154話_自分の価値

唐突にレティに連れられて魔界に来た僕は、何故か橋の修復を手伝わされる羽目についてなっていた。


どうしてこうなったかはわからない。

だが、そんなことを考えている余裕もないくらい仕事はメチャクチャハードだった。


僕は周りの悪魔達に教えてもらいながら、柱を直すために必要な材料をひたすら運んでいく。


聞けば、この辺は元々斬破風ざんばふうという魔界独特の災害があり、橋がない頃は通ることの出来ない場所だったらしい。そこをとある悪魔の中でも神と呼ばれる存在が橋を打ち立てたことにより、悪魔達はここを行き来できるようになったという。


しかし、それでも斬破風による橋へのダメージは少しずつたまり、今では柱自体もろくなってきているのだそうだ。それを悪魔達が有志で集まり、日を決めては修復作業をしているらしい。斬破風は風が吹く場所と日にちに決まりがあるため、その日を除けば安全なので風の吹かない日が作業の日のようだ。


「にしても、人は見かけによらないというか、悪魔は見かけによらないというか」


悪魔だからか顔はいかつい面々が多いが、皆気さくで元気のよい者ばかりだった。新参者の自分にもなんだかんだで教えてくれる。


悪魔の悪は何を表しているのかわからないくらい、良い悪魔ばかりだった。


「よーし、それじゃあここらで休憩だー!!」


ドカタ悪魔の親分が大声で叫ぶ。

皆、作業の手を止めてゾロゾロとひとつの方向に歩いていく。


「ほら、お前さんも行くぞ」


「どこかに行くんですか?」


「食事だ食事!うめぇ食事があるからよ!」


悪魔達に着いていった先には、炊き出しのように並んでいる悪魔達、1人ずつにご飯を手渡していくレティの姿があった。


「はい、旦那様。お疲れ様です。悪魔的唐揚げに、きら粒おにぎり、悪魔的卵焼きと悪魔的ウインナーです」


「これまた随分と悪魔的だね…」


見た目には普通の唐揚げや卵焼きに見えるが食べてびっくり、悪魔的な旨さだった。


悪魔達も皆嬉しそうに食事を楽しんでいる。


「旦那様、どうですか?調子は」


レティが隣に座りお茶を持ってきてくれた。お茶は普通に麦茶のようだ。


「疲れたけど、久しぶりに良い運動になったよ」


「それは良かったです。この地は、学校へ向かうルートのひとつなんですよ。この橋がなくなってしまったらだいぶ面倒になってしまうので悪魔達がここを修復してくれるのはとてもありがたいことなんです」


「だからレティも手伝いをしてるんだね」


「はい。皆、橋のお世話になった悪魔ばかりで。有志で集まって修復しているんです」


「そうなんだ」


「誰だって、助けられたら次は自分が助けようって思うものだと私は思います。ミュウラゼルドだって、きっとその気持ちに従っただけ。それは私でもそうしたと思います」


レティは橋を眺めながら言葉を呟く。


「彼女が命を賭してでも、救いたかった存在がソフィアならば、旦那様はソフィアのことを大事にしないといけませんね」


「レティ…」


「勿論、旦那様のことを諦めたわけではありませんよ。私は私で正々堂々と旦那様にアプローチ致しますから。そしてゆくゆくは二人の子供を───」


「何が正々堂々よ」


その言葉に振り向くとミュウが仁王立ちでこちらを睨みつけていた。


「あら、遅かったですね」


「遅かったですね、じゃないわよ。一体どういうつもりなの?こんなところで奉仕活動なのかしら?」


「そう、悩みがちな日には体を動かすのが一番です。ゴシック女も塞ぎ込んでないで、一緒に働きましょう」


「誰が塞ぎ込んでるのよ。もう吹っ切れたわよ」


「あら、本当に?」


「何回もしつこいわね。いくら悔やんでも彼女は帰ってこないのはわかっているわよ」


「では、もう気にしないで大丈夫ね?」


「元から気にしてもらわないで結構よ」


いつものミュウの口調に戻っていた。これなら大丈夫そうかな。


「それで、私は青女の宣言通りシオリとのデートを阻止しに来てあげたわけだけど。シオリ泥まみれね」


「そりゃもう、わや(とても)働いてたからね」


「私に泥が移るのは勘弁してほしいわね」


「サラッとひどいことを言うな……」


その時、橋の方で何やら揉め事が起こっているらしく声が聞こえてくる。


「なんでしょうか?」


「行ってみようか」


橋には地上でいうヤクザのような悪魔達が詰めかけていた。真っ黒なスーツとサングラスをかけていかにも悪そうな雰囲気を醸し出している。


「誰なんですか?彼らは」


「あれは地獄組のもんだ。俺達が勝手に橋を直してるのが気に入らなくて出てきたんだよ」


「随分とまた横暴だな」


地獄組の悪魔達は、ドカタ悪魔を追い立てるようにこちらに詰め寄ってくる。


僕は、それがなんだか腹立たしく思った。皆が善意でやっていることを邪魔されていいことなのだろうか。


「おい、待て。お前らが何故邪魔をする」


気付けば地獄組の悪魔に啖呵たんかを切っていた。羽根からは翼を生やし、天使の状態になっている。


「なんだお前は?何故天使がここにいる」


「僕は人間だ。僕がここにいる理由はどうでもいい。さっさとここから立ち去れ」


「んだとぉ!?僕らに断りもなく勝手なことしやがって!!」


ブンッ!!


悪魔の振りかぶった拳をかわし、カウンターを食らわせる。ズィアロと戦ったのが記憶に新しい。生易しいパンチでは当たる気がしなかった。


「ぐおっ!!」


「アニキ!!クソッ、よくも兄貴を!!」


後ろに倒れ込む悪魔をかばう舎弟達。いかにも三下が吐く台詞をこうも簡単に言ってくれるとは。


「このやろぉ!!」


ザシュッ!!


斬撃の音が響き渡り、悪魔の衣服が真っ二つに斬れる。


「何喧嘩を始めているのよ。騒ぎが大きくなるでしょ」


剣を取り出したミュウが、舎弟の服を全て切り刻んでいた。


「ひぃぃぃ!!」


服を破かれたことで恥ずかしそうに去っていく悪魔達。


「覚えてろよー!!!」


最後まで、三下らしい台詞を吐いていなくなった組の悪魔達。


「雑魚の極みね」


「助かったよ、ミュウ」


「考えなしに喧嘩なんてふっかけるからでしょ。戦う相手をちゃんと選びなさい」


「うん、そうするよ」


「さぁ、姉様が家で待ってるわ、帰りましょう」


そこに、ドカタの悪魔達が押し寄せてくる。


「いやー、あんちゃん方強いなぁ!!」


「あいつらを追っ払ってくれてスッキリしたぜ!!」


「ありがとう、ありがとう!!!」


周りから感謝されてもみくちゃにされる僕とミュウ。その熱が冷めるまでしばらくの時間を要したのだった。



◆◆◆◆◆



「旦那様、お疲れ様でした」


「ドカタの皆の相手をしてる方が疲れたよ…」


「汗まみれでひどいわ…」


2人して、苦い顔をする。


「今日はもう充分です。ありがとうございます。家に帰って美味しいご飯を食べましょう」


「さっきのでだいぶお腹空いちゃったよ。今すぐにでもさっきの残りでも食べたいくらい」


「それなら安心してください」


レティはニッコリ笑う。家に帰った僕達を出迎えてくれたのはソフィアだった。


「シオリ、ミュウ、お帰りなさい。夕飯の用意できてますよ」


テーブルには僕とミュウの好物がずらりと並んでいた。


「ソフィア、これは?」


「今日は私が特に頑張ってみました。シオリが疲れて帰ってくるから、大好物を用意していてほしいって」


「ってことは、ソフィア、知ってたのか?」


コクリとうなずくソフィア。


「はい、なにやらレティがシオリを元気にするプランがあるからって。詳しくは聞きませんでしたけど」


レティはこちらを見て微笑む。


「じゃあ、私はまんまと乗せられたってわけね…」


「ミュウもそうしないと出てこないからって。さぁ、お風呂で汗を流していらっしゃい。その後に皆でご飯にしましょう」


僕とミュウはお風呂に入った後(一緒に入った時にまた色々あったのだがいつも通りなので割愛)、ソフィアの用意してくれた夕飯をお腹いっぱい食べた。


今日1日、体をめいいっぱい動かした後の大好物の味はまた格別だった。


満足した僕はソファに横になる。


「旦那様、どうでしたか、今日1日」


レティが空いたソファのスペースに座り、こちらを見る。


「なかなか大変だったけど、終わってみれば清々しい気分だよ」


「それは良かったです。旦那様は、やはり誰かを助けている姿の方が似合います」


それは、レティなりの僕を励ます言葉だったんだと思った。


「ありがとう、レティ」


「お礼を言うのはこちらの方ですよ。ですが、もしお礼をしたいのであれば、私と一夜────」


「させるわけがないでしょう」


ミュウが僕とレティの視線に割り込んでくる。


「調子が戻ってきましたね、ゴシック女」


「青女にいつまでも好きにやらせるわけにはいかないでしょうよ」


懐かしく感じるやり取り。


きっとミュウなら大丈夫。


僕は2人を見ながらそう思ったのだった。


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