第115話 遺跡の中へ

 

 〈テルナ湖畔の森・祠前〉


「……やっぱりな」


 木々に囲まれた盛り土の斜面に作られた、石積みの祠。

 祭壇の奥の壁にぽっかりと空いた穴を見た俺は、ギリ、と歯ぎしりした。


「これが遺跡の入り口ですか?」


「坊ちゃんの妄想じゃなかったのかよ」


 驚き目を見開くスタニエフと、失礼な声をあげるジャイルズ。


 パシッ


「いてっ?!」


 とりあえず脳筋(バカ)の後頭部を無礼打ちし、そのまま「行くぞ」と宣言して祠の中に進もうとする。


「ちょっと待ちなさい」


 そんな俺の腕を引き、留めたのは天災少女だった。


「なんだよ?」


「遺跡って何よ? これが入り口だって言うの?」


 俺を力ずくで振り返らせ、すごい形相で詰め寄ってくるエリス。


 こいつは何を言ってるんだ?


「問題の二人組は一年前から遺跡(コイツ)を嗅ぎまわってた。エステルを誘拐してまでカエデという『鍵』を動かしたんだ。当然、連中も、エステルも、多分カエデも、この奥にいるはずだ」


「何それ、初めて聞くんだけど???」


 …………あれ?


「言ってなかったか?」


「聞いてないっ!!!!」


 耳元で叫ばれ、衝撃が脳天を突き抜ける。


 そういえば、半年前に湖(ここ)に来たとき、エリスは居なかったんだっけか。


 俺はかいつまんで事情を説明した。




「––––という訳で、うちの古文書が正しければこれは『水の遺跡』の入り口で、その遺跡はカエデが使う禁術と何らかの関係がある」


 俺の説明を憮然とした顔で聞いていたエリスは、話が終わると「一つだけ」と言って尋ねてきた。


「一般的に遺跡は強力な魔物の棲家になっていると聞くけど、対処する算段はあるのかしら?」


 当初の懸念だったレベル不足の問題。

 だが最近の出来事のおかげで、その問題は(ギリギリだが)クリアできる水準に達していた。


「俺たちのレベルは、先の狂化ゴブリンとの戦闘で皆20以上にまで上がっている。古文書に書かれている魔物が当時と変わっていなければ、やりよう次第でなんとか突破できるはずだ」


「何が出るのよ」


「表層では、採掘狂土竜(マッドワーカー)、ジャイアントワーム、サーベルタイガー。深層では、魚人(マーマン)、バリアントシザーズ、陸鮫(おかざめ)とかか。ああ、あとガーゴイルもいる」


「それ、本当に倒せるの?」


 訝しげに問うエリス。


「表層では水と火と光の三属性、深層では風と土属性の封術で対抗する。火の鞭(ファイアウィップ)や大地の拘束(アースバインド)なんかで足止めしてボコればなんとかなるだろう」


「一度にたくさん襲ってきたら?」


「ねーよ。先行してる帝国の連中の取りこぼしを始末するだけだからな」


 実際『ユグトリア・ノーツ』のゲームでも、主人公パーティーが数で押されたことはなかったはずだ。


「誰かが命を落とす可能性は?」


「そりゃああるだろ。油断してりゃ普通のゴブリン相手だってやられるさ。––––それより多分、帝国の密偵の方がよほど危険だぞ? やつらは帝国流の封術と戦闘術を使い、狂化ゴブリンまで操るかもしれないんだ。心配するならそっちだろ」


 俺がそう言うと、エリスは探るような目で俺を見据え、やがて小さくため息をついた。


「そうね。どのみち私たちは前に進むしかない」


「ああ。魔物はお前たちには近づけさせないから、遠距離で封術をぶっ放しながら、犯人連中とどう戦うかを考えておいてくれ。俺は魔物のことは多少分かるが、帝国兵との戦い方なんざ見当もつかないからな」


「帝国との戦い方……」


 エリスは目を細め、僅かな時間何かを考えるような素振りを見せると、凍り付くような目でこう言った。


「そんなもの、今更考えるまでもないわ。もう何年も奴らの殺し方を考えてきたもの」


 その言葉に、その表情に、気圧される。

 まるで、我が身と刺し違えてでも敵を殺そうかという気迫。


 そうだった。

 彼女が天才と呼ばれるまでに封術に人生を捧げてきたのは、帝国と戦うためだったな。

 全ては殺された兄貴の復讐のため。


 だが……、


「エリス。気持ちは分かるが、今回の最優先はエステルの奪還だ。現有の戦力でできるだけ被害を出さずにどうやって彼女を取り戻すかを考えてくれ」


 彼女の目を見据えてそう言うと、エリスは口を尖らせた。


「分かってるわよ。絶対に妹を取り戻す。そのためには何だってやるわ」


 いやだから、できるだけ被害を出さずにやりたいんだが。

 こいつ、本当に俺の意図を理解してるんだろうか?


