忠犬ネルビーの大冒険

蒼穹月

本編

プロローグ

 おれはネルビー。犬だ。

 リリの弟で兄で保護者だ。


 リリは人間だ。王女とかいうやつらしい。王女ってなんだ?群れのボスか?

 人間のする事はわからないが、赤児だった頃に瀕死だったところを助けて貰った。

 だからリリとその家族には恩義を感じている。

 特にリリはリリが4本足で歩いていた頃からの付き合いで、兄弟同然に育った。


 最初はおれが弟だったのに、おれのが早く成犬になったから今はおれが兄だ。


 今日もリリの側でリリを守る。


 と思ったら締め出された。

 たこくのおうじとやらがリリに会いに来たらしい。

 せいじとかいうよくわからないものが邪魔をして度々リリの側にいれない時がある。

 甚だ遺憾である。


 「きゅーん。くぅぅん」


 不満を込めて扉をカシカシ叩いて抗議する。

 脇を抱えられてリリの巣に連れてかれた。解せぬ。


 「ヴー。がうっ!」


 直ぐにリリの元へ行こうと思ったのに、無情にも扉は閉められてしまった。

 むむっ、これでは外に出れないではないか!


 「わう!わう!」


 扉に体当たりをして退かそうと思うが上手くいなかい。本当に厄介なものを作ったものだ、人間という奴は。


 諦めたりはしない。

 匂いを嗅いで、辺りを注意深く見回して、出られそうな場所を探す。

 残念ながら無かったが。

 だがリリの匂いが近付いて来たからもう大丈夫だ。


 「わふ!わふ!わうぅーん!」


 その場でクルクル回って待ち侘びる。


 カチャリ。扉が開かれる。


 「ネルビー!」


 リリがとても嬉しそうに顔を赤くして抱き付いてきた。

 おれも嬉しいからリリの顔をペロペロ舐めてやる。


 「ふふっ、凄い事があったのよ。

 王子様がいたの!キラキラでとっても格好良かったわ。

 その人とね、大きくなったら結婚するの!」


 いつもより饒舌に話すリリは、おれの首筋に顔を埋めてくふくふ笑っている。

 楽しいなら何よりだと思う。

 おれも尻尾を振って祝う。

 おうじはやっぱりわからないが王女と似てるから群れのボスかもしれない。

 強いボスだといいのだが。


 少しの不安を感じつつも、穏やかにリリとおうじ、王子という奴の交流がされていた。

 冬が二回明けるまでは。


 王子との交流が一方的に途絶えて、リリはどんどんと悲しさと寂しさと不安に押し潰されそうになった。

 リリを悲しませる奴は敵だ。

 おれの不安は当たっていたんだ。今度来たら喉元に噛み付いてやろうか。


 おれはリリを励ます為に、なるべく側に寄り添った。

 悲しい顔をした時は目元を舐めてやれば、笑ってくれたんだ。


 そんな日々を冬を沢山越すまで続いた。

 リリも大分大きくなった頃、突然王子がやって来た。

 何時もの如く締め出されたおれは、リリの巣で待つ事になる。


 暫く待ってから近付いてきたリリの気配は、どこか頼りなげになっていた。


 キィ~。扉が静かにゆっくり開かれる。


 「わふん?」


 見上げたリリの顔は青かった。

 それだけでなく目から雨が沢山降ってきて、おれは狼狽えた。


 「わふわふ!?きゃうん!?」


 慌ててリリの周りをクルクル走り、屈んでくれないリリの腹に前脚を乗っけて立ち上がる。

 元気出して欲しくて顔中をペロペロ舐めたけど、リリの顔はくしゃりと歪んでしまった。


 「きゅぅ!?わ、わわわんっ。わふんっ」


 そのまま崩折れてぎゅうっと抱きしめられた。

 リリは震えていた。

 おれは確信した。これは王子の仕業に違いないと。

 王子がリリを虐めたんだと。

 だって、人間が集まってた場所から一際嫌な匂いが漏れ出てた。

 一度遠目に見た王子の匂いだった。


 おれは王子をやっつける決意をした。

 リリを守るのはおれの役目だ。


 でも、やっつけれなかった。


 大勢の人間が怖いものを振り回して襲いかかってきた。

