65話_サキュバスの真実

「僕が…ルキの…生まれ変わり?」


「そう、天寿シオリはルキが地上界で転生した姿だ」


「でも僕、昔のこともちゃんと覚えてる!天使なんかじゃない!」


「天寿シオリは人間だ。それは紛れもない事実だ。ただ、ルキの魂も同じく受け継いでいる。サキュバスの能力を著しく跳ね返すのも、そのひとつなんだ」


僕はハッとした。ルゥやミュウの魅了の効果にかからなかったことを。


予想していなかった話に頭が追い付いてこない。


「ルキの意志はもう存在しない。天寿シオリは天寿シオリだ。ただ、リアにとっては、ルキとして映るだろう」


「リアを説得するには、シオリとソフィア、2人の協力が必要だ。彼女が一度目覚めた以上、そう猶予ゆうよはない」


「ソフィア、大丈夫か?」


くらりと眩暈めまいを起こしているソフィア。

ソフィアは黙ってうなずく。


「遅かれ早かれ、この問題とは対峙しなければいけなかったんだ。向き合うしかない」


「わかってます…けど、衝撃が大きくて……」


「そうだな…」


「どうするかは2人で決めてくれ。私も出来る限りのことは手伝う。ソフィアの友人として」


チャミュはそう言うと、リビングを後にした。残された2人は、チャミュの話を幾度となく思い返していた。


自分が天使の生まれ変わり…そんなこと想像もしなかった。だが、他の人とは違い魅了の能力がかからないことはそれで説明できる。


僕は頭の中がグチャグチャになってきたのでシャワーでも浴びることにした。


「ソフィア、少し落ち着こう。その後に色々考えよう」


「そうですね。そうしてもらえると助かります……」


ソフィアは身体の力が抜けたようにソファにもたれかかった。


シャワーを浴びながらこれからのことを考える。どうすれば、リアと分かり合うことができる?なにか解決の糸口はないのか。


チャミュは時間がないと言っていた。それはリアが目覚めたことによるソフィアの影響を言っているのだろう。


「実感が沸かないな…」


僕は蛇口を閉めて風呂場を出る。

着替えを済ませリビングに戻ると、ソフィアがソファで寝息を立てていた。


僕はソフィアにタオルをかけてやる。


新しいことがいっぺんに起きたせいで、疲れがドッと押し寄せてきた。僕は部屋に戻ってベッドに横になる。少し休むつもりだったがそのまま眠りについてしまった。



◆◆◆◆◆



翌朝、家にミュウが訪ねてきた。最近僕が店に顔を出さなかったので心配して来たみたいだ。


そこで、ミュウに昨日の話をする。もうひとりのソフィアのこと、そしてルキという天使のことを。


「―――へぇ…そんなことがあったのね。残念ながら、どちらも知らないわ」


「ミュウはソフィアが隔離されていたことは知らなかったのか?」


「えぇ、姉様に初めて出会ったのはそれなりに大きくなってからだもの。ルキという天使も知らないわ」


ミュウは僕の顔をまじまじと見つめる。


「何落ち込んだ顔してるのよ。あなたがやることは決まってるでしょ?」


ピンッと僕のおでこをデコピンする。


「姉様を助けられるのはあなただけしかいないんだから」


「ミュウ…そうだな、ありがとう」


僕はミュウを強く抱きしめる。不意に抱きしめられて驚くミュウ。


「きゅ、急にされるとびっくりするわね……」


「あ、ごめん」


「い、いいわ…。それで、姉様は?」


「部屋で寝てるよ。昨日のことがショックだったみたいだからな」


「私、一度エデモアのせいで姉様と身体を交代したことがあるけれど、あの時の力はそういうことだったのね…」


「何かあったのか?」


「姉様はね、サキュバスの欲望を抑えつけるのに必死だったのよ。あなたを襲わないために」


「僕を?」


「そうよ。あのサキュバスの能力は尋常ではなかったわ。あのまま戻らなかったら、おそらく私は力に飲まれていたわ。そしてあなたを欲望のままに襲っていた。それくらい強大な力だったのよ」


