130話_サキュバスと土用の丑の日

夏、暑い日の定番の食べ物と言えばうなぎだろう。


土用の丑の日に鰻を食べるのが日本の習慣だが、僕もそれに漏れず、夏になったら鰻を食べることにしていた。夏バテ防止の意味合いもあるそうだが、栄養を十分に受けられているのかは知らない。


今日はそんな鰻にまつわるお話─────。




いつものように自宅のリビングにて。


「鰻食べたいな」


夏だし、僕は思い出したように呟いた。というか、テレビのCMで飽きるほど流れていたせいなのだが。


「鰻ですか?あのヌルヌルした生き物ですよね?」


「気持ち悪いわね、シオリ」


「僕が気持ち悪いみたいに言うなっ!そんなことはない、鰻は美味しいんだぞ」


「そうなの?でも、ヌルヌルするんでしょ?シオリ」


「だから僕がヌルヌルしてるような言い方をやめろ!」


「どうやら、本によると鰻は精がつくものらしいな」


「精というか、夏バテ防止の意味合いだと思うんだけどね」


「…精?」


ピクッとミュウの反応が変わった気がした。


「鰻を食べると精がつくの?」


「という風に言われているらしい」


「そう、ヌルヌルのシオリ。今日は鰻にしましょうか」


「『ヌルヌルの』を名前の前に付けるな!!鰻を食べるのは賛成、久しぶりに食べたいな」


「私も興味があるな。シオリが美味しいと言うのなら、尚更だ」


「私も、ヌルヌルなのが気になりますけど…シオリが言うなら」


「調理された鰻はヌルヌルじゃないから大丈夫だよ」


「なら安心です」


「そう、ヌルヌルではないのね……」


「なんでミュウは残念そうなんだよ……」


「じゃあ今日のお昼は鰻にしようか」



◆◆◆◆◆



そんなわけで、スーパーにて鰻のパックを買って来た。お店で食べるのは流石に高いので、家で食べることにしたのだ。


「ミュウ、何買ってきたの?」


「山芋とすっぽんエキスよ」


「へ、へぇ」


精のつくもんじゃねぇか。なんか、ちょっとずつ嫌な予感が形になっていく。


「ギトギトのシオリには精を付けてもらわないといけないから」


「僕は油汚れか!そんな精をつけたってしょうがないだろ」


「あら、食事の後には私と濃密な時間を過ごすんだから、必要よ」


「そんな時間を過ごす予定はないし、僕は油汚れではない」


「油汚れでもシンク周りのぬめりでもなんでもいいわよ。食後のぬめりシオリは私と一緒に過ごすの。understand(理解できて)?」


「段々ひどくなってるんだけど!!」


「ほら、2人とも。出来た丼をテーブルに運んでくれ」


シェイドに促されて鰻丼をテーブルに置く。温めた鰻から良い匂いがしてくる。夏を感じる一時である。


「うわぁ、良い匂いだなぁ」


「むっ、シオリ。鰻と私とどっちが良い匂いなの?」


「何を張り合ってるんだよ。比較する対象が違うだろ。今は鰻だよ」


「ひどい…!『ミュウ、お前の方が今すぐにでも食べたいくらい良い匂いだよ。早速ベッドの中で味見してあげようヌル』って言ってくれないのね……」


「言ったことねぇよ、そんなこと!!それに語尾に変なのつけるな!!」


「ミュウ、シオリ、冷めないうちに食べますよ」


「あぁ、そうだね。いただきます」


「いただきます」


皆で手を合わせて鰻丼を頬張る。たれと山椒のかかった鰻が口いっぱいに広がり、幸福感が増していく。


「美味い!!」


「美味しいですね」


「うむ、これはなかなか」


「想像してた味と全然違うわね。美味しいわ」


「な、美味しいだろ」


「これなら今日の夜のシオリは凄いことになるわね、姉様」


「//////」


「ならないからね!!何を期待しているのか知らないけど!!ソフィアも照れないで!」


鰻をあっという間に平らげ、ひと息つく4人。


「あー、食べた食べた」


「鰻も良いものですね」


「夏の時期に食べるのはありなのかもしれんな」


「(シェイド、そうめんしか食べなかったからな…)家で食べるのもいいもんだよ」


「うふふふ」


やけに嬉しそうな顔をしているミュウ。


「どうした?笑うほど鰻が美味しかったのか?」


「違うわよヌトスケ」


「名前変わってんじゃねえか!」


「シオリ、さっき言ったでしょう。『今は鰻だ』って。それって『普段はミュウの匂いが好きで好きでたまらないけれど、今は鰻だ。鰻を食べ終わったらまたお前のところに戻るからな』ってセリフが隠されてることに気付いたのよ」


「(なるほどね。そんな風に考えられるなんて、ミュウは想像力豊かだなぁ)ミュウ夏の暑さで頭やられたのか?」


「シオリ、本音と建て前が逆です」


「そんなわけで。ほら、私の匂い嗅いでいいのよ」


ミュウがボスンと僕のお腹の上に乗っかってくる。


「確かに良い匂いはするんだけどさ」


「でしょう。山芋とすっぽんぽんエキスも買ったし、夜に向けて準備しないと」


「ぽんが1個多い!別にそんな準備しなくていいから」


「えっ『そんな準備しなくてもいいくらいにいつでも僕はヌルヌルだぜ』って?」


「(ミュウは愉快だなぁ、アハハ)病院に言った方がいいんじゃないか?」


「シオリ、逆、逆」


そんなじゃれごとをしつつ、ソファに寝転がる。ソフィアに膝枕をしてもらい、ミュウは僕の上に乗っかる。


惰性でテレビを見ていると、旅番組が丁度流れた。


「シオリ、タイでウナギ祭りってやってるらしいわよ」


「ウナギの早手づかみ勝負。うわ、ヌルヌルですね」


「こんなにヌルヌルなんだな」


「ヌルヌルなのね、やっぱり気持ち悪いわシオリ」


「だから『気持ち悪いわ』と『シオリ』の間をなくすな!!」


僕のヌルヌルの叫びは、しばらくリビングにこだましたのであった。

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