第33話 盗賊団の封術士
翌朝。
朝食を終えた俺とジャイルズ、スタニエフは、領館の敷地の入口付近にある守備隊詰所を訪れていた。
我がダルクバルト男爵家にも同様の役割の建物があるが、明らかにこっちの方が立派だ。
なにせうちは木造平屋建てだが、タルタスの守備隊詰所は石造の二階建てである。
やはり街道沿いのお金持ち領は違う。
思わず格差にため息をついてしまった。
さて。
昼過ぎに出立することになっているのでまだ時間はあるけれど、そこまで余裕がある訳でもない。
さっさと用件を済まそう。
一階の受付にいた領兵にタルタス卿の書状を渡すと、話が事前に通っていたらしく、間もなく奥の応接室のような部屋に通された。
そこでしばし待つように言われる。
「坊ちゃん、ここに何しに来たんだ? そろそろ教えてくれよ」
ソファに座り部屋の中を見回していると、背後に控えたジャイルズが話しかけてきた。
用件を告げずに連れて来たからな。
守備隊詰所なんぞに何の用事があるのか、かなり気になっているようだ。
「昨晩、タルタス男爵とちょっとした取引をしてね。その取引でもらうことになったものを引き取りに来たのさ」
そう答え、出されたハーブティーを啜る。
お茶を出してくれたむさ苦しい兵士が自ずから淹れてくれたであろうそれは、とてもぬるく、薄かった。
「取引ですか?」
スタニエフが興味しんしんといった風に尋ねてくる。
「興味があるか?」
「はい。取引で得たものにも関心はありますが、むしろ交渉の内容と経過を知りたいです」
さすが元商人の息子。
そっちに興味を引かれたか。
いい傾向だな。
「ああ。聞きたいなら後で馬車の中で詳しく話すよ。……どうやら引き取るブツが来たみたいだし」
俺が顎で指し示した扉の向こうからは、何やら揉めるような言い合うような声が聞こえてきていた。
「失礼します!」
ノックと声の後、バタン、と扉が開く。
そこにいたのは、二人の領兵に腕を掴まれたローブ姿の少年だった。
「離せって。逃げたりしないよ」
十代前半くらいに見える盗賊団の封術士は、後ろ手に枷をはめられたまま身をよじらせ、兵士たちの腕を振り払った。
「やあ。元気そうだな」
俺が声をかけると、相手は嫌そうな顔をした。
「……おまえか。辺境貴族のドラ息子が何の用だ?」
そう言ってこちらを睨む。
燻んだ金色の前髪が目にかかり、鬱陶しそうだ。
「あれ、ひょっとして俺のこと知ってる?」
首をひねると、少年は呆れた顔をした。
「昨日、馬車の中で自分で名乗ってただろ。ダルクバルトの息子だ、って。ダルクバルトの子豚鬼(リトルオーク)といえば、東部じゃ有名なクソガキじゃないか。お貴族様の情勢に疎い俺でも聞いたことがある」
「それはそれは。光栄だね」
大げさに手を胸に当て、一礼する。
「いやいやいや、褒めてないから」
盗賊ボーイのツッコミが冴える。
「それで、俺に何の用だよ?」
彼は、再び挑むような目で睨んできた。
「俺の奴隷になれ」
「はあ?」
何言ってるんだこいつ、と言わんばかりに聞き返す少年。
「だから、俺の奴隷になれ、と言ってる」
「ふざけんな。なんで俺がお前の奴隷にならなきゃならないんだよ」
昨日、馬車の中で話していて思ったんだが、こいつは色々勘違いをしている気がする。
「確認しときたいんだけど、君、自分の立場が分かってるかな?」
「……っ」
言葉に詰まる少年。
「まず、俺たちが何者か、言ってみ?」
少年は俯いて唇を噛み、黙っていたが、やがてボソっと呟いた。
「……貴族の身分を隠れ蓑にした、ご禁制のクスリの密輸屋だろ?」
うん。
やっぱり誰かになんか騙されてたね。
昨日馬車で話した時、反応が妙だと思ったんだ。
俺達(ひと)のことを犯罪者呼ばわりするし。バックに何かついてるような物言いするし。
「俺たちのことを『密輸屋』だと言ったのは、誰かな?」
「……依頼人だよ」
「その依頼人とはどこで知り合った?」
「王都の冒険者ギルドで指名依頼が出てたんで、受けただけだ」