 仲間が何人もやられて悔しかった。

 何とか王子に食らい付きたかったけど、怖いものに阻まれて近付くことも出来ない。


 そうこうしてる内にママ上殿の匂いが途絶えてしまった。


 「あお―――ん!!」


 おれは悲しくて悲しくて、ガムシャラに暴れた。

 頭に血が上っていて何をどうしたか覚えてない。

 でもリリの匂いが隠れんぼの道から丘に向かってるのに気付いた。

 正気に返って慌てて追いかけた。


 体のあちこちがいっぱい痛いけど、リリが悲しんでる匂いがするから痛いのは無視する。


 怖いものを振り回す人間達を避けて、暗い道を、森を駆け抜ける。


 丘に着いた時にはリリの目が死んでて怖くなった。

 おれは直ぐにリリの顔を舐めて舐めて舐めまくった。

 なかなか動いてくれなかったけど、少しづつ目の焦点が合ってきてホッとした。そのまま気付くまで舐めてたら、おれを見て力強く抱き締めてくれた。


 「ネルビー!」


 良かった。死んだ目が生き返った。

 おれの尻尾が喜びてぶるんぶるん揺れる。

 首筋に鼻を埋めて匂いを嗅いで、おれも落ち着いて来た。

 リリが魔法でおれを治そうとする。

 でもダメだ。魔力は簡単に検知される。匂い以上だ。

 きっと王子にもわかってしまう。

 おれは一生懸命にリリの裾を引っ張って首も振る。


 「でも!でもっ!」


 でもリリは目に水溜りを作って使おうとしてくれる。

 嬉しいけど。でもやっぱりここじゃダメだから。おれはリリの背中をグイグイ押した。

 ちょっと力入れ過ぎて血が抜ける感じがする。


 「~~わかった。でも無理はしないでね。貴方まで失ったらもう生きて行く自信が無いわ」


 脚の力が抜けそうになる前に、リリが決断してくれた。ちょっとやばかったから助かった。


 おれ達はボロボロだったけど、おれ達の友達が助けてくれた。

 春に野原を駆け回った鹿のカッシー。

 夏に木の上の果物を取ってくれた猿のさーおじさん。

 秋に木の実を集めたリスのリズ、兎のピョン。

 冬の冬眠の時期でも暖かい日には遊んでくれた熊のまー姉。

 他にも沢山、沢山の森の友達が外敵を避け、食べ物をくれて。

 どうにか国境とかいう、人間が作った柵?を抜けた。目に見えない柵って未だにわからない。


 柵を越えて安心したリリが回復魔法を掛けてくれた。

 おれ達も安心して油断してたのが不味かった。

 直ぐに怖い物を持つ人間が近寄る匂いがした。

 おれ達は慌ててもっと奥へ、もっと奥へと逃げた。


 普通なら皆が避ける魔物、人間がモンスターと呼ぶモノ達のいるとこを走り抜ける。

 その方が安全だからだ。


 何故ならリリは大きな力を持つボス級の魔物に加護を貰っているから。

 リリは気付いてなかったけど、おれの様に瀕死の重傷で倒れてた魔物の子供を助けた。

 その恩に、リリは加護を貰ってたんだ。

 魔物に脅かされない加護を。


 でもどんどん怖い匂いが増えていって、周りに陣取られて。もう直ぐここまで来てしまう。

 だからおれは決意した。


 おれはリリからハンカチを、それもリリの匂いと血が付いてるハンカチを咥えた。

 そしてリリの制止を振り切って怖い匂いに向かって全速力で駆け抜けた。

 背後でリリの魔力が暴走したのを感じて脚を止めそうになった。

 でも魔力暴走は強い魔物以外は近寄らない。周りには友達がいっぱいついてる。

 だから歯を食いしばって駆け抜ける。


 怖い匂いの人間の前に出た。

 思った通り人間はリリのハンカチに気付いた。伸びてきた手をすり抜けてなるべく遠くへ誘導する様に速度を落として駆け抜けた。


 塩の匂いの水溜りまで来たけど、そこで囲まれていっぱい怖い物を振り回されて倒れてしまった。


 おれは気を失って、気付いたら暗い洞窟の中にいた。

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