48話_最後の激突
天界第二層。
中央から少し離れたところに式場はあった。
白塗りの建物に様々な花の彫刻があしらわれた綺麗な場所で、見上げるほどの高さがある。
僕はアナに抱きかかえられたまま式場へと入っていく。
「あの、アナ。ずっとこれは恥ずかしいんだけど……」
「ハハ、すまないね。君を動けなくしてしまったから、もうしばらく我慢してくれ。誓いが終わったら自由にしてあげられるから」
「誓い?」
「そう、この式場で誓いを果たすんだ。そうやって、2人は夫婦になれる。式場の誓いを果たしたものは、今後勝手に離れることはできなくなるんだ。一生添い遂げるようになる」
「え!?」
アナの言葉に驚きを禁じ得ない。【誓い】がもたらす効果は、どうやら精神的なものではないらしい。それこそ、強制的な何かが果たされるような言い方だった。
「そのために、ここへ?」
「そうだよ。誓いを果たせば、晴れて夫婦だ。天界での健やかな暮らしを約束するよ」
ニッと笑うアナ。このままだと、地上に帰れなくなる……。自分からはなにもできない今、
ソフィア達に一縷の望みを賭けるしか他はなかった───。
◆◆◆◆◆
一方、
前方に式場を見つけ、急いで車を飛ばしていく。
「どうやら見えてきたみたいだね。どうする?護衛の車もいるみたいだけど」
「そのまま突っ切ってくれ。どのみち全てを相手していてはアナとシオリくんが誓いをしてしまう」
「了解!!しっかりつかまっててよー!!」
博士はアクセルを踏み、右に左に護衛の車を抜かしていく。
あわただしく揺れる車内。私とミュウは横に揺られているが、メイド2人とチャミュは平然とその揺れを乗りこなしていた。
護衛の車を全て抜き切ると、式場前へと着陸をする。
「どんなもんだい!!」
「博士、ありがとう!!」
「まだ式は始まっていないはずだ!急いで!」
「雑魚はこちらで足止め致しますので、ソフィア様はシオリ様の元へお急ぎください」
メイド2人がロケットランチャー、ガトリングガンなど重火器を車のトランクから取り出す。
「僕たちのことは気にしないで!!3人は早く!!」
「…わかった!!ありがとう!!」
博士たちに礼を言い、式場へと駆けていく。
博士は車の最後部席にあった箱を取り出し、地面におくと起動スイッチを押した。
「ようやくの登場だ。さぁ、上手くいってくれよ…」
直方体の箱はてっぺんから4分割に割れ、その中から煙が沸いてくる。
「博士、それは?」
「これは最近エデモアがつくっていた
箱の中には漆黒の鎧をまとった長身の女性が入っていた。継ぎ目があり、機械であることがわかる。ゆっくりと目を開け、ガシャッと音を立てながら箱から起き上がる。
金色の髪をたなびかせ、堂々とした雰囲気であたりを見回す。
「気分はどうだい?」
「こういう風に見えるのだな…悪くない」
「早速だけど、敵に囲まれててね。助けてくれるかい?」
「了解した」
女性は背中にあった剣を握ると、降りて来たアナの護衛の車へと向かっていく。
目で追うのもやっとのスピードで車に迫り、一撃で車を走行不可能にしていく。
「なっ!?」
「なんだこいつは!!おい、車を守れ!!!身動きがとれなくなるぞ!!」
突然現れた敵に対処できない護衛兵たち。
「こちらもいますよ」
メイド2人が、手当たり次第にガトリングとミサイルを打ち込む。
派手に吹き飛んでいく護衛の車と護衛兵たち。皆綺麗に空へと飛んでいく。
その中を、ミサイルとガトリングをかわしながら、着実に敵を撃破していく女性。
「上出来だね!流石エデモア!」
博士は、天器の出来にニンマリとしていた。
◆◆◆◆◆
式場へ急ぐ私とミュウ、チャミュの3人。
それを阻止するように大型の兵器が3人の頭上に降りてくる。
上半身が極端に大きい、4メートルはありそうなサイクロプスに似た兵器だ。単眼がこちらをギョロリと凝視する。
「これは見たことがないな…。天使隊はこんなものまで用意していたのか」
チャミュは
ガイン!!
