第2-2話 幼女と新たな雇い主

 

 ”魔の海”でワイバーンに襲われていた船を助けた僕たち。

 その船に乗っていたのは小さな女の子で……。


「おおっ……君たちが助けてくれたのか、ありがたい」

「ジェント家を代表して感謝する……いやなに、”魔の海”の定点観測をしていたら夢中になってしまってね……いつの間にかこんな沖まで来てしまった」


 危機が去って安心したのか、立ち上がった少女はやけに大人っぽい口調で話し出す。


 身長は小柄なセーラよりさらに小さく、130センチもないだろう。

 くせ毛気味の桃色の髪は、肩までの長さでくるくると丸まっている。


 もみあげからのぞく耳は、ぴんと尖っており、エルフの血が入っているように思われる。


 魔導研究者がよく着ている丈の長い白衣の下には、グレーのタイトスーツを着ている。

 足元は高めのヒールと、見た目と服装がアンバランスだ。


「それにしても……その”ギフト”は凄い性能だな……見たところ、”ディーゼルエンジン”で駆動し、水中に潜ることのできる”可潜艦”といったところか?」


「!!」


 え、凄い!

 この子、一目で伊402が潜水艦であることを見抜いた!?


 僕と同じく、”上の世界”の書物を読むことが趣味なのか?


 いやでも、この船のエンジンは外から見えないし……なぜディーゼルエンジンで動いていることが分かるんだ?


 鋭い少女の指摘に、驚愕する僕。


 うしろでイオニとセーラが息を飲む音が聞こえる。

 彼女たちも驚いているようだ。


「この子……どうしてわたしのことが見ただけでわかるの~?」


「はっ!? もしかして艦政本部 (軍艦の建造を管理していた組織)の秘密職員!?」


「あのね、んなわけないでしょ……でも、あたしも気になるわ」

「どうしてわかったの?」


 油断ならないかも……少女に向けて鋭い視線を送るセーラ。

 だが、少女はその視線を軽く受け流すと、愉快そうな笑い声をあげる。


「くっくっく……いやなに、排気の煤が石炭に比べて薄いと思ってね……先日デルビー運送ギルドで発見された”ディーゼル自動車”のようなモノかと推測したんだ」

「申し遅れたね、私の名前はイレーネ。 ジェント家の長子で、ジェント運輸の代表者を任されている……こう見えても38歳だぞ、ハイエルフの血が入っているからな」


「「「えええええええええっ!?」」」


 あまりに情報量の多い自己紹介に、僕たち3人の驚愕の叫びが海上に響き渡ったのだった。



 ***  ***


「なるほどなるほど……いやぁ、見れば見るほど素晴らしいギフトだ」


 わうん!


 先ほど助けたイレーネ……さんは、興味深げに伊402の甲板を歩き回り、しきりに頷いている。


 その足元をちょこまかと走り回るのは、漆黒の毛を持つ子犬……彼女の話では、地獄の番犬ヘルハウンドらしい……マジですか。


 彼女の護衛兼ペットで、彼の力を解放すると自分まで危険なので、ワイバーンと戦っているときは能力をセーブしていたそうだ。


「……”えるふ”って、西洋のお伽噺よね……覚悟はしていたけど、異世界ってすごいわ」


「ふふっ、セーラちゃん、そう言ったらわたしたちの存在もたいがいお伽噺だよ~」


 ちょこまかと動き回る一人と一匹を、微笑ましい表情で見守るイオニとセーラ。

 彼女たちには、イレーネさんが38歳といわれても、にわかには信じられないようだ。


「ふむ……フェド君!」

「君はこの船……潜水艦を使って、運び屋 (トランスポーター)をしたいと言っていたね」


「どうだろう? モノは相談なのだが、私のジェント運輸に所属しないか?」


「手前ミソになるが、ジェント王国内ではシェアトップだぞ? ”マテリアル”の在庫も豊富だから、君たちに融通することも可能だ」


 ひと通り甲板上を調べ終えて満足したのか、イレーネさんは僕の前に歩いてくると、腕を組み、ドヤ顔でポーズをとりながら提案してくる。


 これは……スカウト?


 正直な話、いくら画期的なギフトを所有していても、フリーでトランスポーターを営むとなると、営業や経理など、大変な事も多い。


 手数料を取られるとはいえ、どこかのギルドや企業に所属する方が楽だ。


「それに……この”ギフト”の専用使用権を機関に認めてもらう必要があるだろう?」


 !! そうだった……あまりに勢いで飛び出してきたせいか、そのあたりの事務手続きをぜんぶすっ飛ばしていた。


 事後申請は面倒くさいし……にやりと笑うイレーネさんの会社のもとで働かせてもらうのが一番無難なんだけど……。


「僕はそうしたいと思うけど……ふたりはどう?」


 僕だけではこの船は動かせないし、ふたりの意見を聞いてみないと。

 僕はイオニとセーラに問いかける。


「わたしはだいじょ~ぶだよ、マスターであるフェドに従うよ!」

「それに、イレーネちゃんかわいいし♪」


「あたしも大丈夫よ! ……正直フェドって事務作業苦手そうだし」


 うっ……見抜かれている。


「二人も賛成のようなので……それではイレーネさん、ご厄介になります」


「はっはっはっ! 賢明な判断だ」

「こちらこそよろしく……フェド君、イオニ君、セーラ君」

「って、むぎゅっ!?」


 僕の申し出に、嬉しそうに両手を広げるイレーネさん。

 見た目はちっちゃな少女なので、アンバランスさがカワイイ。

 案の定かわいいもの好きのイオニに抱きつかれている。


 こうして、僕たちは思わぬ形でイレーネさんが代表を務めるジェント運輸に所属することになったのだった。

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