106話_宴の舞闘会

魔界のその奥、獄魔殿ごくまでん


長であるハーディスは一室で笑い転げていた。面白いハプニングに出くわした子供のように。


「長、楽しそうですね」


彼の臣下は表情を変えず長に話しかける。


「そう見えるかい?」


「ええ、とても」


「ハッハッハ、実に愉快だよ。レティケイトが相手にされないなんてね。彼女は相手を落とすのには完璧な存在だ。いや、堕とすと言った方がいいか。よその悪魔よりよっぽど悪魔的だよ、彼女の便利さに気付いた時、もう彼女は離れていくんだから。それなのに、彼はそこまで達しなかった。一緒に暮らしているサキュバス達は思っていた以上に厄介な存在みたいだね」


「引きがすのは容易ではないかと」


「剥がせないのならくっつけて交ぜてしまえばいいのさ」


長は臣下のいれれたコーヒーの匂いを堪能しながら窓へと向かう。


「ってわけで、第二段階を始めようか」



◆◆◆◆◆



「天魔一舞闘会?」


「あぁ、魔界の長から招待状が届いた」


チャミュは招待状が入った手紙をテーブルについて出した。いかにも魔界らしい、おどろおどろしいデザインだ。


「ケルベロスとの闘いを見て、君をいたく気に入ったみたいだ。天界と魔界の強者が集い、一番を決める大会なのだがそれに君も出て欲しいとのことだ」


「いや、どう見ても僕死んじゃうでしょ」


僕の周りにはどうしてこんなに訳のわからない話ばかりがやってくるだろうか。転生前の自分もこんな目に遭っていたのかと思うと不憫ふびんでならない。


「大丈夫だ、参加するのは君だけではない。1チーム5人の複数参加となる」


「チャミュ、頼むから参加しないという選択肢を消して話を進めないでくれ」


「出ないのか?」


「出ないよ、勝てないって」


「優勝者にはどちらかの世界で地位を与える、と言っているみたいなんだ。ソフィア達の天界の地位向上に役立つかもしれない」


「なるほど……」


重い報酬が出てきたな……。


「私は今更天界に戻るつもりもないので、そこまで必要ではないですが」


「シオリが地位を得てはそれこそ面倒なことになるのではないのか?」


「私は逆だと思っている。地位を得てしまえば、周りも下手に手出しは出来なくなる。問題は少なくなると思うが」


「ふむ……」


「旦那様、お受けになってはいかがでしょうか?私も参加致します。長の提案ということはそれを望まれているでしょうし」


「レティ闘えるの?」


レティはスッと腰を落とすと右手でつくった手刀を僕の首筋にピタリとつける。武道を経験した者の動き。1秒後には首を折られていた僕がいたことだろう。


「O.K. よくわかった……」


「ご理解いただき恐縮です」


レティは深々と頭を下げる。


「シオリが参加するのなら私も参加しよう。シオリを守るのは私の役目だ」


「私も参加します、リアも参加したがっているみたいだし」


「ソフィア、大丈夫なのか?」


「はい、黙って見ているだけなのも嫌ですし。それに一番になったシオリを見てみたいです」


「そうか……」


続々と声が上がる。嬉しいような、逃げられなくなっているような。


「シオリ君、なんだったら私も――」


「わ た し が出るわ。妻として当然よね」


ミュウが体を乗り出し、僕の膝の上にボフンッと乗る。


「あなたはシオリにとって何者でもないの」


ミュウのつめたい眼差し。チャミュは心にグサッと何かが刺さった感触を覚える。


「あ、あぁ、そうだな。わかった、ではこの5人で参加すると長には返事をしておくよ。開催は2週間後だ。当日になったら迎えを出そう」


「わかった、そしたらそれまでに諸々の準備を整えようか」



◆◆◆◆◆



「旦那様」


夕食時、反対側のテーブルに座っていたレティは箸を置いて、僕に話しかけてきた。


「レティ、どうした?」


「私以外の女性と触れ合うのをやめていただきたいのです。どうして私には触れようとしないのですか。これは夫婦として由々ゆゆしき問題です」


触れ合う、と言ってもミュウがくっついてじゃれているのを相手しているだけなのだが。ソフィアもたまにハグくらいはあったりするかもしれないけど。まぁその前に押しかけ女房であるレティがここにいること自体おかしな話なのだが……。


「あなたにはその魅力がないのよ」


ミュウが湯飲みを持ちながら答える。一触即発。今、一瞬にしてテーブルに殺気が漂ったような気がした。


「今、なんと?」


「魅力がない、と言ったのよ。聞こえなかったかしら」


急激に冷えていく温度。居心地が悪いったらありゃしない。


「表に出ていただけますか」


「いいわよ」


「2人とも、今は食事中です。喧嘩は終わってからにしてください」


ソフィアも少し怒り気味のようだ。シェイドは黙ってこちらを見ているが、無理だよ、止められるわけないよ。


「ふ、2人とも落ち着いてくれ。仲間なんだからさ」


「旦那様、お言葉ですが私は彼女達を仲間などとは微塵みじんも思っておりません」


「あら奇遇ね、私も同意見よ」


「闘いとなれば、旦那様以外は全て敵、それをゆめゆめお忘れなきよう」


「今、そこにあなたが存在していることを感謝してほしいわね。私と姉様の寛大さに」


言葉の応酬はとどまることを知らない。


「シオリ、これは大変だぞ」


「言われなくてもわかってるよ。皆、頼むから仲良くしてくれ……」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る