銃弾をいとも簡単に弾き返す。
「これはまた…面倒なものをつくったねぇ」
「感心してる場合じゃないわ。来るわよ!!」
サイクロプス兵器のパンチを横にかわす。地面に拳の衝撃が伝わり、破片が四方に飛び散る。
「真正面から戦うのは得策じゃない!私が動きを止めるから2人は先へ行ってくれ!!」
「でも、それじゃチャミュが!!」
「今回はソフィア、君が鍵を握っている!頼んだよ」
チャミュは拳銃の弾を空中に放り投げ、次々とシリンダーに入れ込むと兵器に向かって撃ち込む。先程とは違い当たった弾丸はとりもちのように兵器の関節にベタッとくっつく。
膝が曲がらなくなりバランスを崩す兵器。
「さて、ここが私の仕事をするところかな」
チャミュは再度弾丸を込め直すと、兵器の方に向き直るのだった。
◆◆◆◆◆
チャミュが時間を稼いでくれている間、ミュウと私は式場へと急いだ。
扉にいる天使を峰打ちで気絶させ、中へと入る。
式場は、両側を様々な色と模様のステンドグラスがあしらわれており、光が入ることによって荘厳な雰囲気を漂わせていた。
その奥にウェディングドレスを着た見たことのない女性とアナが立っていた。
周りには誰もいない、2人きりのようだ。
「ソフィア!!ミュウ!!」
女性がこちらに気付き、私とミュウの名前を呼ぶ。
「あれは…誰かしら」
あの女性は…。アナ、なんてことを。
「アナ、あなたはそういうことを…。ミュウ、あれはシオリよ。天換操具を使ったんだわ」
「天換操具……まさか、シオリを女にしたの!?」
「そう、自分の立場を守るために、シオリをあんな風にするなんて…」
私はアナに向かって弓を構える。
「アナ!シオリから離れなさい!!さもないと、この矢であなたを射抜きます」
気付いたアナは、ニヤッと笑うとシオリを近くに抱き寄せた。
「神聖な式の途中だ。邪魔をしないでくれ」
「なにが神聖な式よ!自分の都合にいろんな人を巻き込んで。早くシオリを離しなさい!」
薔薇の剣を構え、一歩ずつ前に進むミュウ。
「止める気かい?いいさ、出来るものならやってみるといい」
アナはそういうと自らの手を大きく広げる。
突如、振動が空中を波打つように、アナの手から私とミュウの元へ広がっていく。見えない膜のようなものが体に張り付いたようになり、懸命に前に進もうとするが、1歩たりとも進むことが出来ない。
「なっ、なにこれ…全然前に…進めない…」
「これは、空気の層?見えない壁があるみたい」
なんなのこれは。アナはどういう魔法を使ったの。
「見えない壁、いいことを言うね。私の能力見えない空気の
「…させない!」
シオリと契約なんてさせない。
空気の壁の抵抗を無理矢理押し返し矢を放つ。しかし、軌道は完全に逸れ、四散した光の矢がむなしく飛んでいっただけだった。
「驚いた。私の壁を貫いてくるとは。もう少し強めにやっておく必要があるかな」
アナは再び私に向けて手をかざす。先ほどより何倍も強烈な空気の圧が体に降りかかる。空気の壁を真正面から受けた私は式場の入り口まで吹き飛ばされてしまった。
「姉さま!!」
「ソフィア!!」
「うぅ……」
全身に激しい痛みが走る。
「う…シオリ…を…」
痛みをこらえながら立ち上がろうとする。痛いなんて言ってられない。シオリが待ってる。
「シオリを…離して…」
「ちょっとの痛みではないだろう。動かない方がいい」
「シオリ……」
再び立ち上がり、弓を構える。壁に叩きつけられた衝撃で、ドレスは破けてしまっていた。
「まだ立つか…」
アナは呆れたように再び私に向けて手をかざす。
「アナ!!ダメだ!!」
シオリは必死に体を動かそうとするが、指一本動かすことができない。
さっきよりも強大な衝撃が私に襲い掛かる。
その時、
ザッ!!
目の前に漆黒の鎧を着た女性が現れ、空気を真っ二つに切り裂いた。
「今なら、撃てる」
女性は背を向けたままそう言った。一体、誰なの。
「えっ…本当だ。これで!」
女性の声の通り、矢を放つ力が戻っている。これなら!!