なるほど。指名依頼か。
騙しやすそうな若い封術士を一本釣りしたんだな。
その後三十分ほどかけて、この跳ねっ返り少年から聞き出したところをまとめると、ざっと次のような話だった。
依頼人から指定された場所は、王都の下町のとある集合住宅の一室。
言われた通り夜中にその部屋を訪れたところ、白い仮面を被った男が待っていた。
男は「ご禁制のクスリの密輸販売に、一部の貴族と大手商人が絡んでいる」と説明。
「さるやんごとなきお方の命で秘密裏に事態を処理することになった。ついてはその実行部隊を封術で支援して欲しい」
……と語ったそうな。
怪しさを感じながらも、王家の家紋入りの便箋に書かれた勅命書を見せられ、好条件を示されたことから、依頼を受諾。
至る現在、ということらしい。
少年が盗賊と合流したのは、五日ほど前。
タルタスの宿屋で案内役と待ち合わせし、領境近くの森にあるアジトに連れて行かれたとのこと。
本人曰く、昨日の襲撃は「初出動」だったらしい。
「……そんな手に騙されたんですか」
一緒にいたスタニエフが呆れ顔で呟いた。
「な、なんだと!? お、俺は騙されてなんか……!」
「……いるんだよね。これが」
俺がスタニエフの代わりに答える。
「いいか?
今の君の状況を簡単に説明するとだな、
盗賊の一味として貴族の馬車を襲撃。
しかし返り討ちにあって現行犯逮捕される。
現在はタルタス領の守備隊に引き渡され、拘置中。
盗賊は死刑なので、あとは絞首刑の時を待つのみ。
……ざっと、そんなところか」
「な、な、な…………、そんな馬鹿な!?」
話を聞いていた少年封術士の顔が見事に青ざめてゆく。
「本当だよ。君が一緒にいたのはタルタス領で三ヶ月ほど前から暴れていた盗賊連中で、君が火球を撃ち込んだのは、フリード伯爵の三女で十二歳になる天才封術士、エリス・バルッサ・フリード嬢だ」
「なんだって? それじゃあ、あれは『嵐呼ぶ混沌』だったのか!?」
「「「ぶっっっ」」」
一斉に噴き出す三人。
「……なんだそれは?」
尋ねながら顔が引き攣る。
「王立封術院であの天才少女についたあだ名だよ。行く先々で、オリジナル封術やら、遠慮を知らない物言いやら、でかい態度やらで色々やらかした挙句、そんな風に呼ばれるようになってた。もっとも俺は短期生だったから、彼女と在籍時期が被ったのは半年だったけど」
「ああ、そうなんだ…………」
俺たちは妙に納得してしまった。
話を戻そう。
「エリス嬢は、兄君の結婚式に出席するためフリード伯爵領に戻る途中だったそうだ。ちなみに俺はミエハル子爵とご息女のエステル嬢に、婚約の挨拶に来た帰りだ。俺たちは、ご禁制のクスリとやらとはあらゆる意味で無関係。つまり君は依頼人に騙されたんだよ。まあ、騙されようが何しようが、盗賊行為をしたことには変わりないけどね」
俺の無慈悲な宣告に、カタカタ震えだす少年。
「そんな……盗賊に偽装してるんだ、って言ってたのに…………」
いやいや、盗賊(そんなもん)に偽装してどうするのかと。
無関係の人間が見たら通報必須だし、仮にうちらがクスリの運び屋だったとしても、見た瞬間に即、敵認定だろう。
偽装する意味がないわ。
「とにかく、このままだと君は盗賊の一味として絞首刑になる。助かる道は一つ。俺の奴隷になること。うちには戦力が必要なんだ。昨晩タルタス男爵と交渉して、君を奴隷にする権利をもらってある。あとは君次第だ。奴隷か、死か、自分で決めるといい」
「く……っ」
少年は顔を歪め、プルプルと震えながら前に組んだ手を睨み、考え始めた。
それはどれほどの時間だっただろうか。
長い逡巡の後、彼はポツリと呟くように言った。
「……俺を、あんたの奴隷にしてくれ」
「分かった。君を奴隷として、俺の管理下に置くことにしよう」
こうして、訳ありの奴隷封術士が俺の仲間になったのだった。
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