精霊地区水冷課編

49話_自由奔放な天器《スカイケイス》

久しぶりに戻ってきた日常。


朝目覚めて、ソフィア達と食卓を囲み、学校に行く。夕方も同じく過ごして、寝る。


たったそれだけのことがとても素晴らしく感じられた。家にはソフィア、フーマルにシェイドがいる。


シェイドは、前まではキーホルダーという形だったから、人という形でいることにはまだ慣れないが、久しぶりのやり取りはとても楽しいものだった。


ただ、困ったことにシェイドは美人の天器スカイケイス、言うなればアンドロイドみたいなものだ。不意にドキドキしてしまうことがある。前から言いたいことは言う性格だったが、体を得たことでよりややこしいことになったのは間違いない。




ある日の夕食での出来事。


「シェイド」


「なんだ、ソフィア」


「あなたがシオリを助けてくれたことは感謝します。体を得たことで色々できるようにもなったと。ですが、最近は少しやり過ぎです」


「そうか?あまり気にしてはいなかったが」


ソフィアが言っていたのは、ここ最近のシェイドの行動のことだった。元々は言いたいことを言う方だったし、ストレートな性格だったが、体を得たことでそれが行動にも直結してきていた。


具体的にどういうことか言うと、僕がひとりでお風呂に入っていると平然と入ってきたりとか、一緒に寝ようとするとか(関節に継ぎ目こそあるものの、生体パーツは人の肌に近く胸なんかも人のそれに近いものだった)。


シェイド曰く、「したいことをしているだけ」ということだったが、なまじ可愛い女の子の皮をかぶっているだけに、一般的な男性としては反応せずにいられないのであった。


「ほら、シオリが困るじゃないですか」


「困っているのか?」


「あ、いやぁ…。ただ、一緒にお風呂に入るのとかは流石に…」


「この体のせいか?ソフィア、気にすることはない。私はただシオリと色々話がしたいだけだ。主人に対する恋慕れんぼの類ではない」


「えっと、それはわかるんですけど…」


ソフィアも力強く言えず、語尾が徐々に尻切れトンボになる。


「気になるならソフィアも一緒に来ればいい」


「それは…!その……」


「…主よ、少しよいか」


「な、なんだよ…」


シェイドは僕をソファの方に連れてきて耳打ちをする。


「(私がいない間にソフィアとの進展はどうなっているのだ。もうとうの昔に付き合っていると思っていたのだが、そうではないのか?)」


「(えっと、まぁ、悪い関係ではないと思うんだけど、今一歩進めてないと言うか…)」


「(まだそんな感じなのか…呆れた主人だ。全く、それではソフィアも心配するだろう)」


「(悪かったな)」


シェイドと僕は再びテーブルに戻ってくる。


「ソフィアよ、お前も大変なのだな」


「??」


「心配することはない。私がシオリをどうにかする気はない。この体が原因だと言うのであれば、エデモアに頼んで男の体を用意してもらうとしよう」


「そ、そうですか」


「それはそうとソフィアよ、シオリのことが好きなら好きとはっきり伝えないと我が主人はいつまで経っても動かないぞ」


「………」


「あー!!シェイドー!!」



◆◆◆◆◆



「まったく、ひどい目にあった…」


シェイドの身もふたもない言葉で、久しぶりにソフィアとあたふたする感じになってしまった。


夕食の片づけをしながら、今までのことを思い出す。


ソフィアが来てからというもの、毎日色々なことが起きて、飽きることはなくなったように思う。1人で暮らしていた頃より確かに楽しい。そう思えることはとてもありがたいことだ。


