第73話 探り合い

 

 父親の話の区切りで、フリード伯爵が口を開いた。


「聞けば、そちらのご子息が先陣を切って賊に斬り込んだとか。いやはや、大したものだな」


 そう言って片頬を上げ、にやりとこちらを見る。

 俺は伯爵を見返した。


「少し誤解があるようです。先陣を切ったのは確かに私ですが、先頭に立って斬り込んだのはうちの領兵隊長ですよ。私は彼の後に続いて突喊したに過ぎません」


「謙虚だな。だが同じことだ。自ら行動を起こしたという事実は変わらない。それだけ武勇があったということだろう?」


「せっかくお褒め頂いているところ恐縮ですが、あの時はあれが一番ましな選択だっただけですよ。武勇ゆえの決断ではなく、消去法であれ以上にいい方法が思いつかなかったんです」


 俺の返事に、伯爵が目を細める。


「ほう? だが背を向けて逃げる選択肢もあっただろう」


「道幅がさほど広くない場所でしたので、馬車を転回するのに時間がかかることは明白でした。父はあまり馬に乗りませんから、逃げるとすれば徒歩となります。賊の中には騎乗している者が複数おり、逃げ切れる保証がなかったのです。また賊の数が我々の兵数を上回っていた為、貴領の兵士がまだ戦えているあのタイミングが最後のチャンスだと判断しました」


「……なるほど。優れた状況判断だ」


 海賊伯の顔から、笑みが消えた。目を細め、俺の心の内を探るように睨む。

 そして、ポケットから見たことのある手紙の封筒を取り出した。


「それで、我が家に多大な貸しを作った貴様は、調子に乗ってこんな手紙を私に寄越してきた訳だ。『この襲撃には黒幕がいる可能性がある』だと? たかだか男爵家の跡取りごときが儂に意見するなど、片腹痛いわ!!」


 バンッ!! とテーブルに手紙を叩きつける伯爵。

 俺を含め、皆がびくっ、と固まった。


「ボ、ボルマンっ!! お前、一体何をやらかしおった!?」


 豚父が俺の胸元を掴み、揺さぶる。

 頭の中がシェイクされる。


 伯爵の怒りは本物なんだろうか? それとも他に意図が?


 ……大丈夫。これは虚仮威し、ブラフだ。


 本気でこの手紙を問題にするつもりなら、タルタス卿に寛大な処置をとる訳がないし、わざわざダルクバルトまで来る意味もない。


 伯爵の今の小芝居にどんな意味があるのかを考えないと。


 彼自ら足を運んだのは十中八九、俺(ボルマン)に会うためだ。

 この手紙の真意を探るため。そして俺がどういう人間かを探るためだろう。

 敵か、味方か。

 味方にするに値する人間か。

 既にエステルと婚約し、ミエハル子爵家に接近しているダルクバルト男爵家が、なぜフリード伯爵にアプローチをしたのか。

 それを測りに来るのだろう、というのは来る前から予想していた。


 問題は、ミエハル子爵家の娘で婚約者のエステルがいる前でこういう威圧をしてきたのはなぜか、ということだ。


 新興勢力のミエハル子爵家と、伝統的地位を実力で維持するフリード伯爵家は、表立って対立はしていないけれど、水面下ではしのぎを削っている。


 どちらの陣営につくのか白黒はっきりさせろ、ということだろうか。

 それとも俺の対応を試しているのか。


 ……おそらく両方かな。

 でも、ここでこちらが完全にフリード伯爵側についてミエハル子爵に敵対するのはまずい。最悪、エステルとの婚約を破棄されてしまう。


 一方でうちとしては、東部に大きな影響力を持つフリード伯爵から敵対視されるのもまずい。むしろこの機会に懇意になっておきたいところだ。

 今後進める商業面のてこ入れで力を借りたい思惑がある。


 明確にはミエハル子爵に敵対せずに、フリード伯爵側につく。まるで曲芸だけど、ここはそういう難しい舵取りをしないといけない局面だ。


 ……よし。

 伸るか反るか。なんとかやってみよう。


 俺は、未だ服を掴む父豚の手を掴み、外す。クリストフのブートキャンプで鍛えてるので、なんてことはない。


「む……?!」


「父上、私に弁明の機会(チャンス)を下さい」


「だがお前……」


「私がしでかしたことですから、まずは私がお詫びせねばなりません」


 そう言うと、父豚は手を下ろした。

 俺は伯爵に向き直る。


「まず、私ごときが身の程を弁えず図々しくもフリード卿にお手紙を差し上げたことにつき、お詫び申し上げます」


「……フン」


 伯爵は片目を細め、ドスの効いた睨みをきかして来る。


「ですが、我々が望む王国東部の安定のために、フリード卿のお力にすがる他なかったのです。どうかご容赦頂きたく」


「フン、東部の安定ときたか。貴様が心配するようなことではあるまいに」


 どうやら、話を聞く気はありそうだ。


「我が領は立地の不利があり経済活動も微々たるものですが、農産物を中心にいくらかは他領と取引があります。そして、それが我が領の生命線なのです。交易路となる東部地域の街道の安全、そして街道を管理する領地の安定が崩れると、我が領は交易路を失い一気に干上がってしまいます」


「だから儂に手紙を出した、と?」


「はい。伯爵は東部で最も影響力を持たれる方です。同時に、今回の件の被害者でもいらっしゃいます。私は真っ先に話を通しておくべきだと判断致しました。……もちろん、貴殿と誼(よしみ)を結びたい、という思いはありますが」