「なんだと…!?」
矢を止めるため、
「しまった!!ハニー!!」
放り出されたシオリが宙に浮き、階段にぶつかりそうになる。鎧を着た女性はそれをしっかりと受け止めると、
「相変わらずだな」
女性はシオリに向って軽く笑う。だが、シオリにはその金髪の女性は見覚えがなかった。
「あ、ありがとうございます……どなたか存じ上げないのですが」
「ああ、これでは無理もないか。んんっ、“相変わらずだな、我が主人よ”」
低く太い男性の声。私達が聞いたことのある馴染みの声……。
「この声は、まさか…!?」
「そのまさかだよ」
「シェイドー!!!」
シオリが喜びを爆発させる。抱き着こうとするが身体がまったく動かない。まさかシェイドが生きていたなんて。
「シェイド、生きていたって言うの?」
シオリの声に驚いて金髪の女性を見るミュウ。私も、今起きている状況を上手く整理できないでいた。
「シェイド、生きていたんだな……」
「かろうじて
「じゃあ…」
「新しい体をエデモアからもらった。昔のようにはいかないが、そばにいることはできる」
シオリの目から涙がこぼれる。
「良かった…本当に良かったよ……」
「心配をかけたな」
ポンポンとシオリの頭をなでるシェイド。
「その顔で、その声は……ハハッ、変だな」
涙を流しながら笑うシオリ。
「それはそうか…これでどうだ、合ってるだろう」
また再び女性の声に戻るシェイド。
「その体の時はそれがいいね」
「感動の再会中悪いが、ハニーを返してもらえるかな。式の途中でね」
アナが少し
「その話はもう終わりだ。シオリには既に相手がいる。この話自体なくした方が丸く収まるだろう」
「そんなわけには、いかない!!」
アナはシオリとシェイドを引き剥がそうと、シェイドとの距離を詰める。
シェイドはシオリを抱きかかえたまま1回転すると、アナの胸に綺麗に回し蹴りを決めた。それは、まさしくシェイドが得意としてるカウンターのひとつだった。
「ぐはっ!!」
蹴りをくらい意識を失うアナ。
「なかったことにした方が、幸せなこともあるだろう」
シェイドはシオリを立たせると私の方を見た。
「創造主から話は聞いている。こいつのシオリに関する記憶を消してやるのが一番だろう」
「シェイド、あなた生きていたんですね」
人の姿をしているが、確かにシェイドだ。変わらない口ぶり。
「かろうじて、ではあるが。まぁ、また戻ってこれてよかった」
「帰ってきたら、話をしましょう。今はこれを……」
私はアナの前で眼鏡を外す。
「ごめんなさいアナ…。アナには規律という譲れないものがあるってことがわかりました。それは、私には理解できなかったけど、あなたにとっては何よりも優先するものだったんですね…。でも、私もシオリのことは譲れないんです…」
私はアナに向かって能力を使った。2人をまばゆい光が包み込む。
こうして、一連の騒動は幕を引くこととなった。
◆◆◆◆◆
「あ~、良い朝だ」
僕は、自分のベッドから体を起こして軽く伸びをする。
アナの騒動から数日、僕の体は元の男に戻り平穏な日々を暮らしていた。
メイド2人と博士は、再び天界での生活に戻っていった。エル、アルが今度家に来てみたいと言っていたのが少し気掛かりだが。なにか面倒なことが起きそうな気がする。
ソフィアによって記憶を消されたアナは、騒動を起こした事自体を忘れてしまっていて、今はチャミュに天界に戻ってくるよう話をしているそうだ。
結局、チャミュが一番最初に恐れていたことに戻ったことになる。チャミュは、苦笑しながらも相手をしているらしい。
その他の天使たちの記憶については、博士が作り出した機械でその周辺全体に撒き散らした結果、綺麗に収まったそうだ。そんなものがつくれるのなら、今回の騒動もそこまで大きくならなかった気がするが……。まぁ、今更言っても仕方がない。
アナとの闘いで怪我をしてしまったソフィア。片腕にギプスをしている状態なので、今はミュウと僕で色々と世話をしている。
あの時、よく弓を持てたものだと思う。
戻ってきたシェイドは再びこの家で暮らすことになった。シェイド自体に性別はないそうなのだが、金髪の綺麗な女性というのがあって変に緊張してしまう。
シェイドは男性版の
博士がシェイドが生きていることを言わなかったのは、僕を喜ばせるサプライズだったらしい。エデモアは
前みたいに、僕の体を操ることはもうできないみたいだが、シェイドが一緒にいてくれるだけで満足だった。相変わらずの辛口は健在だ、それもとても懐かしく感じる。
「シオリ、朝食の支度ができたようだ」
「わかった、今行くよ」
僕はベッドから飛び起きると、リビングへと降りて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます