105話_完全無欠の押しかけ契約妻
レティが提案した1ヶ月の花嫁勝負。
その日を境に、生活が一変した。
多くを語りはしなかったレティだが、その自信に寸分の偽りなく完璧な花嫁ぶりを2人に見せつけた。
掃除は
僕がお茶を飲みたいと思ったらお茶は出てくるし、コーヒーだと考え直せばコーヒーが。
玄関に着いたら、目の前にいて帰りを待っている。
落ち着いた柔和な表情の裏で一体どれだけのことを考えているのだろうか。
彼女はプロだった。徹底した動きに妥協はなく、常に旦那を立てるための
流石に本物の花嫁とは思っていないので
「完敗です……」
3日目を過ぎた頃、ソフィアはリビングのソファで膝を抱えていた。
「姉様、負けを認めるのは早いわ。思っていたよりも家事の実力があるのは認めるけれど……。でも、勝負はそれだけではないでしょう?」
「私、足りてなかったんだなって気付かされました。あの人の動きはシオリを研究し尽くしている……どうやったのかは知らないけど、味の好み、性格、はたまた癖や歩き方、歩く速度。睡眠時間、習慣。なんでも合わせられるよう、いつだって準備をしている。その動きに少しの
それはシオリの首に付けた数値が示していた。彼の望みがどれくらい叶えられたかという数値。彼女の行動は、彼の期待値を大きく上回っていた。
「でも、花嫁はその能力だけを測る物ではないでしょう?私たちはシオリのことを…」
「行動は言葉に勝る。心で好きだと言っていても、行動に移さなければ相手には伝わらない。それに気付かされました。だから、」
ソフィアは立ち上がる。
「私もその土俵に立ちます」
4日目。
家の中の生活がまた少し変わり始めた。
レティの動きは相変わらず一分の無駄もなく、僕の少し先の行動を予測したかのような行動をしていた。
それに
それを真似してミュウもなにか自分に出来ることはないかと率先して動くようになっていた。
僕はそんな2人が嬉しかった。
何かをしてくれる、ことに対してではない。少しでも僕を理解しようという行動が増えたこと。そして、それは僕自身も彼女達を理解したいという気持ちに繋がるのだと。
レティは高潔な女性だった。
悪魔とは程遠い、完全無欠のスーパーレティ。文句が出るはずもない。その行動には、相手への敬意があった。1週間経てば馬鹿でもわかる。
この人は“ちゃんと私を見ている”と。
「旦那様、お茶を」
テーブルに座る僕に温かい緑茶を出してくれるレティ。すぐに飲めるように熱さも調節されている。
「レティ、ありがとう。今日くらい休んだら?君の実力は十分にわかったし。それに、僕もなにかしないと申し訳ないし」
「それには及びません。私は私のやるべきことをやるだけです」
「でも、そんな調子だといつか疲れてしまわないかい?」
「体調管理も妻としての重要なつとめ。この程度でいちいち崩すようではたかが知れています」
「そっか……」
「そんなに私を心配なさるのであれば、夜の営みをお受け入れください」
レティは至って真剣にこちらを見据える。端に座っていたソフィアとミュウは行く末を見つめる。
「でも、それは、本当のじゃないわけだし…」
「私ではご不満ですか?」
「いや、そんなことはない、けど」
「で、あれば私を受け入れてください。絶対に旦那様を満足させて差し上げます」
満足、ゴクリと喉を鳴らす。2人のじーっとした視線が突き刺さる。見られていた。
「旦那様、こちらへ」
僕はレティに手を引かれ、僕の部屋へと連れて行かれる。2人入ると鍵を閉め、ソフィアとミュウが入ってこれないようにする。
「さぁ、上げてください」
両手を広げ、セーターを脱がせてとジェスチャーで促すレティ。
「え、でも………」
「百聞は一見にしかず、体験は一見に勝ります」
「そんな言葉あったっけ」
「最後は私がつくりました。さぁ、旦那様、遠慮はいりません。これも含めて私を知っていただかなければ、花嫁としての勝負は完璧なものになりません」
レティは僕の手首を掴み、自分の胸へと引き入れる。
「あなたを快楽の園にお連れし、私なしでは生きていけないようにしてこそ、この勝負は決着が着くのです」
レティはベッドに僕を押し倒し馬乗りになってくる。
「それがずっと気になってたんだ。レティ、君は確かに魅力的だ。僕の好みによく合わせてくれるし、よく働く。こんなに勤勉で綺麗な花嫁はいないだろう」
「そこまで評価してくださるのであれば、何故、ここで私を拒むのです?」
「だから、だよ。レティ、君は花嫁として完璧なんだ。でも、そこが違うんだよ。ソフィアやミュウと暮らしてみてわかった。誰かと一緒に暮らすって事は完璧なんかじゃないんだ。むしろそうじゃないことの方が多い。だから、お互いにどうしたらいいかを考えて生きていかなきゃいけないんだ。君は完璧だ、だけど完璧が故に僕である必要がないんだよ。だから、僕は君を好きになることはない」
「………」
レティは掴んでいた僕の手首をゆっくり離すとはだけていたセーターを下に降ろす。
「………傷つきました」
レティは初めて不愉快そうな顔を見せた。
「今の言葉、深く傷つきました。今までそんな言葉を言う方はいなかった。君は素晴らしい、ずっとそばにいてくれ。私が聞きたかったのはそういう言葉です」
レティは僕をにらみつける。
「ですが、私はその言葉をくれた方に何も感情は抱かなかった。だって、その方達は何もしなかったから。お金だけ、地位だけ。そのような方ばかり。その役目を果たして下さればどうでもよかったのです」
「今回も、長からのお金があったからだろ?」
「はい、その通りです」
レティは僕の目をしっかりと見据える。
「でも、それもここまでです」
目からこぼれ落ちる一筋の涙。
「私は先ほどのあなたの言葉にひどく傷つきました。私はあなたの妻として自分の仕事に一切の
「レティ……」
「ここまでお客の心に響いていない感触は初めてです、ですから」
レティは再びセーターの脇に手をかけると、ぐいっと上に持ち上げた。豊満なバストが黒いブラジャーに包まれ揺れる。脱いだセーターを脇に置くと僕の頬を指でなぞる。
「あなたを私の全身全霊をもって、本気で愛します。シオリ。あなたが私なしでは生きられない、と言うほどに」
ドガッャシャァアアアン!!
レティが唇を僕に重ねようとした瞬間、部屋の扉が吹き飛んだ。奥からミュウ、ソフィアが姿を現す。
「ようやく本性を現したわね。そこから先は、見過ごしておけないわよ」
ミュウは両手のレイピアを構え、レティと僕を見下ろす。
「ミュウ、これはやり過ぎよ」
「姉様は黙ってて。シオリ、よく言ったわ。私、感動のあまり涙が――」
袖で涙を拭うミュウ。
「シオリの言うとおり、私と姉様はシオリと一緒に色んなことを乗り越えてきたの。掃除や洗濯が少し得意なくらいで、シオリの心は奪えないのよ!!」
ビシッとレイピアを突き立てるミュウ。
「(さっき話を聞いているとき、ミュウは焦ってテンパってたなんてシオリには言えない、言えないわ)」
ソフィアは首を横に振り、先程のことを忘れるようにする。
「なるほど、旦那様とあなた達にはそのような絆がおありなのですね。わかりました、その点については負けを認めましょう。ですが、私もなかなか負けず嫌いなんです。絶対に旦那様を振り向かせて見せます、あなた達が目に入らないくらいに」
激しくぶつかり合う火花。闘いはさらにエスカレートするのであった。
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