空隊を思い出すわね」


「あれ、セーラちゃんラバウルに行ったことあるの?」


「……ごめん、言ってみたかっただけ」


 先週に比べ、だいぶ上達した操艦により、ぴたりと伊402の艦体を桟橋に横付けしたイオニ。

 ドヤ顔ポーズで司令塔の上に仁王立ちしている。


 その横で、手すりに身を預けながら遠い目をするセーラ。

 どうやらカッコつけだったらしく、さっそくイオニにツッコまれている。


 ふたりとも、”上の世界”では大変な思いをしてたみたいだもんな……この1週間で彼女たちからは色々な苦労話を聞いている。

 せめてここボトムランドでは楽しく過ごしてほしい……僕は彼女たちと過ごすうち、その思いを強くしていた。


 ……まあ、どうしても凶悪モンスターとは戦う必要があるんだけどね……。


 僕は苦笑いをしながら、筋力強化の魔法をかけ、艦内の空きスペースに搭載した物資を降ろしていく。

 イオニの話では、本来この伊402は100人以上の乗組員で動かすらしく、僅か3人で動かしている今は空きスペースがいっぱいあってより沢山の荷物を積めるらしい。


 そのおかげでリトルアイランドの人たちに大量の物資を届けられるんだけど……。

 僕たちは港の人たちと協力して、夕方までかけて積み荷を降ろしたのだった。



 ***  ***


「ジェント運輸のトランスポーターさんですね」

「よくぞ……よくぞ来て頂きました……くうっ、これで……!」


 積み荷をすべて降ろし終わり、検分と通関処理も全て完了したところで、受け取りのサインを貰おうと港に隣接した事務所に赴いたところ、リトルアイランドの首長さん自らが僕たちを出迎えてくれた。


 聞けば食料の備蓄はあと1週間分を残すだけだったとのこと……特に生野菜が不足しており、子供たちの中にはビタミン不足のせいで病に倒れる子もいたらしい。


「ぐすっ……たくさんあるから、お腹いっぱい食べてね」


 なにか思う所があったのか、イオニがえぐえぐともらい泣きをしながら、マヨネーズをたっぷり絡めた山盛りのオニオンスライスを子供たちにふるまう。


「ありがとうおねえちゃん! わあぁ! しゃりしゃりして美味しい~♪」


「ふふっ……長期間の航海、野菜を消費し尽くした頃に冷蔵庫から取り出すひとかけらの玉ねぎ……これに勝る美味はないわね」


 セーラも遠い目をしながら、子供たちの頭を撫でている。


 なんにしても、間に合って良かった……僕が胸をなでおろしていると、目尻に涙さえ浮かべた首長さんがやってきて、僕に一枚のチケットを手渡してくれる。


「なにぶん小さな島なので、なんのおもてなしも出来ませんが……せめてゆっくりしていって下さい」

「美味しい魚もございますので」


「こ、これはっ……!」


 首長さんから頂いたのは、ボトムランドに住む女子全てのあこがれ、リトルアイランドのオーシャンコテージ、その最高級スイーツルームのチケットだった!



 ***  ***


「海と言えば~!」

「タコ取りっ!!」


 ふんすと握りこぶしを空高く掲げたイオニが、ビーチに隣接する磯で水面下の穴に腕を突っ込む。


「まだだよ……まだだよ……うひゃっ、来たっ!」


 ザバアッ!


「採ったど~!!」


 獲物と勘違いしてしがみついてきたタコを穴から引き抜き、勝利の凱歌を上げるイオニ。


 その拍子に、ワンピースタイプの大きな胸がプルンと揺れるが、拳に大きなタコをまとわりつかせたままなので、妙に色気が無い。


 にょろにょろしたモノが苦手だと言ってたのに、タコは平気なんだ……。


「全く……アンタは水練中の水雷屋か……」

「あたしはやっぱこれっ!」


 ひゅんっ!