「それじゃあ、行くぞ。いつも通り、前衛はジャイルズと俺。後衛はエリスとカレーナ。スタニエフは後衛を守るように動いてくれ」


 頷く仲間たち。

 俺たちは各々武器を手に、祠の中に––––崩れた壁の奥に、入って行った。




「『灯火(トーチ)』」


 カレーナの封術が発動し、彼女が持っていた小枝の先に灯りがともった。

 入り口から漏れ入るわずかな光のみで薄暗かった部屋が、一気に明るくなる。


 それは、大人が立っても頭がぶつからないくらいの天井高さがある、六畳ほどの小部屋だった。


「壁の向こうにこんな部屋があるなんて……。もう何百年も、村の人たちにさえ気づかれずにいたんだな」


 灯りを掲げたカレーナが呟いた。


 村に残された伝承にも、この祠の入り口のことは触れられていなかった。

 彼女の言葉は、おそらく正しい。


 そして彼女の灯りのおかげで、俺たちの前にこの部屋に数百年ぶりの侵入者があったことも明示されていた。


「壁の絵の一部がなくなってますね。……ひょっとしてこれは、隠し扉だったんでしょうか?」


 スタニエフの言葉に、俺は頷いた。


「多分、そうだな。カレーナ、壁を照らしてくれ」


「––––はい、これでいい?」


「ああ。ありがとう」


 カレーナが光る枝を部屋のつきあたりの壁にかざすと、緑の植物に包まれたきれいな女性(女神?)の壁画が暗闇に浮かび上がった。


 絵の中の女性は優しげな微笑みを浮かべ佇んでいたが、その膝から下は絵が途切れ––––壁に穴が空いて下りの階段が出現していた。


「スタニエフの言う通り、元々これは隠し階段だったんだろうな。残念ながら先客が通ったあとのようだが」


「逆に言えば、この先にエステルがいる可能性が高い、ということね。あとカエデも。見当違いの場所を手当たり次第探すよりよっぽどましだわ」


 皮肉げに薄く笑うエリス。


 帝国が絡むとブラック気味になるよな、こいつ。

 気持ちは分かるが、ここから先は冷静な判断と行動をお願いしたい。


「それじゃあ、俺が先行するぜ」


 初めての遺跡に興奮が隠しきれない様子のジャイルズが、先に進もうとする。


「階段を降りれば魔物の巣だ。帝国の連中が待ち伏せしてる可能性だってあるんだ。後衛と分断されないように後ろにも注意を払えよ?」


 テンションが高そうなジャイルズを見て、不安になった俺が注意を促すと、脳筋は俺の腕をバンバン叩いて笑った。


「分かってるって! 油断なんてしねーよ。坊ちゃんは本当に心配性だよな!!」


 …………不安だ。




 両側を壁に挟まれた階段を降りてゆく。

 そうして建物一階分ほど降りた俺たちは、開けた場所に出たのだった。


「すげえ! これが遺跡か?!」


「床が光ってますよ。どういう仕組みなんでしょう???」


 感嘆の声をあげるジャイルズとスタニエフ。

 階段から降りてきた後続の女子二人も、目を見開いていた。


「すごい……。これが遺跡? さすがの私も実際に入るのは初めてよ」


「私も、こんなとこ初めて見る。……この光る床、切り出して売ったらいくらになるんだろ」


 そこは岩盤をくり抜いて作ったと思しき、学校の教室くらいの大きさの広間。

 天井と壁は概ね天然の岩だったが、普通の建造物と違うのは足元の石畳が微かに青い光を放っていることだった。


「封術か、禁術か。どちらにしろ床から剥がした時点で光が消えそうだけどな」


 カレーナの問いかけにそう返すと、彼女は「ちぇ」と口を尖らせた。


 エリスが俺を振り向く。


「それにしても、さすがは遺跡ね。いきなり道が三つに分かれるみたいよ?」


 その言葉につられ、前方を見る。


「…………」


 ホールから前方に伸びる一本の道。

 その先は彼女が言うように三つ又に分かれていた。


「間違ったルートを選んだら、貴重な時間を浪費する……どうするの? リーダー」


 俺はしばし考え…………、一つの道を指差した。

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