「そんなに…」


「姉様なら大丈夫よ。今までだって力に屈しないでやってきたんだから。それはあなたがよく知っていることでしょ?」


「あぁ、そうだな…」


納得する僕の上からミュウが覆いかぶさってくる。


「こらっ、ミュウ」


「いいじゃない、久しぶりにシオリに会ったんだから少しくらい相手してくれたっていいでしょ?」


背中に胸を押しつけるミュウ。ぐにぐにとおっぱいが背中に当たる。


「背中が……」


「背中が…何?」


イジワルそうな顔を浮かべるミュウ。僕の反応を楽しんでいるみたいだ。


「もう、いいだろっ」


「あんっ。いいじゃない、ケチッ」


片側の頬を膨らませるミュウ。


「あっ、姉様。おはよう」


そこに、ソフィアが2階から降りてきた。眠そうに目をこする。


「あら、ミュウ来てたのね。おはよう」


「ソフィア、具合は大丈夫か?」


「えぇ、心配かけてごめんなさい。もう元気になったから大丈夫」


「そうか、そしたら朝ご飯の用意をしよう」


「私も手伝います」


僕とソフィアはキッチンで朝ご飯の用意をする。

昨日から特に変わった様子も見受けられないし、大丈夫なようだな。


簡単なサラダとパンと飲み物をテーブルに用意する。

3人でいただきますの挨拶をして、朝ご飯を食べ始める。


無言の食卓。


昨日のことを思い出してしまい、自然と空気が重くなる。

それを見兼ねたミュウが口火を切った。


「ねぇ、2人とも。ご飯を食べ終わったら公園に行きましょ。悩んでいても仕方ないわ」


「そうだな。家にいても考えてしまうだけだしな…。ソフィアはどうだ?」


「え、えぇ。いいと思います」


「決まりね、じゃあ食べ終わったら出掛けましょ」



◆◆◆◆◆



ミュウの提案で僕とソフィア、ミュウはご飯を食べ終わった後公園へと出掛けた。


天気が良く気持ち良い風だ。


「良い天気だね」

 

「あぁ、これなら散歩もゆっくりできそうだ」


「気持ちが良いわね」


ミュウが僕の手を握ってくる。


「ミュウ」


「あら、いいじゃない。手を繋ぐくらい。姉様の手も繋いであげなさいよ」


「そうは言ったってなぁ…」


「ごちゃごちゃ言わないの。ほら」


ミュウに無理矢理ソフィアと手を繋がされる。


「はい、少しは素直になりなさいよね」


ミュウはまた僕と手を繋ぎ直す。右手にソフィア、左手にミュウ。


出来れば知り合いには見られたくないな…。


両手を塞がれながら、公園の池の周りを歩く。幸いなことに人はおらず、誰かに見られる心配はなそうだ。


ベンチのところまで来た僕たちは、一息ついた。


「久しぶりにゆっくりな時間ですね」


ソフィアは公園の池の手すりに手を置き、池を眺める。


「最近色んなことがあったからな、なかなかゆっくりする暇もなかったよな」


「そうね、誰かさんのおかげでね」


「まあ、そういう時もあったけど……」


「本当、色んなことがありましたね……」


ソフィアは僕の顔をまじまじと見つめる。


「シオリ、私はリアと向き合ってみようと思います。彼女が私を受け入れてくれるかはわからないですけど…」


「もうひとりの姉様ってそんなに面倒なの?」


「面倒っていうか…ソフィアとは正反対の性格だったよ」


「そう、そんなに面倒なら私が話したっていいわよ?」


「…へぇ、それは面白いね」


ソフィアは不敵に笑う。

それは、今までのソフィアからは想像できない笑顔だった。


「ソフィア……?」


「姉様…?」


ソフィアは、ソファに座っていた僕とミュウの方に振り返る。


池の波紋が徐々に大きくなり風がざわめき出す。ソフィアは眼鏡を取ると、片手でそれを握り潰した。


「ソフィア!?」


ソフィアは潰した眼鏡を捨てると、僕に向かって笑いかけた。


「ソフィアじゃない、私はリアだよ」

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