第241話 秘密は棚上げ、そして豚に真珠

☆更新が遅くなり申し訳ありません。






『俺は一体何者なのか?』


 ちょっと前にそう問うてきたのはエリスだった。


 そして今、彼女の父親が同じ質問を俺に投げかけている。

 まさか、父娘ともに同じ問いを俺にぶつけることになろうとは。


 血は争えない、ということか。




 俺はため息をひとつ吐くと、もう一度フリード伯爵を見た。


「この身は、ダルクバルト男爵家の嫡子、ボルマンです。それは間違いありません」


「ボルマンよ。謎かけをしている訳ではないのだ。儂は『なぜお前が、帝国内部の––––おそらくごく一部の人間しか知るはずのない情報を持っているのか』と訊いてるんだがな」


「もちろん分かっております。––––先ほどの続きになりますが、この身はボルマンで間違いありません。が、私はボルマン以外にもう一人、違う人間の記憶を持っているんです」


「はあ?」


 怪訝そうに聞き返すフリード卿。


「そのもう一つの記憶の中に、断片的ではありますが『未来の記憶』と言えるものがあります。先ほど閣下が仰った『帝国の情報』も、その内の一つです」


「……そんな戯言を信じろと言うのか? 『実は帝国と通じている』と言われた方が、まだ理解できる」


「少なくともエリス嬢は、信じてくれています」


 俺はエリスの方にちら、と目をやり、再びフリード卿を見た。


「彼女が俺の秘密に気づいたのは、テルナ湖の遺跡でエステルを拐った誘拐犯を追いかけている時でした」




 ☆




 それから俺は、伯爵に伏せていた秘密について全てを話した。


 荒唐無稽な話。


 それでも伯爵が辛抱強く話を聞いてくれたのは、要所要所でエリスが補足してくれたおかげだろう。


 最後に彼女は父親に言った。


「お父さま、よく考えてみて。彼は初めて探索する遺跡の構造を知っていた。まだ起こってもいない帝国の皇太子によるクーデターについても知っていた。それにさっき試演した『銃』にしても、この『ホームセキュリティ』にしても、普通の人には絶対思いつかない発想よ。彼のことをほら吹きだと考えるより、『異なる人間、異なる文明の知識を持っている』と考えた方がよほど納得できるわ」


「ううむ…………」


 額に手をやり、考え込むフリード卿。

 伯爵はしばらく唸ると顔を上げ、じろりと俺を見た。


「やはり信じられん。そんな御伽話のようなことがあるなど……」


「––––そうでしょうね。俺が閣下の立場でも、信じられないと思います。ですから……どうでしょう? とりあえずことの真偽は置いておいて、俺を監視しながら、どう動くかで判断されては?」


「つまり、棚上げ、ということか?」


「はい」


 頷いた俺をしばらくじっと睨んでいた伯爵は、やがて––––


「よかろう」


 と言って腰を上げた。




「エリス」


「はい、お父さま」


「とりあえず、研究所の建設費は持ってやる。建屋が立ち上がるまでに、研究内容ごとに事業計画書を作って提出しろ」


 その言葉に、みるみる喜色を浮かべる天災少女。


「はいっ。承知しましたわ、お父さま!」


 次に伯爵は、俺の方を見た。


「ボルマンよ。貴様の言葉が真実なら、タイムリミットまであと四年だ。その間に俺たちは帝国に対抗できるだけの戦力を整えねばならん。––––できるか?」


 じっ、と俺の腹の中を見透かそうとでもするような目で問いかける。


 でもまあ、これは『できるか、できないか』じゃない。

 できなければ、俺は大切な人たちを失うんだ。

 ならば、答えはひとつ。


「やりましょう」


 頷いた俺に、伯爵は片頬を上げてにやりと笑った。


「よかろう。これからよろしく頼むぞ」


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 そうして俺たちは、がっちりと握手したのだった。




 ☆




 翌朝。

 俺たちは馬を預けてある、宿の裏手の厩舎前にいた。


「ジャイルズ、カレーナ。大変だと思うが、よろしく頼む!」


 俺が二人に声をかけると、


「大丈夫! カミルのおっちゃん連れて、十日で帰って来るぜ!!」

「頼まれたものはちゃんと見つけて来るから。待っててよ」


 ジャイルズは元気よく、カレーナは真剣な顔で頷いた。


「ああ。任務も大事だが、一番大事なのはお前たちが無事に帰って来ることだ。気をつけて行ってきてくれ」


「「了解っ!」」


 そう言って出発する二人。


 昨晩書いたカミルへの手紙は、ジャイルズに託した。

 スタニエフもオネリー商会のメリッサとダナン宛の指示書をカレーナに渡していた。


 ここから先は、彼らを信頼するしかない。


 俺は王都に残留する仲間たちと共に、祈るような気持ちで彼らを見送ったのだった。




 ☆




 それから三日後。

『テルナ川水運協定』の締結の日。


 俺は久しぶりに両親と同じ馬車に乗り、会場である『ローレントの夜風亭』に向かっていた。


 いや、正確には、両親を別の宿に迎えに行ってきた、というのが正しいか。


 時間にルーズな両親のことだ。

 放っておくと、絶対に大遅刻だからな。


 俺は二人に「記念の土産物は先着順なんだけどなー」とエサをぶら下げて、なんとか準備を間に合わせたのだった。


「しかしボルマンよ。こんな馬車を借りて、金は大丈夫なのか?」


 普段乗ることもない豪奢な馬車に、父親(ゴウツーク)が落ち着かなさそうにひそひそと尋ねてくる。


「大丈夫ですよ父上。この馬車はフリード伯爵の口利きで、宿の馬車をタダで借してもらったんです。お金のことは気にしなくても大丈夫ですよ」


「おお、さすがフリード卿! 太っ腹だな!!」


 途端に元気になる豚父。


「どうりで、内装も凝っていて素晴らしいわけね!」


 母親(タカリナ)はそう言って、満面の笑みでごしごしと扉の装飾をこすり始める。


「こ、壊さないで下さいよ。母上」


 万一壊したりしたら、さすがに弁償させられかねん。


 そんなやりとりをしながら、俺たちは会場に到着したのだった。




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