「シオリよ」


「なに?」


「私も手伝うとしよう」


「あぁ、助かるよ。じゃあそこの皿を拭いてくれるか」


「わかった」


シェイドは言われた通り、クロスをとって皿を拭き始める。


「エデモアや創造主から聞いた。私のことで色々と調べまわってくれたそうだな」


「あぁ、聞いたのか。探し回ったけど、結局僕ではダメだったよ」


「そんなことはない」


シェイドは皿を拭きながら僕の方を見る。


「壊れた後も、直そうと奔走ほんそうしてくれた主人に出会えた私は幸運だ」


「シェイド……。こうやって話すことができて良かったよ。あの時、本当は後悔してたんだ。シェイドを無理矢理連れて行ったことで、一度はシェイドを失ってしまったから」


「…主人らしいな。守護天使にとって主人を守ることは存在そのものだ。シオリを救えたことを私は誇りに思っている。これからは違う形になるが、またシオリを守らせてくれ」


「ありがとうシェイド、よろしく頼むよ」


僕とシェイドは互いに顔を見合わせ、微笑んだ。



◆◆◆◆◆



「──というわけでだ」


「なにが、というわけで。だよ」


「どうした?我が主人よ」


「とぼけるのもいい加減にしろよ!!おかしいだろ!!」


「おかしくはない。言っただろう。『シオリを守らせてくれ』と」


「いや、確かに昨日言ったけどさぁ……」


僕は学校に行くすがら、隣にいるシェイドと話をしていた。

学生服であるブレザーに身を包んだシェイドは悠然と僕の少し後ろを歩く。


「なんでシェイドが学校についてきてるんだよ。しかもうちの学校の制服まで着てさ!」


「それはシオリを守るためだ。心配はない、面倒な手続きは全て済ませてきた」


「えっ!?」


「入学に必要な書類は全て終わらせてある。シオリが心配することはない」


大事なことをサラッと言ってのけるシェイド。え、いつやったのこいつ。


「いやいやいや!!大事おおごとだろ!!授業受けるの?」


「無論だ」


「はぁ……大変わやだな……」


僕は、頭を抱える。


シェイドに体を持たせたのは間違いだったんじゃないかと思い始めてきた。


今シェイドが使っている天器スカイケイスは一般人が見たら超のつくほどの金髪美人なのだ。自分の隣を歩いていること自体、だいぶ違和感がある状態だった。


そんなわけなので、ソフィアと一緒に歩いているくらいまわりからの視線が凄かった。


やっとのこと校門の近くまで来ると、スカーレットが小走りで駆け寄ってくる。


「シオリーーーーー!!!!!!!」


はしっ。


僕に飛びつこうとジャンプしてきたスカーレットの頭を片手で掴むシェイド。


凄い、プロのバスケットボール選手とかじゃないとできないんじゃないかってやつ。

スカーレットが宙に浮く。


「いたっ、いたたた!!!何、誰よこいつ!!」


足をバタバタさせて、シェイドのアイアンクローから逃れるスカーレット。


「誰よあんた!!私、久しぶりの登場なのよ!!この仕打ちはひどいわ!!」


スカーレットは痛む頭を押さえながらシェイドを睨みつける。


「シオリの害になりそうなものは私が排除することにした。そうすればソフィアも安心だろう」


「シェイド、ほどほどにしてくれよ……」


「シェイド?シェイドって……シオリ、あのシェイド?」


「そう、エデモアから新しく体を用意してもらったんだ」


「あ、そう……なら、手加減しなくていいわね!!」


スカーレットは鎌を手に取るとシェイドに向かって振りかぶる。振り下ろされた鎌を片手で平然と受け止めるシェイド。


ガキィン!!


金属と金属の音がぶつかった激しい音がする。


「スカーレットよ、ここは学校だ。そのような行為は褒められたものではない」


「うるさいわね!!せっかくシオリに会えたのに邪魔が増えてイライラしてるの!!」


ガキィン!!


激しい衝突音が響く。


「機械だって言うなら手加減しなくていいわよね」


「仕方あるまい。シオリ、先に言っていてくれ。スカーレットを片付けてから行く」


「ほどほどにしてくれよ……」


僕は響く金属音を後に校舎へと入っていくのであった。


この後、シェイドのことで学校が大騒ぎになるのだが、また別の機会に話すことにする。

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