第55話 従業員ゲットと準備の一週間

 

 経理のミルト氏が慌てて補足する。


「もちろん旦那様にも路頭に迷いかけた私たちを拾って頂いた大恩がありますので、お暇を頂くことはありません。あくまで気持ちの上で、ということですよ」


 それを聞いたタルタス卿は、割と本気でほっとした顔をしていた。


「おいおい、焦らせないでくれ。今、お前たちにいなくなられたら私が困る」


 なるほど。彼らはそこまで優秀なのか。


「それで、お前たちもミルトと同じように思っているのか?」


 男爵の問いに、頷く使用人夫婦。

 夫のチルムが気持ちを話し始めた。


「私とハンナもカミルさんにここまで育ててもらいました。彼女との結婚の時は商会をあげてお祝いしてもらいましたし、スタニエフ坊ちゃんには同い年の息子とたくさん遊んでもらいました。何ができるかは分かりませんが、新たなオネリー商会のため、私たちに出来ることをしたい。そう思います」


 彼の言葉に、隣の奥さんも同意するように小さく頷く。


「なるほど。君が目をかけているオネリー親子は、それに相応しい人たちのようだ」


 タルタス卿は納得した顔で俺に向き直った。




「あの、ボルマン様に一つだけご質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 真剣な表情で半歩進み出た経理のミルト氏に、俺は首を傾げてみせる。


「なんだろうか?」


「新たなオネリー商会ですが、従業員はもう募集されているのでしょうか?」


 うぐ。それなあ。

 最初は元手も少ないし、すぐに儲けられるようになる訳でもない。どうしたものか。


 まあ男爵の前で嘘をついても仕方ないし、正直に説明するしかないかな。


「いや、まだ募集はしていない。正直なところ、創業のプランが私の頭の中にあるだけで、具体的な動きはこれからになる。補佐してくれる人手は欲しいが、売上のあてができるまでは最小限の人数でやるしかないだろうな」


 俺の言葉に「ありがとうございます」と返したミルト氏は、同僚夫婦を振り返って二言三言言葉を交わすと、再び俺の方を向いた。


「ボルマン様。もし人手が必要ならば、寝床と食事を与えて頂くことを条件に、私どもの子供をオネリー商会立上げの手伝いとしてお預けしますが、いかがでしょうか」


「えっ、まじで!?」


 思わずクールを装っていた演技が崩れる。

 いかんいかんいかんいかん。


「その、それは願ってもない申し出だが…………タルタス卿、構わないのですか?」


 俺の問いに、男爵が頷く。


「もちろん。私としては彼らの子供の生活を保証してやってくれるなら、異議はないよ」


 動揺する俺を見るのが、やたらと楽しそうだ。

 そういえば、そういう人だった。




「私の娘のメリッサは今年で十三になりますが、読み書き計算、簿記ができます。チルムとハンナの息子ダナンは十一歳で、読み書き以外に乗馬と弓が得意です。二人とも何かのお役に立てると思うのですが」


