80話_上書かれた真実
その後の記憶は、ソフィアとルキの
ルキは次第に1人でソフィアの元を訪れることが多くなり、ソフィアもそれを楽しみに毎日を生きるようになっていた。ソフィアは日を増すごとに綺麗に、表情が豊かになっていった。
リアもソフィアと交代でルキと話をしていたが、ルキがソフィアの話ばかりするので次第に機嫌が悪くなってきた。
チャミュは、気付けばルキをソフィアに取られた形になってしまい複雑な感情を抱いていた。別に嫌いなわけではない。だが、2人一緒にいるところを見ると胸が締めつけられるように痛い―――。。
ある日のこと、チャミュは天界の訓練の終わりに上官に呼び出された。
監督室の扉を叩き、入室する。
「チャミュ、入ります」
そこにはグレーの髪をした上官である男性の天使が椅子に座っていた。細目で口元は軽く笑みをつくっている。
「最近、テストの成績が良くないようだが何かあったのか?」
上官は、バサッとテストの書類を机の上に投げて見せる。
「いえ、特には……」
明らかにルキとソフィアリアのことで集中できなかったことが原因だが、上官には言えなかった。
「そうか。では、別の質問をしようか。ルキが最近飛躍的に成績を伸ばしている。これも、何か思い当たる節はないか?」
「いえ、それも、別に…」
「…わかった。もう下がっていい」
「失礼します」
チャミュは軽く頭を下げると部屋を後にした。
◆◆◆◆◆
「ソフィアをあそこから出す?」
ルキからその話を聞いたのは、上官に呼ばれて帰ってきた後だった。どうやらソフィアを外に出すと約束をしてきたらしい。ルキの無邪気さは自分がよく知っている。純粋にソフィアに外の世界を見せたいと思っての行動だということもわかっている。わかっているが――。
「そんな、無茶だよ、バレたらどうなるか」
「大丈夫だよ、数時間くらい。ソフィアに外の世界を見せてやりたいんだ」
「でも…」
熱っぽく語るルキを見ていられなかった。ルキの瞳の中に自分がいないことがわかってしまったから。
「頼む、手を貸してくれ。チャミュ」
それでも、断れなかった。なによりルキの頼みだったから。
「今夜、ソフィアを外に連れ出すんだ」
◆◆◆◆◆
その日はとても穏やかな日だった。
風が優しくそよぎ、光が静かに庭園を照らす。
ソフィアはドキドキしながらルキの訪れを待っていた。愛しの人が自分を外の世界へと連れて行ってくれる。それは、本の世界を越えて現実の世界になろうとしていた。
高まる期待に胸を躍らせるソフィア。一番のおめかしをして、庭園に腰を下ろす。
外に出られることの嬉しさもあるが、それよりもルキと一緒にいられることが幸せだった。
そこへ、ソフィアの視線の先に人影が現れた───。
◆◆◆◆◆
「ソフィア、迎えに来たよ」
ルキは庭園に降り立つと周りを見回しソフィアの名前を呼ぶ。チャミュもルキに続いて降りる。しかし、返事はない。あたりはしんと静まり返り、草木がかすかに揺れる音だけが聞こえる。
「おかしい、ソフィアの姿が見えない」
「何か怒らせるようなことしたんじゃないの?」
ルキに軽口を叩く。本当だったら、ここには来たくなかった。けれど、ルキが悲しむ顔を見たくないのも本当だ。
「そんなことしてないよ。仲良くやってたさ」
今、そんなことを聞きたいわけじゃない。
「はいはい、それはどうも」
そんな話聞きたくないと手を振りながら振り返る。そこで、異変に気付く。庭園の地面に血痕が付いている。
「これは…ルキ!!」
チャミュの声を聞いて、ルキも慌ててやってくる。
「まだ固まっていない…新しいものだ」
2人は血痕を追っていく。その先には、胸を剣で貫かれ、十字架に張り付けられているソフィアの姿があった。
「ソフィア!!?」
予想もしていなかった光景に目を疑う2人。急いで近寄り、ソフィアを十字架から下ろす。
「そんな、どうして……」
ソフィアを抱きかかえ、顔を見つめるルキ。ソフィアの顔にポツポツと涙が落ちる。
「……ルキ…」
「ソフィア!!良かった、まだ生きてる。喋らないで今応急手当てをするから!!」
