第138話 それぞれの顛末①

 

 テナ村側の森から響いてくる人の声。

 そのざわめきと物音から、かなりの人数がいると思われた。


「カレーナ、何か分かるか?」


 この場で一、二を争う探知の名手の耳に頼る。


「待って」


 目を閉じ、気配を探る金髪の少女。

 やがて、


「––––『早く』、『準備を』。『斥候は』…………」


 そこでカレーナはゆっくりと瞼を開け、俺を見た。


「『ボルマン様の痕跡を探せ』」


「クリストフか!」


 俺は叫び、安堵の息を吐き出した。


「どうやらオフェル村の狂化ゴブリンの方も、無事片付いたようですね」


 スタニエフの言葉に、大きく頷く。


「ああ。さすがクリストフとケイマン殿だ」


 王国最高レベルの騎士二人が率いる精鋭部隊。

 なんとかなるとは思っていたが、やはりこうしてちゃんと確認できるとホッとする。


「早く行ったげた方がいいんじゃない?」


 悪戯っぽく笑うカレーナ


「そうだな。早く顔を見せてやろう」


 彼女に同意した俺は、皆に号令をかけた。




 ☆




 森の小道を進むと、やがて兵士たちの姿が見えた。

 あれは、うちの領兵だな。

 ……渋滞中だ。


「おい、ちょっと通せ」


 先頭を行く俺が声をかけると、こちらを振り返った兵士が飛び上がった。


「ボ、ボルマン様!」


 慌てて道を開けてゆく兵士たち。

 俺たちは彼らが開けた道を進む。


 やがて祠の広場にたどり着いた時、遺跡の入口前では、二人の騎士が数人の兵士に指示を出しているところだった。


「捜索隊は、小隊単位で––––」


「ご苦労だな。誰を探してるんだ?」


 背後から近づいた俺が、しれっと声をかけると、


「決まっとるだろう! ボルマン様を……」


 振り向いたクリストフが目を見開いた。


「ぼっ、ボルマン様っっっ!!!!」


 うちの領兵隊で一番野太い声が、森の中に響きわたった。


「ご無事でしたかぁっ!!!!」


「おまっ、声がデカ……」


 思わず耳をふさぐ。


「––––ということは、エステル嬢とカエデ殿は??!!」


 問われた俺は、半歩横にずれる。


「あの、皆さまには大変ご迷惑をおかけしてしまいました」


「本当に申し訳ございませんでした」


 進み出たエステルとカエデは、深々とお辞儀をしたのだった。


「おお、おお! よかった。本当によかったですぞおおおお!!!!!!!!」


 漢泣きを始めるクリストフ。

 その横のケイマンは、不安そうに俺たちの後ろをきょろきょろ覗く。


「エリス、ケイマン殿が心配してるぞ」


 声をかけると、後ろの方にいた天災少女が不機嫌そうに顔を出した。


「お、お嬢様っ!! お怪我はありませんか????」


 主人に駆け寄る若い騎士。

 そんな彼にエリスは、ぷいっと横を向く。


「だっ、大丈夫よっ。……………………まったく、過保護なんだから」


 どうやら照れ隠しらしい。

 面倒くさいヤツだ。


 俺は、パン、パン、と手を打った。


「とりあえず皆、村まで戻るぞ! 向こうで話を聞かせてくれ」


 木々の影が伸び、あたりは薄暗くなっている。

 さっさと村に戻って野営やら何やらの準備をするべきだろう。


 今日は色々あり過ぎた。

 早く皆を休ませてやりたい。


「…………」


 ついでに俺も早く座りたい!




 ☆




 ––––数刻後。

 俺たちはテナ村の村長の家にいた。


 村長一家は俺の指示で村人を連れて領都ペントに避難しているので不在。寝床や夕食の準備は、うちの兵士たちがやってくれた。


 来客用の部屋でそれぞれひと息ついた俺たちは、食堂で兵士たちが用意してくれた夕食をとり、そのまま話をしている。


 メンバーは、俺のパーティー全員とクリストフ、ケイマン。

 要するに、今日あったことの報告会だ。


 一応パーティーメンバーには「疲れてるだろうから無理に出なくていい」とも言ったんだが、ふたを開けてみれば全員出席。

 皆、働きすぎだ。

 これが世に言う『アットホームな職場』というやつだろうか。


 …………。

 いや、そんなことはない……はず?




「なんだって?」


 長テーブルを挟んで対面にいるクリストフの報告を聞いた俺は、耳を疑った。


「つまり狂化ゴブリン関係の被害は、家屋の破損が数軒と、家畜が一部やられただけ。人的被害はゼロということか?」


「は! その通りですぞ!」


 暑苦しい笑顔で肯定するクリストフ。


 狂化ゴブリン討伐の成果は、一言で言えば『想像以上』だった。

 質的にも量的にも『なんとかなる』と思っていたが、まさか住民と兵士の被害をゼロに抑えるとは……!


「準備していたとはいえ、ここまでスムーズに住民の避難を実施できたのは大したものだ」


 感嘆の声を漏らすと、クリストフは大きく頷いた。


「村長以下、住民同士が声をかけあって、一人残らず避難しとりました」


 師匠の隣のケイマンも感心したように口を開く。


「魔物の掃討後、隣の森に避難した彼らを迎えに行ったのですが、子供たちも老人や幼い子に声をかけながら、悲観することなく助けを待っていました。特に子供たちをまとめていた茶髪の少年と桃色髪の少女は、取り残されかけた老人に気づいて村まで助けに戻ったとか。––––いやはや、うちの兵士の模範にしたいくらいの大した子たちですよ!」


 ははは! と愉快そうに笑うケイマン。


 ––––ふむ。茶髪の少年と桃色髪の少女、ね。


 俺は、彼らとの因縁が深いであろう子分たちに目をやった。




 即座に反応したのは、スタニエフだ。


「リードとティナでしょうね」


「…………だな」


 あっさり二人の名を口にするスタニエフと、思うところがあるのか、ぼそっと同意するジャイルズ。


 主人公とヒロインは、やはりどんな状況でも英雄的に振る舞ってしまうということだろうか。


「落ち着いたら、表彰してやらないとな」


「ひょっ、表彰???」


 俺の言葉に反応するジャイルズ。


 すまんなジャイルズ。

 こういう時は、分かりやすい英雄が必要なんだ。


 取り残されかけた老人を救った村の少年少女と、その働きを正当に評価し、表彰する次期領主。


 領内で危険な魔物の発生を知りながら、村への襲撃を防げなかった間抜けな領主家は、これで批判の対象から賞賛の対象に早変わり。


 リードとティナの俺への信頼も、ぐっと高まるに違いない!


(お前には遺跡の宝箱から手に入れた宝剣をやったし、内々にボーナスも考えるから、それで今は勘弁しろ)


 珍しく難しい顔をして考え込むジャイルズに、俺は心の中でそんなことを呟いたのだった。


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