「ほう…………。確かに、儂の傘下となれば、貴様が得られるものは大きいだろう。だがこの件で儂が得られるものは何だ? 貴様の手紙に踊らされ、貴領が傘下に入っても、我が領が得られるものはほとんどあるまい」


 試すような言い回しをする伯爵。

 ここが踏ん張りどころだ。


「後者については『今後にご期待下さい』と言うほかありません。ですが前者、私の手紙については、既に貴領にとって有益な効果をもたらしているのではありませんか?」


「はて、なんのことかな」


 伯爵は口の片方の端を上げる。


「私が盗賊の背後に黒幕がいる可能性を示唆したことで、タルタス卿への処分が変わったのではないかと思います。その結果、黒幕の思惑……つまりタルタス領乗っ取りは阻止され、タルタス卿はこれまでの中立的な立ち位置を捨て貴殿の陣営に加わる流れになった。タルタス領は小領ではありますが、街道沿いに位置する要衝です。色々な意味で、貴領にとって有益な結果になったのでは、と愚考する次第です」


 何せタルタス領は、ライバルであるミエハル子爵の隣の領地だ。そこが中立か自陣営かでは、勢力争いにおいて大きな違いがあるだろう。


 俺の言葉を、伯爵は鼻で笑って返してきた。


「はっ! 貴様が警告してきた黒幕のことなど、はなから想定済みだわ。タルタス卿への処分は、貴様の手紙などで変わってはいない。最初からあのようにするつもりだったのだ」


 いやいや。あんた、タルタス卿に「ダルクバルトの息子に助けられたな」って言ったらしいじゃん? 話が合わないよ。


 ……まぁいいや。

 違う方法でその嘘(ハッタリ)、暴いてみせるさ。


「なるほど。フリード卿は、最初から盗賊のバックに黒幕がいると考えられていた、と?」


「その通りだ」


「一体、何を根拠に、そう思われたんですか?」


 俺の問いに、伯爵は初めて返事を即答しなかった。


「…………我が娘エリスと、護衛の騎士の報告から、そう判断したのだ」


「なるほど。そうですか。……エリス殿?」


「な、何よ?」


 いきなりの問いかけに、顔を引攣らせるエリス。


「お父上は、あなたと騎士ケイマン殿の報告から、黒幕の存在に気づかれたそうですが、あなた自身はそれに気づかれていましたか?」


「わ、私は……………………気づかなかったわ」


 海賊伯の娘は、俺の視線から逃げるように俯いて、呟いた。


「そうでしょうね。……騎士ケイマンはどうでしょう?」


「…………ケイマンから黒幕の話を聞いたことはないわ」


「そうですか。ありがとうございました」


 俺は伯爵に向き直る。

 フリード伯は、何を考えているのか分からない顔でこちらを見ていた。


 ここまでの話で、彼の話がハッタリであることは誰の目にも明らかだ。

 でも、これ以上は追及しない。


「私が疑問を持ったのは、捕えた盗賊の一人の言動がきっかけでした。盗賊団のメンバーの中でただ一人の封術士の少女。我々の馬車で護送中に、彼女は私にこう言ったのです。『貴族であることを隠れ蓑に、こんなことをやってるなんてね!』と」


 俺は全員を見回した。


「まるで我々が犯罪者で、彼女たちはそれを取り締まろうとして返り討ちにあったような口ぶりです。しばらく考えて、私は一つの結論に至りました。ひょっとして彼女は、何者かに騙されたんじゃないか。この盗賊団には黒幕がいて、何かの目的のもと、こんなことをさせてるんじゃないか、と。……これは後で分かったことですが、彼女はギルドの指名依頼で、王室のからむ極秘の依頼だと騙されて、連中に加わっていました」


「ギルドの指名依頼だと……?」


 フリード伯が唸るように呟く。


「以上のことから、私は今回の事件に黒幕がいることを確信しています。そしてそいつは、何らかの理由でタルタス男爵の失脚を狙っているのではないか、と考えています」


「「…………」」


 場がしん、となる。


 俺が緊張しているのを感じたのだろうか。

 エステルがこちらを見て、優しく微笑んだ。


「くく…………」


 獰猛な笑みを浮かべ、肩を震わせる海賊伯。

 ……やべぇ。ちびりそう。

 そう思った次の瞬間、部屋が揺れた。


「ぐははははははははははははは!!!!」


 突然の爆笑に、他の者は思わず身を引いた。

 海賊伯はそのあだ名に違わない豪快な笑い方で辺りを揺らすと、ぐい、と俺に顔を近づけ、睨んだ。


「なるほど。エリスが『用心しろ』とうるさく言うのももっともだ。こいつは一筋縄じゃあいかねえ。たいしたタマだ。……なあ、ボルマンよ!!」


「お、お褒めにあずかり、どうも」


 伯爵は俺を睨みながら、にやりと笑う。


「気に入った。お前にうちの娘をやろう」


「はあ?」


 思わず眉をひそめて訊き返す。


「ボルマン・エチゴール・ダルクバルト。お前は今日からエリスの婚約者だ!! ……うちの娘を泣かしたら、殺すからな」


「「「ええっ??!!」」」


 その場にいた伯爵を除く全員……もちろん俺も……の目が点になる。


「ちょっと! パパ、何言ってるの??!!」


 エリスが悲鳴のような抗議の声を上げて父親に詰め寄り、エステルが泣きそうな顔で俺を見た。

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