第154話 主人公への提案
『隣村まで、歩いて行けるのか』
リードに投げかけた問いは、聞きようによっては相手を馬鹿にした質問だと思う。
だがこの世界における『移動』が、常に魔物や盗賊の襲撃と隣り合わせであることを考えれば、また違った捉え方になるだろう。
「お前たち、今、レベルはいくつだ?」
俺の問いかけに、さらに固まる二人。
「…………」
ちょっと待ったが返事がないので、言葉を続ける。
「お前たちが入り浸ってる『狭間の森』だが、あそこに出現する魔物の中で一番強いのは、レベル4のコーンラビットだ」
狭間の森には他に、レベル2のキングフロッグ、レベル3のジャイアントラットなんかが出現する。これら3種の中で、一番レベルが高く、敏捷性と攻撃力に優れるのがコーンラビットだった。
「そこから推察するに、二人ともレベル5というところか」
リードの肩がわずかに揺れる。
分かりやすく図星らしい。
まあ、ゲーム『ユグトリア・ノーツ』の主人公たちの初期レベルが5なので、ゲーム準拠なら当たってるはずだ。
「領内でよく出没するゴブリン、ホブゴブリン、ワイルドドッグのレベルは、大体4〜6程度。一対一ならなんとか戦えるだろう。だが……」
俺は、リードのところまで歩いて行き、問う。
「奴らはほとんどの場合、3〜5匹程度の集団で『狩り』をする。果たして今のお前たちに撃退できるかな?」
主人公の顔が歪む。
俺はくるりと身を翻し、彼に背を向けた。
「ゴブリンにすら勝てない奴らが、帝国の密偵から身を守るだって? 冗談がキツいよな」
「じ、冗談なんかじゃないっ!」
大げさに首をすくめる俺に、リードはやっと食いついてきた。
「俺だって、修行していけばそのくらい!」
「無理だね。師匠について修行するならともかく、格下の魔物相手に戦っているだけでは、そうそうレベルなんて上がるものか。そもそも––––」
俺は主人公を振り返る。
「お前、さっき素手の俺に負けたんだぞ? 半年前には無様にやられていた俺が、今は素手で剣を持つお前に勝てるようになっている。きちんとした訓練を受けることがどれだけ大切か分かるだろう」
「ぐっ……」
言葉に詰まるリード。
俺は先ほどから泣きそうな顔で俺たちを見ているティナに目を向けた。
「ティナ、お前はどうなんだ?」
「っ!」
「庇ってくれるリードの後ろにいるのはいいが、さすがにコイツも四六時中つきっきり、という訳にはいかないだろう」
できるだけ威圧しないように、少し離れて、ゆっくり話すよう心がける。
「お前の武器は弓だと思うが、一人でいる時に短剣を持った相手に襲われたら、身を守るすべがないよな。それでいいのか?」
「それは……っ」
リードに続き、言葉に詰まるゲームヒロイン。
まあ、返事を求めてるわけじゃないので、そのまま置いておく。
俺は俯く二人の前に立った。
「と、まあ、そういうことだ。今のお前たちは帝国の手に掛かれば、あっという間に殺されるだろうし、拉致されるだろう。まあ、それだけなら俺も放っておくんだが……」
キッ、と俺を睨むリード。
ティナも悔しそうにこちらを見ている。
俺は彼らを無視して続けた。
「––––残念ながら、ことはお前たちだけで済む問題じゃなくなった。ティナとペンダントが帝国の手に渡れば、奴らは遺跡を暴いて大精霊ユグナリアの力を手に入れ世界を力で支配するだろう」
二人の前に立つ。
「それに帝国は、目的のためなら手段を選ばない。実際昨日は、遺跡を暴く目くらましのためだけに、狂化ゴブリンを操って村を襲わせることまでやったんだからな」
「ええっ?!」
「うそっ……」
驚き、顔をあげる二人。
リードが叫ぶ。
「あのゴブリンたちは、帝国が?!」
「ああ。テナ村の遺跡の最深部には、奴らが連れてた二体が転がってるぞ」
「そんな…………」
茫然とするリードとティナ。
「このまま手を打たなければ、帝国はさらに強行な手を打ってくるだろう。有り体に言えば––––」
そこで、思わず言葉に詰まった。
これを口にしていいものか。
二人にとって……いや、彼女にとって、あまりにキツい言葉になる。
一瞬、迷い、視線を彷徨わせていると、先ほどから腕を組み、お仁王さまのように立っているエリスと目が合った。
次の瞬間、彼女はつかつかとティナとリードの前にやって来ると…………二人を見下ろして、こう言った。
「有り体に言えば。あなたたちがグズってるせいでこちらが出し抜かれ、村が焼き払われて住民が皆殺しにされる未来もあり得る、ということよ!」
––––俺が言おうとした言葉を、躊躇なく叩きつけやがった。
エリスさん、カッケー!!
エリスの強烈な言葉と剣幕に、青い顔になった憐れな子羊たち。
俺はエリスに『あとは俺がやる』と手のひらでジェスチャーしてみせる。
身を引くエリス。
俺は怯える二人に近づき、静かに言った。
「絶対とは言えないが、できる限り安全に暮らせるようティナと父親は俺が保護する。……リード。自分の手で彼女を守りたいなら、強くなれ。お前が命がけで彼女を守ると約束するなら、クリストフに頼んでお前が修行できる環境を作ってやる」
俺の言葉に、はっとしたように顔を上げるリード。
「ティナもだ。こちらで準備するから、自分で自分の身を守るすべを学べ」
ティナもわずかに顔を上げた。
俺は一歩下がり、問う。
「さて、あらためて訊こう。リード、うちで修行するか?」
「…………る」
ぼそり、と呟くリード。
俺は聞き返す。
「なんだって?」
「……修行する! 俺は、ティナを守るために修行する!!」
––––それが、俺と主人公たちとの関係がはっきりと変わった瞬間だった。
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