 セーラはタコと戯れるイオニを一瞥すると、疑似餌をつけた仕掛けを、潮通りの良い沖へ向かって思いっきり投げる。


「ふふふん、いい子ね……ほら、ほらっ……来たあっ!」


 ザバアッ!


 歓声と共に、海面からぶっこ抜かれ、ブシューと墨を吐くイカ。


 大物だ……1キロくらいはあるだろうか。


「へへっ、ざっとこんなもんかしら……某GF長官大好物のイカソーメン、フェドにご馳走してあげるわよ!」


 白い手をイカスミで汚しながら、手際よくイカを解体していくセーラ。


「って、フェドはなにやってんの?」



「えっと……あれ?」


 軟体動物と格闘する美少女たちを尻目に、サメさん浮き輪とビーチボールを持った僕は砂浜に立ち尽くす。

 おかしい……一仕事終えて、スタイル抜群の美少女であるふたりとビーチでキャッキャウフフ……そう考えていた僕のヨコシマな欲望は、8本足のニクイ奴らに粉々にされてしまったようです。


「ぷはぁ! もう一匹ゲット~!」

「ねえセーラちゃん! せっかくだからとっときの大吟醸、開けようよ~!」


「まったく、しょうがないわね!」


「…………」


 異世界の水兵さんたちの魂を引き継いだ、やけにオトコマエな彼女たちの”遊び”を前に、張り切って準備したサメさん浮き輪は空しく波間に漂うのでした。



 ***  ***


「ぷっはぁ~! 沁みるねセーラちゃん!!」


 黄昏時ですら青い水平線の向こうに、真っ赤な夕日が沈んでいく。


 海外に並ぶコテージのうち、一番大きいスイートルーム。

 そのバルコニーから見える穏やかな海は、息を飲むほど美しい。


 ロマンチックさは少々足りないが、艦内の倉庫から取り出してきた”ニホンシュー”というライスワインを傾けて、イオニはご機嫌だ。


「ふふっ、”鶴”もいいけど”角瓶”もね!」


 こちらはおしゃれなクリスタルグラスに、琥珀色のウィスキーを注いでいる。


 僕もお相伴に預かったけど、こちらの世界にあるウィスキーと比べ、香りも、味の深みも段違いだった。


「海軍とお酒は切っても切れない関係よ! 飯と酒には妥協しないんだから!」


 得意げに言い放ったセーラの言葉に偽りなしと実感する。


「綺麗……平和っていいわね……」


 セーラはうっとりとした眼差しで、明るく輝くリトルアイランドの街を眺めている。

 僕たちが数か月分の食料を運んできたので、今夜ばかりはお祭り騒ぎだ。


 毎月伊402で物資を運んでくれば、当面リトルアイランドの人たちに豊かな生活を送ってもらえそうだ……僕らもバカンスが楽しめるしっ!


 気持ち良く酔いが回った頭で、そんなことを考える……イオニ達とも、もっとイロイロ仲良くなりたいなー。

 僕が少しだけヨコシマな思いに沈んでいると、やけに真剣な表情をしたイオニが、僕のもとにやってくる。


「……ねえフェドくん、やっぱあのにょろにょろ……シードラゴンやっつけちゃお!」

「わたしたちが毎月食料を運んでくればいいんだけど、やっぱ島の人たちには心からの笑顔でいて欲しいよ!」


「た、確かにそうだね……でも、魚雷の数には限りがあるから」


 とってもいい子なセリフを放つイオニに、心の中の欲望を見透かされた気がして、少し慌てる僕……反省です。


「だいじょ~ぶ、水上戦闘ならたっぷり弾はあるし……なんとかシードラゴンを海面近くまでおびき寄せられないかな?」


「……ふ~む、それなら……あたしの得意なF作業をしますか!」


 ふんすと意気込むイオニに対し、にやりと笑うセーラ。


 彼女には何か策があるのか?


 翌日、僕は斬新なセーラの策に、驚愕することになる。

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