第143話 ユグトリア・ノーツ③
自らの素性を明かし、助けられたことに感謝の言葉を口にしたカエデ。
彼女は顔を上げると、俺とエステルを見た。
その表情には、ある種の決意のようなものが浮かんでいる。
「このようなことになってしまったのは、全て私が原因です。彼らは私の力……遺跡の扉を開くことができる『神祀りの巫女』としての力を狙ってこのような凶行に及びました」
やはり、そうだよな。
カエデの力と、本来の『鍵』であるティナの力の関係についても、あとで考察が必要だろう。
カエデは、きゅっとこぶしを握り、言葉を続けた。
「おそらく私が生きている限り、帝国は何度でも刺客を放ってくるでしょう。再びエステル様を狙うかもしれませんし、ボルマン様や、あるいはダルクバルト領自体を狙ってくるやもしれません」
そこまで言った彼女は、真っ直ぐ俺の目を見た。
「この身はどうなろうと構いません。どのような処遇も、処罰もお受けします。ですからどうか……どうか、エステル様をお守りください」
カエデの片目から一筋の涙が流れ、彼女は再び深々と頭を下げた。
「あの、ボルマンさま……」
隣のエステルの声に俺は頷き「わかってる」と短く囁いた。
「カエデさん、とりあえず顔をあげてくれないか」
俺の言葉に、顔を上げるカエデ。
そこには、いつもの鉄面皮のような表情はない。あるのは、妹のような主のことを案じる、一人の少女の姿。
そんな彼女に、俺は言った。
「この問題は、君をどうにかしたことで片付く問題じゃない。コトはそう簡単じゃないんだ」
そう。
今回の事件の直接のきっかけは、カエデさんがテルナ湖の石碑の文字を読んでしまったことにある。
が、それはあくまできっかけに過ぎない。
「おそらく帝国は、すでに邪神の力を得るため各地の遺跡の調査を始めている。カエデさんという鍵が見つからなければ、ティナという鍵を見つけ利用するだけだろう。その両方の鍵と遺跡がダルクバルトにある以上、遅かれ早かれ、帝国と事を構えることは避けられない」
俺の言葉を、神妙に受け止めるカエデ。
そこで、発言を求めた者がいた。
「なあ、ちょっといいか?」
––––カレーナだ。
「ああ。気づいたことがあったら遠慮なく言ってくれ」
俺が首肯すると、彼女は「大したことじゃないんだけどさ」と前置きして話し始めた。
「今回の事件て、二つの事件が同時に起こってるじゃん? エステルの誘拐と、ゴブリンの襲撃と」
「そうだな」
「さっきのあんたのゲームの話って、なんか似てない? その、ティナとかいう子の誘拐と、魔物の襲撃と」
「……え?」
カレーナが苦笑まじりに言った言葉。
その言葉に……俺は凍りついた。
「ち、ちょっと待ってくれ」
今、彼女は何を言ったのか。
ゲーム『ユグトリア・ノーツ』序盤の魔物の襲撃シーン。
村を魔物の群れが襲い、そのどさくさに紛れてティナが誘拐される。
気を失った少女を抱え、魔物の隙間を縫って立ち去るローブの男。
その動きに迷いはない。
––––まるで犯人は、魔物の襲撃を予期していたかのように…………
「……そうだ。カレーナの言う通りだ。あれは……あの場面は、帝国の工作活動だった可能性がある。なぜ俺は今まで気づかなかったんだ?!」
思わず、頭をかきむしった。
これまで俺は、あの魔物の襲撃を『魔獣の森の大暴走』だと思い込んでいた。
なぜなら、ゲームのNPCたちがそのように説明していたから。
狂化ゴブリンにオフェル村を襲われてすら、その思い込みを捨てられなかった。
一体、なぜ???
……だって、
だってゲームのあれは、狂化ゴブリンじゃなかった。
金色に光る瞳と、まるでオークのような大きさまで異常に体躯が発達したゴブリン––––そんな描写は、ゲームにはなかった。
作中でオフェル村を襲っていたのは、翼を持ったガーゴイルのような魔物だったのだ。
そもそも『狂化』なんて現象自体『ユグトリア・ノーツ』には出てこない。
だから気づかなかった。
ゲームのアレが、帝国の工作活動であることに。
俺が継いだ2つの村を滅ぼした本当の敵は、魔獣の森の高レベルモンスターなどではなく、狂化され、帝国に操られた傀儡どもであったことに。
「くそっ『ユグトリア・ノーツ』って一体何なんだ!?」
俺は思わず、こぶしをテーブルに叩きつけた。
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