第223話 王都へ 〜 芸術の擁護者との再会
☆
「それじゃあ、行ってくる」
馬上から声をかけると、執事のクロウニーは微笑とともにこう応えた。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ、ボルマン様。ご武運を」
武運、か。
たしかに今回の王都での活動は、俺と仲間たちにとっての戦いとも言える。
社交と交渉、そして営業活動という名の戦いの場だ。
「ああ。留守を頼んだぞ」
「かしこまりました」
最敬礼するクロウニー。
彼には、部分的にだがコリンナのことを話してある。
きっと屋敷に残るリードとティナ親子、装飾細工師のルネのことを気にかけてくれるはずだ。
ホームセキュリティも稼働させているし、安全面は問題ないだろう。そもそもメインターゲットであるカレーナが不在だしな。
今回の同行者は、以前からのメンバーにナターリエを加えた総勢8名。
そして人化できる謎生物が1匹。
俺たちは馬車で後発する豚父たちに先がけること三日、騎乗で王都に向かう。
この人選と動きは、王都での活動と移動中の安全面を考慮した結果だ。
「ジャイルズ! ボルマン様のことをしっかりお守りするんだぞ!!」
「言われるまでもねーよ!!」
デカい声で怒鳴り合う、クリストフとその息子。
「出会う人たちとの縁を大切にな」
「承知しています。父さん」
オネリー親子は静かに言葉を交わす。
「お嬢様がた、お気をつけて」
エステル邸の使用人たちもエステルとエリスを見送りに来ている。
もちろんややお疲れ気味のコリンナも一緒だ。
「わたしは大丈夫です。ボルマンさまとカエデ、皆さんが一緒ですから」
そう笑顔を返すエステル。
最近の彼女は、内面の強さが美しさに磨きをかけてる気がするな。
「カレーナも気をつけて」
ティナがカレーナに声をかける。
その声に、照れがちに頷くカレーナ。
「うん。……おみやげ、楽しみにしてて」
意外なことに、最近二人は仲がいい。
どうも引っ越しの手伝いをきっかけに話すようになり、隣室ということもあって交流が増えているようだ。
俺はティナの横で羨ましげに俺たちを見ている少年に声をかけた。
「リード、すまないが新人たちの世話を頼む」
声をかけられると思っていなかったのか、驚いたようにこっちを見た主人公は、すぐにこう怒鳴り返してきた。
「わかってるよ! そのかわり……次は俺も連れて行ってくれよ!!」
「ああ、約束する」
王都への憧れの強いリードのことだ。
今回は人数やレベルの関係で連れて行けないが、次は連れて行ってやろう。
俺は皆に号令を出す。
「よし。そろそろ出発するぞ!」
「「はいっ!!」」
こうして俺たちは、王都に向けて出発した。
☆
王都への旅は、俺たちにとって過去最長の騎乗移動となる。
日数にして約四日。
めぐる街を宿泊の有無で区別すると、以下のようになる。
(ペント)→(モックル)→テンコーサ→タルタス→(クルス)→ドヤド→(エマッテ)→王都ローレント
馬車で行けば各街に泊まらなければならないが、騎乗であればそこそこゆっくり行っても一つ飛ばしで移動できる。
テンコーサのあと隣接するタルタスに泊まるのは、次の町……エステルの実家があるクルスでの宿泊を避けるためなのだが、実はそれ以外にもう一つ目的があった。
☆
「やあ、久しぶりだね。なんでも最近はあちこちで大活躍だそうじゃないか」
そう言って笑顔で俺たちを迎えてくれたのは、久しぶりのタルタス男爵だ。
半年前に厳しい交渉をした応接間に、彼は俺たち……エステル、エリス、スタニエフを迎え入れてくれた。
「エリス嬢も、お久しぶりです。––––そしてそちらはエステル嬢かな?」
「はい。ワルスール・クルシタ・ミエハルが八女、エステルと申します」
隣の婚約者が、カーテシーで礼をする。
久しぶりに見る彼女の正式な立礼。
元々姿勢がよく、振る舞いの美しい彼女だ。
その優雅な姿に、あらためて惚れ直してしまう。
「初めまして。パトリス・アルト・タルタスです。噂のボルマン君の婚約者殿にお目にかかれて光栄です」
その言葉に、頬を染めるエステル。
彼女は恥ずかしそうにこちらを見ると、タルタス卿に「こちらこそ光栄です」と返した。
男爵は頷くと、俺の後ろに控えているうちの金庫番に声をかける。
「君も久しぶりだね。スタニエフ君。うちの子たちは役に立ってるかな?」
その言葉にスタニエフは相合を崩した。
「はい。その節は大変お世話になりました。メリッサは会計として今や我が商会の要となってますし、ダナンには調達担当として買い入れの目を磨いてもらっています。二人とも勤勉でよく私を助けてくれていますよ」
「そうか。それを聞いて安心したよ。––––さあ、立ち話もなんだ。みんなかけたまえ」
男爵は俺たちにソファをすすめ、自分も腰を下ろすと楽しそうに笑った。
「さて、ボルマン君。今日はどんな提案を聞かせてくれるんだい?」
☆
「今回の王都行きに合わせて、本格的にトゥールーズを売り出そうと思ってるんです」
俺の言葉に、タルタス卿は喜色を浮かべた。
「そうか。いよいよ彼らを売り出すのか!」
「はい。それでタルタス卿のお力をお借りできないかと思い、ご相談に伺いました」
「そうかそうか。それは実に楽しそうな話だね!」
かつて絵描き志望だった男爵家の次男坊は、目を輝かせて身を乗り出した。
アトリエ・トゥールーズ。
このタルタスに拠点を置く新進気鋭の芸術家集団で、うちの豚母・タカリナへの贋作販売をきっかけに、俺の傘下に入った若者たちだ。
今は隔月でタカリナに自分たちが製作した『昔の芸術家のタッチを真似した芸術品』を売りつけながら、自分たちオリジナルの作品づくりに取り組んでもらっている。
「それで、どんな売り込み方を考えているんだい?」
興味津々といった顔で尋ねる男爵に、俺は言葉を返す。
「見て頂きたいものがあるんです。––––スタニエフ」
俺が声をかけると、スタニエフはずっと小わきに抱えていた巻物をテーブルに広げた。
そこに描かれているのは、デフォルメされた若い貴族の男女と、彼らに激怒する老紳士。特に老紳士は、まるでマンガのようにコミカルに描かれている。
上段にはタイトルと思しき文字が踊り、中段に役者の名前、下段には場所と日付が書かれていた。
「これは…………ひょっとしてオペラの広告かい?!」
目を丸くするタルタス卿。
俺はにやりと笑った。
「ご明察です。来週から王立歌劇場で公演が始まる新作オペラ『コメンディ侯爵家と婚約指輪』。その内容をポスターにしたものです」
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