第68話 テナ村
以前、この世界に来たばかりの頃、父親(ゴウツーク)に掛け合って領内に三つある村の一つ、テナ村の帳簿を閲覧する許可をもらったことがあった。
帳簿から分かったのは、農業的には意外と恵まれた土地であること。
ただし流通が整備されていないせいで外との取引がとても少なく、金銭的にはいささか寂しい状態にあることなどだった。
テナ村は、王国最南東に位置するダルクバルト領の、さらに最南東に位置している。
つまり、王国最南東の村。
ダルクバルト領内の地図があったとして、地図の中心点を挟んで左上のペントと点対称の右下の位置にある。
村の東には狭間の森、テルナ川、魔獣の森。
北にユグトリア・ノーツの主人公リードたちが住むオフェル村。
西にトーサ村。
そして南には森が広がり、その先には我がローレンティア王国と南方のサラハ王国を隔てる峻険なローレント山脈が横たわっている。
今、俺たちは馬に乗り、ペントから反時計回り、トーサ村経由でそのテナ村に来ていたのだった。
「のどかで落ち着いた雰囲気の村ですね」
隣を歩くエステルが微笑んだ。
「そうだね。うちの領地でも一番田舎の村だし、王国全体で見ても辺境の辺境だからね」
俺たちは村長宅にお邪魔して遅めの昼食をとった後、南の森を目指して村の中を歩いていた。
エステルに俺、子分たちにカエデさんの六人。
危険はないので、領兵のお供二人には村長宅で休んでもらっている。
ペントを出発してテナ村に入るまで三時間あまり。
そこそこハイペースで馬を走らせて来たのだが、エステルは愚痴一つ言わずついて来てくれた。
少しだけ疲れたようには見えるけれど、昼食後に三十分ほど休憩した後は、
「ゆっくり休めました。わたしは大丈夫ですから、ボルマンさまのおすすめの場所にぜひ案内して下さい」
と言われてしまい、こうして目的地に向け歩いている。
普段どんな運動をしてるのか、実に気になるところだ。
あのぷっくりしていたエステルがたった二ヶ月でこんなに痩せて、おまけに体力もついている。
俺たちは師匠(クリストフ)のブートキャンプを未だに続けてる訳だけど、まさかカエデさんも彼女に似たようなことをやらせてるんじゃないだろうな?
一体どんなダイエットメニューを組んでるのか、心配になってきたぞ。
そんなことを考えながら歩いていると、
「よ、ようこそボルマン様っ」
俺たちを見かけた村人数名がやや緊張した面持ちで挨拶してきた。
「やあ、ちょっと邪魔してるよ」
微笑を浮かべ挨拶を返す。
彼らにとって領主家は遠い存在だ。
ゴウツークの姿を見るのも年に一度、徴税の時のみ。
俺(ボルマン)には、そもそもこの村を訪れた記憶さえなかった。まあ、遠いしね。
俺がボルマンになってから二回ほど視察に来てるけど、最初に来た時など、一見して俺が誰か分からず、村長から紹介を受けて慌てて一斉に平伏されたりしたものだ。
その後できるだけフランクに接して『恐くないよ〜』とやった結果が、この距離感だ。
親しみを覚えてもらえるには、どうやらもう少しかかりそうだ。
まあ焦っても仕方がない。地道に足を運んで信頼を得るしかないだろうな。
そうして更に歩を進めていると、やがて村の南端『南の森』の入口にたどり着いた。
村を囲う柵が一部だけ途切れ、木製の小さな門のようなものがつけてある。
見ようによっては、前世日本の鳥居みたいだ。
「森に入るのですか?」
エステルの問いに、頷く。
「奥に行けばいくらか魔物もいるみたいだけど、目的地の周りは大丈夫だから。村の子供が遊び場にするくらいには安全だよ」
「そうなのですか?」
「僕自身ここには二回来てるけど、子供たちが遊んでるのを見て驚いたよ。聞けば、ずっと昔から村の子供たちの遊び場になってて、親たちも安全だと分かった上でそこで遊ぶのを許してるらしい」
俺の言葉に、エステルの顔がほころぶ。
「何があるのか、楽しみです!」
「うん。期待してて」
「はいっ!」
婚約者の笑顔が眩しい。マジ妖精。
思わずニヤけてしまう。
そんな俺たちに、背後からため息やら「やれやれ。お熱いこって……」という声が聞こえた。
エステルが顔を赤らめて俯く。
おい。聞こえてるぞ、お前ら。
森に入ると、けもの道のような、人が二人並ぶと横幅がいっぱいになるくらいの道が続いていた。
もちろん石畳みなどない。
ただ、日常的に人の手が入っている証拠に、足元はしっかり踏み固められ、道に雑草の類は生えていなかった。
季節は秋。
一部の木々は紅葉し、地面を黄色や朱に染めている。
聞こえるのは、草木のざわめき。
神社の境内を思わせる静謐さがそこにあった。
「静かですね。何か……身が清められるような気がします」
斜め後ろを歩くエステルが呟いた。
「そうだね。今から行く場所も神秘的なところだけど…………ひょっとして、寒くない?」
秋の森の中だけあって、村にいた時より肌寒い。
「大丈夫です。先ほど上着を羽織りましたから」
エステルは可愛いケープを示して微笑んだ。
俺たちはさらに歩を進める。
そうしてしばらく歩いていると、道は分岐点に差し掛かった。
分岐点といっても、よく見なければ分からないくらい細い枝道が一本、分かれているだけだが。
この枝道の先に何があるのか?
俺と子分たちは、その答えを知っている。
答えは、遺跡の入口だ。
この先には、以前、子分たちに話した「テナ村の遺跡」の入口である古い祠がひっそりと祀られている。
ゲームヒロインのティナが持つ碧いペンダントにより封印を解かれる日を待ち続けているのだ。
前回テナ村を訪れた際に探索して確認したので、間違いない。
ユグトリア・ノーツに出てきた遺跡(ダンジョン)の入口は、確かに存在した。
……が、今日は用はない。
今、俺たちが向かっているのは、枝道ではなく本道の先の、とある場所(スポット)だ。
「…………」
何も言わず、通り過ぎる。
ところが、一人だけ立ち止まった者がいた。
「カエデさん?」
俺の問いかけに、黒髪のメイド少女はこちらを見た。
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