第66話 お礼と禁術
エステルが落ち着くのを待って、話しかける。
「大体の話は執事のクロウニーから聞いたよ。君が戻って来てくれたことも、カエデさんが僕を治療してくれたことも」
俺がそう言うと婚約者の少女は、はっとしたような顔をして下を向いた。
「あの、ボルマンさまの言いつけに従わずに戻ってしまいました。申し訳ありません……」
しゅんとして俯いたその姿がいじらしく、思わず苦笑いする。
あの戦闘の後。
駆けつけた師匠(クリストフ)たちは俺を馬車で回収して屋敷に戻ると、クロウニー同席のもと子分たちから仔細に事情を聞いたらしい。
俺(ボルマン)は血塗れになって気絶してるし問題の狂犬は死体になって転がってるしで、親父(ゴウツーク)たちに報告しない訳にもいかなかっただろうから、クロウニーを同席させたのは良い対応だと思う。
一日ぶりに意識を取り戻した俺が、空腹のあまりベッドでスープを啜りながらクロウニーから聞いた話は、次のようなものだった。
狂犬との死闘の末に……
カレーナの雷撃で俺は気を失ったが、同時に狂犬も痺れて動きを止めたらしい。
まあ、それを狙って「雷撃」の指示を出していたので、自分が一緒にダメージを受ける羽目になったことを除けば、当初の狙いどおりと言えるけれど。
動けなくなったバカ犬の首をジャイルズが斬り落とし、犬は完全に沈黙。
が、今度は俺の腕に食いついた魔物の頭部が外れなくて困ったそうな。
ま、牙が貫通してれば、生半可なことじゃ抜けないよね。
出血は止まらないわ、食い込んだ牙は抜けないわで途方に暮れていたところに、エステル達が到着。
子分たちがエステルの指示でその場を離れてる間にカエデさんが何かの処置をして、戻ってみれば犬の頭が地面に転がり、俺の腕の傷が消えていたという。
……カエデさん、何をやったんだろうね?
訊いてみたいところではあるが、教えてくれるだろうか。
いずれにせよ、エステルとカエデさんがいなければ、死ぬところだった。
この恩は、返しても返しきれるものじゃないだろうな。
俺はしゅんとして俯いてしまったエステルの手をとり、再び握りしめて言った。
「ありがとうエステル。君の判断がなければ、今頃僕はこうして生きてなかったよ」
「そ、そんな大したことは……。わたし、ボルマンさまが心配で、カエデならなんとかできるんじゃないかと思って……」
婚約者(エステル)は、頰を染めてモジモジする。
何この生き物?
可愛い! 抱きしめたい!!
婚約者とはいえ、この世界の貴族のマナーで、手を取ることしか許されないのがもどかしい。
ああ、マジ抱きしめたい!
ぬぉおおおおおお!!
しばらく心の中で悶えていたが、いつまでもそうしている訳にもいかないので、泣く泣く手を離したのだった。
「カエデさんにもお礼を言わないとね。彼女を呼んでもいいかな?」
「あ、はい。いいですよ」
エステルの許可を取った俺は、呼び鈴でメイドのおばちゃんを呼ぶと、カエデさんを呼んで来るように言った。
メイドが扉を開け、廊下に出る。
と、三秒も経たないうちに扉がノックされた。
「入れ」
てっきりおばちゃんが何か確認し忘れて戻って来たのだと思っていた俺は、開かれた扉の先に立つメイドの姿を見てぎょっ、とした。
「ぅえっ???」
小太りのおばちゃんメイドは、黒髪ポニテの小柄な少女メイドに変化していた。
なんて早変わり。
超魔術?
そこに立っていたのは、今しがたここに呼ぼうとしたエステル付きの超(スーパー)メイドだった。
「お呼びでしょうか、ボルマン様」
カエデさんは入室し一礼すると、感情のこもらない声で俺に尋ねてきた。
「あ、ああ。うん。呼んだ。……お早いお着きで」
「廊下に控えておりましたから」
「ああ、そう……」
心臓に悪いので、そういう登場の仕方はやめて欲しい。
俺はメイドのおばちゃんが扉を閉めるのを見届けると、カエデさんに切り出した。
「僕の傷を、君が治療してくれたと聞いたんだけど?」
「はい。一刻を争う状態でしたので。僭越ながら私がボルマン様の治療をさせて頂きました」
相変わらず、ぴくりとも表情を変えずに返事をするカエデさん。ポーカーフェイスは健在である。
「そうか。おかげでこうして生きながらえたよ。礼を言おう。本当にありがとう」
「この身には過ぎたお言葉でございます。私はエステル様の意を汲んで行動したに過ぎません。そのお言葉は、我が主にお願い致します」
俺は頷いてみせる。
「もちろん、エステルには僕の感謝を伝えたよ。彼女の決断と行動がなければ、君が僕を治療することもなかったからね。その上で、君にも礼を言いたかったんだ。改めて、ありがとう」
「…………分かりました。エステル様への感謝とは別にというお話でしたら、有り難くお言葉を頂戴致します」
カエデさんはちょっと面食らったような反応をしたが、すぐにいつもの顔に戻り、深々と頭を下げたのだった。
「よかった。これで僕もスッキリしたよ。……そうそう。それでカエデさんには、一つ訊きたいことがあるんだけど」
本題に入った俺を、カエデさんの二つの黒い瞳が射抜く。
「…………なんでしょうか?」
ぞわり、と殺気を感じる。
何も訊くな、という拒絶の意思。
ちょ、怖いんですけど!!
だが訊かない訳にはいかない。
……………………けど、怖いから訊き方を変えよう。そうしよう。うん。
「ぼ、僕の治療だが、何か貴重な回復アイテムを使ってくれたんだろうか? あれほどの怪我だ。アップルキャンディを使っても間に合わなかっただろう」
「…………」
じぃ、とこちらを見つめるメイド。
「っ……いや、貴重なアイテムを使わせてしまったなら、それに見合う代金を渡さなければならないと思ってね! あは、あはははははははは!!」
「……………………」
メイドは無表情でこちらを見据えると、傍らのエステルを見た。
アイコンタクトに頷くエステル。
「…………(ふぅ)」
しばしの逡巡の後、メイドはため息を吐いたような素振りで口を開いた。
「特殊なアイテムは使っていません」
うん。知ってる。
「この国で『禁術』と呼ばれている術を使いました。ボルマンさまが仰る通り、並の回復アイテムでは間に合わない状態でしたから」
やっぱりか。
そうじゃないかと思ったんだ。
だけどそうなると今回の件、扱い方を考えないといけないな。
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