第128話 神の力を持つ化け物
後方から発せられたエリスの発動句。
その声が聞こえた瞬間、俺たちはとっさにその場に転がった。
「ナっ?!」
同時に動きを止める、正面の異形と化したラムズ。
そこに、エリスが放った光球が飛び込んだ。
閃光と爆音。そして衝撃波。
全身がビリビリと震える。
その爆風の中、俺は効果確認のため無理やり顔を上げ……
「えっ??」
固まった。
変形した腕と脚で、顔を防ぐように覆うラムズ。
その体を金色の粒子が取り巻き、波打つように輝いていた。
あたかも防御膜(バリア)のように。
化け物が防御を解く。
ニタリと嗤う歪な顔。
「ハテ、蝿(ハエ)デモ止まリマシタかネ?」
余裕の表情が、俺たちを見下ろしていた。
「オルりすノチカラヲえタワタしニ、おるりすノチカラヲリヨウスルふうジュツがツウヨウスるワケがナイデショウ」
カタカタカタ、と嗤う化け物。
体が震えた。
ひた、ひた、と恐怖が忍び寄るのを感じる。
俺は心のどこかで期待していたのだ。『エリスの封術が決定打になる』と。
祭壇の間に踏み込んでからこっち、局面を打開してきたのは彼女の封術だった。
そのエリスの封術が、効かない。
一瞬、頭が真っ白になった。
ギギギ、と硬いものが軋む音が近づいてくる。まるで獲物を狙う捕食者のように。
いや、それは捕食者そのものだった。
「みんな、立てえ!!」
自らも立ち上がりながら叫ぶ。
「おうっ!」 「はいっ!」
立ち上がるジャイルズとスタニエフ。
状況を察したらしいスタニエフは青ざめた顔で。気づきもしないジャイルズは不敵な笑みを浮かべて。
おめでたいヤツだ。
思わずこちらまで笑えてくる。
……だが、そうだな。今俺たちがやることは変わらない。
「防ぎきるぞ!!」
そして、化け物と激突した。
☆
「速えっ!!」
右隣のジャイルズが喚く。
その向こうでは、スタニエフが必死に敵の鎌の攻撃を盾で捌いていた。
ラムズの攻撃を受け始めて間もなく。
––––俺たちは敵に翻弄されていた。
左右の鎌の腕。
背中から生えるサソリの尾のような三本の槍の尾。
そして金色に輝く目から放たれる、火球、風刃、雷撃などの封術。
それらが俺たち三人を、連続して、あるいは同時に襲い、封術の衝撃波が吹き荒れる。
「ぐっ!!」
目の前に迫った巨大な黒いツメ。
それをバックステップで躱すと、今度は左側から巨大な鎌が襲ってくる。
タイミングと角度を合わせて逆袈裟に剣を振るい、鎌を上方に受け流す。
刃が、俺の目の前を通過した。
「ちっ!」
思わず舌打ちする。
三対一。人数では優っているはずなのに、手数で負けている。
おまけに、誰一人として『戦士の祝福』(クリティカル)が出ない。これまでは、当たり前のように高確率で発動していたのに–––。
俺たちは、明らかに押されていた。
「『氷槍(アイスランス)』!」
背後から聞こえるエリスの声。
化け物の頭上に封術陣が浮かび、鋭い氷の槍が撃ち下ろされる。
「!!」
だが彼女の封術は、敵の本体に届くことなくあっさり金色の防御膜に打ち消されてしまった。
「なんでよ?! なんで効かないのよ!!!!」
苛立ったエリスの叫び声があたりに響く。
俺は即座に叫び返した。
「エリス! 『閃光音響破裂弾(スタン・グレネード)』!!」
脳裏に浮かんだのは、先ほどの『爆轟(エクスプロージョン)』。
あの時封術をくらったラムズはダメージこそ受けなかったものの、閃光と爆音に一瞬だが顔を覆って凍りついていた。
つまり、五感への働きかけは有効だということ。
少しでも隙がつくれるなら、エリスの封術も戦術に組み込める。
あとは彼女が素直に指示に従ってくれるかだが……。
「……わかった」
しばしの躊躇い。
きっと納得しきれてはいないのだろう。
エリスの目的は、帝国への復讐。
スタン・グレネードでは敵にダメージを与えることはできない。つまりそれを使っている限り、自らの手で敵を屠ることはできないのだ。
それでも俺たちに託すことを決心してくれたのか、小さく承諾の声が聞こえた。
(そういえば、カレーナは?)
先ほどから姿が見えない隠密スキル持ちの少女のことを考えたその時。
視界のすみに小柄な影が映った。
それは化け物に背後から忍び寄ると、もはや変形して面影のない首元あたりに短剣を突き刺し、すぐに離れる。
そしてまた近づくと、短剣を突き刺していた。
一撃離脱を繰り返すカレーナ。
彼女の隠密スキルは、『創世神オルリスの力を得た』というラムズを相手に、十分通用しているようだった。
だが……
「自動回復???」
短剣を突き刺され紫色の液体を噴き出していた傷口に金色の光が集まり、みるみる傷が塞がってゆく。
「くハハはハハハハはハハっ! 効キマセンねエ!!」
攻撃の手を緩めることなく、高笑いするラムズ。
それでも鬱陶しそうに背中の三本の尾を大きく振り回すせいで、カレーナは一度距離を取らざるを得なかった。
まさに八方塞がり。
封術は通らない。
物理攻撃も回復される。
一方でこちらは、短時間の攻防で急速に体力を消耗していた。
「なあ、坊ちゃん。……なんか、異様に疲れねえか?」
肩で息をしながら問う、隣のジャイルズ。
「へ?」
ジャイルズの言葉に一瞬だけ目を向けると、右翼を守るスタニエフもぜえぜえと息苦しそうにしながら敵の攻撃を防いでいた。
たしかに、何かがおかしい。
あがる息。
やたらと重く感じる身体。
化け物と化したラムズから繰り出される連続攻撃は苛烈だが、まだ戦い始めて数分だ。
これしきのことでバテるような、ヤワな訓練はしてこなかったはず。
なのに、じわじわと力を奪われてゆくような、この感覚は何なんだ?
まるで、足元から力を吸いとられるような……
「ひょっとして、エナジードレインか?!」
足元で薄く波打つ金色の粒子。
もしこいつが俺たちから生命力を奪い、ラムズを回復しているとしたら?
ぞくりと背筋が寒くなった。
「これじゃあジリ貧……」
言いかけた俺は、その言葉を最後まで続けることができなかった。
ラムズの金眼が鋭く輝き、次の瞬間、眼前に小さな封術陣が浮かぶ。
その中心にちらつく、赤い光。
「っ!!」
ノータイムで発動する封術。
目前に迫った高速の火球を、俺は体を捻り紙一重で躱した。
脇を掠めて飛んで行った火球が、背後で破裂する。
だが俺にはそれに気を取られている余裕はなかった。
視界の端……左上から、鎌の刃が迫るのが見えた。
「くっ?!」
封術を躱した不安定な姿勢から、地を蹴り鎌を受け流そうと剣を左に振る。
が、わずかに遅い。
剣身の角度が合わない!
このままだと剣の腹で受けることに……
バキンッ!!
剣が真っ二つに折れて切っ先が吹き飛び––––
「ガハッ!!!!」
巨大な鎌の刃が俺の脇腹を直撃した。
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