ルキは顔を涙でグシャグシャにしながら、ソフィアの身体から流れる血を破った服で縛る。
「待ってろ…必ず救ってや―――」
突然、ルキの体に痛みが走る。お腹には貫通した剣が突き刺さっている。じわりと広がる血。
「誰、だ……がふっ……」
吐き出される血。後ろを振り返ることもできず、意識が薄れていく。
「あ…ぁ……ル…キ……」
振り絞るように声を出す。
「……ルキ……」
チャミュも、既に胸を貫かれており虫の息だった。必死にルキに手を伸ばそうとするが体が動かない。徐々に意識がなくなっていく。
ルキの前に立つフードの男。剣と服を返り血で濡らし、黙ったままルキを見ている。
その男はしゃがみ込むと、ルキに何やら呟いた。ルキは小さな光へと姿を変えると、空へと飛んでいき、やがて見えなくなった。
男はそれを見上げた後、倒れているソフィアの近くにしゃがみこむと同じく何かを呟き、ソフィアの頭に紫色のオーラを流し込んだ。傷が消え、意識を失ったように眠るソフィア。
男は最後にチャミュの元へと近寄る。
「ルキは転生させた。いずれお前は、お前の恋敵を連れて奴の元を訪れるようになる。お前の記憶の一部も
そう言ってチャミュの顔に手を当てる男。
記憶はここでブッツリと途切れ、ブラックアウトした。
◆◆◆◆◆
「……」
「………」
今見た情報を理解出来ず、無言で固まる2人。今見た無残な光景は、一体―――。
ただ1つわかったことは、この真実をなんらかの意図で歪めた者がいること。
「前の僕は、誰かに殺されてたんだな」
「…えぇ、私の今までの記憶ともすべて違うものでした」
「そいつはいずれ探さないといけない………けど今はリアの方が先だ」
この記憶が真実であるなら、リアとの戦いは無意味だ。
「リア、君も見ていたんだろう!!さっきの記憶を!!」
僕は天井に向かってリアの名前を叫ぶ。
しばらくして、天からゆっくりと降りてくるリア。その顔に大粒の涙を流して。
「何なのよ、今のは……」
「何者かによって隠された本当の記憶だ…」
「…本当?本当って何!?私にとって、あれが本当だった!!ソフィアはルキを救って死んだの!!あんな訳もわからないまま殺されたんじゃないわ!!」
感情を剥き出しに叫ぶリア。残酷な悪魔の顔じゃない。ただ1人の少女だ。
「これじゃあ、私はなんのために……」
「リア、一緒に探そう。真実を知っている奴を」
「そんなの興味ないわ…私はあなたが私だけの物になってくれればいい。それだけ」
「それはリアが本当にもとめているものじゃないだろ」
「本当よ!!これが私の欲しいもの…ソフィアリアが欲しかったものよ!!」
リアの憎悪のオーラが一気に跳ね上がる。紫色のよどんだ空気が彼女を覆い始める。
「リア……一緒に生きましょう」
ソフィアは、リアの元へゆっくりと歩み寄る。
「その姿で……私に話しかけるな!!」
地を這う衝撃波がソフィアを襲う。手足に傷が走ろうとも気にせず、歩き続けるソフィア。
「来るな!!」
「リア……ごめんね。あなただけに辛いことを負わせてしまって」
ソフィアの様子に少し変化が起きる。ぼんやりとソフィアの背後が光り出す。
「やめろ……やめろ!!!」
リアはそれを拒絶するように凄まじい衝撃波を何度も放った。傷つきながらも前に進むことをやめない。後ろに、ソフィアリアの姿が徐々にはっきりしてくる。
「ルキを助けてあげて…あなたの力で」
「ソフィアリアを
頭を抱えながら苦悶の表情を浮かべるリア。
「消えろー!!!」
力の限り手刀を繰り出すリア。
その手がソフィアの胸を貫く。それを受け止めて、リアを優しく抱きしめる。
「私はいつもそばにいる…それを忘れないで……」
「……」
リアの目から、ひとつ、ふたつ、涙がこぼれる。
「うぅ……」
「1人にしてごめんね……」
「うぅ…うわぁぁぁぁぁあん」
叫びながら、涙を流しながら、リアは力の限りに声をあらげた。
今までの憎しみを、悲しみを全て吐き出すように。
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