第153話 現実と向き合うとき

 

 ☆



 オフェル村の往来でのゴタゴタの後、俺たちはリードとティナを連れて村長の家に戻っていた。


「––––というのが、お前の母親と、その一族『古き森の民』にまつわる話だ」


 今ダリルは、二人にティナの出生の秘密と、ダルクバルトに流れ着くまでの逃避行の経緯について説明してくれている。


 先ほどの、こぶしを交えた『お話し』の後だからだろうか。ティナとリードはダリルの話に静かに耳を傾けている。


 俺たちは彼らから少し離れたところで、その様子を見守っていた。




「ボルマンさま?」


 隣のエステルが、ひそひそと俺に囁いた。


「ん?」


 彼女に顔を寄せると、エステルは、じっと俺の目を見ながらこんなことを尋ねてきた。


「今までティナさんに、何をしてきたんですか?」


 ぎくっ


 俺の中の『訊かれたくないボルマンの所業ランキング』でも割と上位に位置するその問いに、思わず目をそらす。


「えーと。……まあ、そのぅ……」


 ぐきっ


「ぎゃっ?!」


 エステルの両手が俺の顔をつかみ、自分の方を向かせる。


「正直に、話してくださいますよね?」


 え、笑顔が恐いですよ、エステルさん?


 俺の心の声を聞き取ったのか、彼女の笑みがさらに深まる。


「話してくださいますよね?」


 ゴゴゴゴゴ、という見えない文字とともに圧がかかる。


「わ、わかったから」


 俺は白旗をあげた。




「まあ、その、なんだ。一言で言えば……」


「一言で言えば?」


「二人に会うたびにしつこく迫った訳だ。『そのペンダントをよこせ』って。……何度も。繰り返し、二年くらいに渡って」


 言いながら、ついつい首をすくめる。


「…………」


 俺の告白に、表情を変えず、じっとこちらを見つめるエステル。


「まぁ、大体リードが彼女を庇って木剣での打ち合いになるんだけどな。それで返り討ちにあうまでが『お約束』というか……」


 なんとも情けない話だ。

 俺は二年近くの間、ティナを脅し続け、リードに負け続けた。


 それでも諦めなかったボルマン。

 はたから見れば、ちょっとストーカーちっくだったかもしれない。


「…………」


 沈黙が、痛い。

 しばらく俺の顔を見ていたエステルは、やがて––––


「それだけですか?」


 小さく首を傾げてそう尋ねた。


「それだけだよ」


 こちらも首を傾げて、そう告げる。


「本当に?」


「本当に」


 彼女は、ふぅ、と息を吐いた。


「……思ったよりもひどい話じゃなくて、ほっとしました」


 そう言って、安堵の顔になったのだった。




 ☆




 ダリルは自分の話だけじゃなく、俺たちから聞いた話も一緒に説明してくれた。


 遺跡のこと。

 その『鍵』が、カエデであり、そしてティナとペンダントであること。

 帝国が遺跡を暴くために『鍵』を探していること。


 それらを、彼の視点から説明してくれたのだ。

 俺たちからすれば、それで大分手間が省けた。


 なにせ、この関係性だ。

 俺がリードとティナに何を言ったところで、まず猜疑の目を向けられるところから始めなければならなかっただろう。


 そういう意味で、俺たちの秘密を知り、かつ、二人から最大の信頼を得ているダリルは、俺たちと彼らの仲を取り持てる稀有な存在と言えた。




「––––そういう訳で、私は帝国からお前を守るために、ボルマン様の庇護下に入ることにしたんだ」


 ダリルの話が終わった。


 彼の話を聞いていたティナは、膝の上のこぶしを強く握りしめ、黙って床を睨んでいる。


 一方のリードは厳しい顔でティナ同様に床を見つめていたが、やがて顔を上げダリルを見た。


「おじさん。俺がティナを守るんじゃダメですか?」


 リードの問いに、ダリルは首を横に振った。


「リード。君が幼い頃からティナのことを陰に陽に助けてくれてきた事にはとても感謝している。だが、この件には関わらない方が良い。帝国は強大で、容赦なく、執拗だ。奴らが本気になれば、暗殺者や、場合によっては竜騎士団を送り込んでくるくらいのことはやるだろう。残念だが、君一人の力でどうにかできる相手じゃないんだ」


「……っ」


 唇を噛むリード。


 まあ一人では無理だろうが、優秀な仲間が何人かいれば、将来的にティナだけは守り抜けるようになるかもしれない。


 彼らの話を聞きながら、俺はそんなことを考えていた。


 なんせ主人公である。

 ゲームの設定が生きていれば、成長スピードも最終到達レベルも、常人を遥かに超える素質を持っているはずだ。


 もちろん今はまだ、圧倒的にレベルも経験も足りてない訳だが。




「…………」


 俺は、ちょっとだけ引いた位置から彼らを見てみることにした。


 ダリルの意志は固いだろう。

 彼は自分の経験と俺たちの話から、帝国の恐ろしさをよく理解している。


 問題は、ティナとリードだ。


 ティナは父親の決定に全く納得できていないようだし、リードはそんなティナを『放ってはおけない』という顔をしている。


 このままでは『二人で駆け落ちして、リードは殺され、ティナとペンダントは帝国の手に落ちる』なんて笑えない結末すらありうる。


 流れを、変えなければならない。


 だが俺が何を言ってもティナは(本心では)受け入れないだろう。


 ならば話をすべき相手は『彼』ということになる。




「なあ、リード」


 俺は主人公に呼びかけた。


「……なんだよ」


 暗い顔をこちらに向けるリード。


「さっき『自分がティナを守る』って言ってたけどさ……」


 つとめて感情を抑え、言葉を続ける。


「そもそもお前、一人で歩いて隣村まで行けるのか?」


「え?」


「ティナと二人でもいいけどさ。二人で歩いて村を出て、ペントやテナ村まで無事にたどり着くことができるのか、って訊いてるんだ」


 主人公が固まった。








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