第141話 ユグトリア・ノーツ①
『未来の記憶』。
遺跡の攻略中に仲間に話した時に出てきた言葉だが、さて、どう説明したものか。
カエデには『絵物語』という言葉を使ったが、その説明で果たしてエリスが納得するだろうか?
俺は腕を組み、しばし考える。
皆が、俺の言葉を待つ。
…………。
テレビゲームの概念を、テレビすらない世界の相手に伝えるのって、難しいよな。
たっぷり数十秒考えたのち、俺は口を開いた。
「エリス」
「なによ?」
「今から俺は、異世界『地球』のものを、極力こちらの世界の人間でも分かるように、近いものに例えて話をする。だから、そういう前提で聞いて欲しい」
「それは構わないけど……そんな前置きが必要なほど、『チキュウ』はこの世界と違う場所なの?」
訝しげに問うエリス。
そんな彼女に、俺はこう言った。
「違う。文明のレベルで言えば、おそらく五百年ほどの開きがあるはずだ」
「ご、五百年?!」
エリスが目を丸くして聞き返す。
彼女がここまで驚くのは、初めて見るかもしれない。
「そうだ。技術が発達し、人が機械の力で空を飛び、星の世界にまで進出する時代。遠く離れた国の景色を、家の中で絵を見るように眺められる世界。俺が、川流大介が生きていたのは、そういう場所だ」
俺の言葉に、その場の全員が絶句した。
「……だけどまあ、人の営みなんてものは、そう変わらないさ。働いて、金や物を得て、飯を食う。そして遊ぶ。友人と買い物に出かけたり、酒を飲んだり、演劇や歌を鑑賞したり。俺みたいな友達がいない奴は、家で本を読んだり、一人でゲームしたりしてたな」
「一人でゲーム? 相手もなしで?」
カレーナが痛いところを突く。どうせぼっちだったよ。
俺は苦笑した。
「ああ。盤と駒を使ってやるボードゲームがあるだろ? あれをさっき言った『遠くの景色が見える箱』に映し出して遊べるようにしたテレビゲームというものがあるんだ。対戦相手は遠くの人間を選ぶこともできるし、AI……人工知能を選ぶこともできる」
「じ、人工知能?! あなたがいた世界ではホムンクルスが実用化されてるの???」
身を乗り出すエリス。
こいつ反応いいよな。
「いや。地球にあった人工知能……人工頭脳は生き物じゃない。すごく小型化して、複雑な計算を高速でできるようにした計算機だ。……スタニエフ。この世界の商人や技師は、複雑な計算をするときに道具を使ったりしないか?」
いきなり振られたスタニエフが、あたふたする。
「ええっと、計算するときに使う道具というと……算術具のことですか? こう、四角い枠の中で、玉を移動させるものは、よく使われてますね」
両手を使って玉を動かす動きをしてみせる、未来の商会長。
どう見ても、横型のそろばんだな。
「それだ。その算術具を複雑にして、小型化自動化した機械を考えたらいい。俺たちの世界ではその人工頭脳を使って、複雑な計算をさせたり、ゲームの相手をさせたり、絵を動かしたりといったことをさせていたんだ」
「絵が、動くのですか?」
隣のエステルが、興味しんしんといった顔で尋ねてくる。可愛い。
「ああ。絵といっても精緻なものじゃなくて、簡略化(デフォルメ)されたものだけどね」
俺は懐から紙とペンを取り出し、さらさらとデフォルメ絵を描く。
絵心がないのでひどいものだが。
「ほら、人が剣を持っているように見えるだろ。手元の操作器(コントローラー)のボタンを押すと、こんな感じの簡略化した絵が動くんだ」
今度はゲームのコントローラーの絵を描き、先ほどのスタニエフよろしく、その紙を持ってエア操作して見せる。
「右のボタンを押せば右に、左のボタンを押せば左に、ね」
目を丸くしてその様子を見ていたエステルは、
「すごく面白そうですね!」
にっこりと微笑んだ。
そうだね。
向こうの世界で君と一緒にゲームができたら、楽しかっただろうな。
そんなことを思ってしまった。
「––––さて。ここからが本題だ」
俺は気持ちを切り替え、皆の顔を見た。
「今話した『テレビゲーム』には色々なものがあって、その中には、登場人物を操作しながら物語を追体験できる『ロールプレイングゲーム』というものもある」
「ろ、ろーる……?」
ちんぷんかんぷん、といった顔で聞き返すジャイルズ。
「なあジャイルズ。お前は、絵物語の騎士や勇者に憧れたことはないか?」
「そりゃあ、あるぜ。小さい頃は立派な騎士になって絵本に出てくる悪いドラゴンや魔法使いと戦うんだ、って思ってたし」
「つまり、その登場人物の絵を動かして、物語を擬似的に体験できるゲームなんだ。分かるか?」
「な、なんとなく……」
引きつり笑いするジャイルズ。
実際見ないことには、想像もしづらいよな。
「まあ、そのロールプレイングゲーム……ロープレにも色んな作品がある訳だけど、その一つに『ユグトリア・ノーツ』という名前のゲームがあった」
「……ユグトリア」
呟くエステル。
「どこか、ユグナリアさまと似たお名前ですね」
「そうだね」
確かに。
もうここまでくると、偶然とは思えないな。
「その『ユグトリア・ノーツ』のストーリーについて話すから、ちょっと聞いててくれ。質問はあとで受け付ける」
そうして俺は、ゲームのシナリオについてかい摘んで説明した。
主人公は辺境の村の少年、リード。
新たに村の領主となった元王国騎士の弟で、自身も騎士を目指し魔物討伐に励む少年。
ある日、村は大量の魔物に襲われる。
兄たちの活躍で村は壊滅を免れるものの、襲撃の混乱に紛れて何者かに拐われてしまう幼馴染の少女ティナ。
リードはティナを探すために旅立ち、その旅の中で邪神復活にまつわる恐るべき陰謀に巻き込まれていく。
そこまで早口で一気に話した俺は、息を吐いた。
「ざっと、こんな内容だな」
一瞬の沈黙。
最初に口を開いたのは、もちろん彼女だ。
「––––理解したわ。それがあなたが言っていた『未来の記憶』ということね」
エリスがまとめる。
「つまりこの世界は、あなたがいた『チキュウ』のゲームの中の世界で、今は本格的にゲームのシナリオが始まる三年前にあたる、と。そういうことね?」
目を細め、努めて冷静に問う彼女に、俺は首肯した。
「そう断言もできないけどな。ゲームの設定や遺跡の構造、登場人物の多くが一致するのは確かだが、魔物の体内から魔石が取れたり、狂化なんてものがあったり、ゲームと異なることも多いんだ。ただ、何らかの関係があるのは確かだろう」
「ふむ……」
考え込むエリス。
そこで、スタニエフが手を挙げた。
「あの、一つ構いませんか?」
「ああ、いいぞ」
俺が促すと、スタニエフはどこか躊躇しながら口を開いた。
「先ほどの設定の中で、リードの兄が新領主になった、という話がありました」
「ああ、そうだ」
「そっ、それでは、ボルマン様は、どうなってしまったんでしょうか???」
「あっ……」
その話、やっぱりしないといかんよね。
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