「それはすごい。ぜひとも手伝ってもらいたいものだが……」


 ちらりとスタニエフに視線を飛ばす。


 話に出た二人にうちに来てもらったとして、先々のことを考えると、俺ではなくスタニエフの手伝いをしてもらう方が良いのでは、と思ったからだ。


 俺の視線に気づいたスタニエフは、ちょっとだけ考えると、頷いてみせた。


「二人とも面識があります。小さい頃の話ですが、いい子たちでした。もし来てもらえるなら、とても助かると思います」


 スタニエフが歓迎なら、俺が反対する理由はない。

 うちはド田舎の屋敷で無駄にデカいから、空き部屋はたくさんある。カレーナの時のように親父を言いくるめれば大丈夫だろう。

 さすがに無給にはできないから、給金のことは考えないといけないが。


「分かった。君たちの申し出をありがたく受けることにする。子供たちの生活は私が保証することとし、タルタス卿と証文を交わすが、それでいいか?」


 使用人三人が微笑みながら頷く。

 代表してミルト氏が口を開いた。


「子供たちに準備をさせ、後ほどダルクバルトに向かわせます。少しお時間を頂いてよろしいでしょうか」


「分かった。私の方でも受け入れの準備をしておこう」




 これで話が決まった。


 使用人たちは退室し、タルタス卿と俺、スタニエフと執事が部屋に残る。


「タルタス卿。おかげさまで商会設立に向けて動きだせます。ありがとうございます」


 礼を言う俺に、男爵は苦笑しながら首を振った。


「彼ら自身が言い出したことだ。正直、こんな展開になるのは予想外だよ」


 うん。まあ、そうだろうな。


「それでも、ですよ。あなたとの縁がなければ、こういう展開はなかったでしょう。彼らの好意は必ずや活かしてみせます」


「うむ。楽しみにしてるよ。それで、話が途中で中断してしまったが、私は誰に紹介状を書けばいいんだね?」


 ありがたいことに男爵から本題に触れてくれた。


「ええと、正直、私は王都にもそういう分野にも詳しくないんですが…………」


 俺の申し出に驚き、そして面白がってくれたタルタス卿は、その場で紹介状の件を快諾してくれたのだった。





 数刻後。

 俺たちはジートキワ荘で昼食をとりながら新旧の子分たちと軽く打合せした後、馬にまたがり出立しようとしていた。

 今から出れば、夕暮れまでにはテンコーサに着くだろう。


「それじゃあ、指示したようによろしく頼む」


 車寄せまで見送りに出たトゥールーズの面々に声をかけると、代表してヘンリックが応えた。


「ご指示頂いた作品の件、早速取りかかることにします。次回、ダルクバルトに伺うのは、二ヶ月後くらいで構いませんか?」


「ああ。もしその時までにラフスケッチでもできていれば、見せてくれ」


「承知致しました!」




 こうして贋作事件は幕を閉じる。


 怒ったり心配したり悩んだりと色々大変だったが、結果は上々だろう。

 定期収入と、新たな仲間を得ることができたのだから。


 あとでダルクバルトに来るというスタッフはどんな子たちだろうか。

 楽しみな反面、旧子分たちとの折り合いがちょっと心配だったり。いや、むしろ俺の悪評の方が問題か。


 まあ、まだまだやることは山積みだ。

 トゥールーズの売り込みに王都にも行かなきゃならないし、もうすぐ魔獣の森の間引きの時期もやってくる。

 その前に、フリード伯爵と最愛の婚約者(エステル)のダルクバルト来訪もある。


 立ち止まる訳にはいかない。

 タイムリミットまで五年ちょっと。長いようだが、のんびりしていたらあっという間だ。




 そう思い、翌朝にはペントの街に向け馬を駆けさせた。

 行きと同じく一日でテンコーサ〜モックル〜ペント間を走破する。


 フリード伯爵との面会に向け、あれこれ考えながら急ぎペントに戻った俺を待っていたのは、豚父(ゴウツーク)のこんな言葉だった。



「ああボルマン。フリード伯爵だが、こっちに来るのが二週間ほど延期になるそうだ」



 ……せっかく入れた俺の気合をどうしてくれる?



 なんでも、フリード伯爵の長男の結婚式関係のあれこれが長引いたとか。

 これで、伯爵とエステルの来訪順が入れ替わる。来週にエステル、再来週に伯爵だ。


 まあ、二人を迎える準備の時間ができたと考えよう。うん。





 一週間という時間を使い、エステルとのデートプランに手を入れたり、商会立ち上げのための調査などを実施する。


 具体的には、訪問予定の店との打合せや、生産物の調査、狭間の森の実地調査などを行った。


 狭間の森はユグトリア・ノーツでは最も序盤のダンジョンであり、主人公リードの修練場にもなっている。

 ちょっとした思惑があり、この森に調査に入った。詳細はまた改めて記す。





 そうこうしているうちに、あっという間にその日がやって来た。


 二ヶ月ぶりのエステルとの再会。


 前日に先ぶれの使者が到着してからは、落ち着かず部屋中をウロウロと歩きまわり、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかったのは、ここだけの秘密だ。


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