34話_天帝最終決戦・終幕

再び天界第三層大宮殿―――。


チャミュとネツキは激しい攻防を繰り広げていた。


ネツキの素早い動きと周囲を覆う霧がチャミュを苦しめる。


「(相手の動きを予測しなければ、攻撃を当てることはできない…)」


チャミュは精神を集中させる。

地面の擦れる音、金属のわずかな音に意識が集まる。


「そこだ!!」


ガン!!ガァン!!


硬いなにかに当たったような音。


「急にええ動きするようになったわ。今のは少しだけ気持ち良かったで」


銃弾はネツキに当たっていた。しかし、鋼のような肉体に弾かれ、僅かな傷しかついていない。


「今の攻撃がかすり傷か、参ったね」


「ウチの身体は頑丈やさかい。そのせいで周りからは化け物呼ばわり。他の天使達の奇異な目は残酷やで。頑丈やから何したっていいとはならんやろ?」


ネツキは先ほど受けたお腹の傷跡をさする。傷はもうほぼ治っているようだった。


「心の傷は癒えない、か……」


チャミュは拳銃に弾を込め直す。


「私の大切な友人にも、周囲から仲間外れにされて孤独な毎日を送っていた天使がいる。その天使は、自分の持つ力のせいで周りが不幸になると、ずっとそう脅されて生きてきた。そんな彼女に私は救われた。私は彼女のことを救ってあげたいと思った」


拳銃をネツキに向ける。


「私は、彼女を救いたい」


「…それが、上にいるなんやね」


「そうだ…」


「なら、ウチも引かれんな。ウチは天帝の願いを叶えたい」


「天帝がソフィアにやっていることは、昔に自分がやられたことではないのか?それを繰り返していいのか?」


「天帝のは愛や。純粋な愛。真っ直ぐで、それでいてどうしようもなくひどく歪んだな」


「それをわかっていて…」


「ウチは善悪の非は問わん。天帝の好きなようにやらせたるのがウチの愛や」


ネツキも、両手の長い爪を交差させ、加速させる構えをとる。


「それを邪魔するんやったら、誰であったとしても容赦はせん」


「君も歪んでいるな…」


「自覚ありやわ…」


空気が一瞬固まったように感じた。


刹那、お互いに飛び出しチャミュは拳銃を、ネツキは爪を突き立てる。


ネツキの爪を紙一重で避け、自分の拳銃を爪と爪の間に割り込ませるチャミュ。それをテコにネツキの身体を自分の方へと引き寄せる。


「いくら強固でも、この距離なら…!!」


「…なっ!?」


ゼロ距離からの射撃バースト

チャミュの弾丸を受けたネツキの身体が反動で宙に浮く。


ドサァッ!!!


倒れるネツキ。


「やったか…」


自信も反動で倒れこむチャミュ。


「…やられたわ」


仰向けになったまま、喋るネツキ


「なんや、細工したやろ。体が動かれへん…」


「麻痺弾に切り替えておいた。それだけ頑丈な身体だ、普通に戦っては勝ち目がないからな」


「頭も回るんやないか…ウチの負けや。好きにしぃ」


ネツキは諦めたように、身体の力を抜く。


「私の役目はこれで終わりだ。あとは彼がなんとかしてくれる」


「えらい信用してるやないの、ただの人間を」


「ただの人間が天帝を倒すんだよ。痛快じゃないか」


「ハハッ、そしたらえらいことになるわ」



◆◆◆◆◆



時を同じくして、最上階にいる天帝との戦いに決着をつけるべく、僕はありったけの力を右手に込めていた。


力を一点に凝縮させたエネルギーをパンチと共に放つ。このワンチャンスに全てを賭ける。


僕はシェイドの力を借り、天帝にインファイトを仕掛ける。先ほどの戦いで天帝の動きは大体読めるようになっていた。動き自体は早いが追えないほどではない。それに、防御力がそれほどではなさそうだ。油断している今なら十分に勝ち目がある。


「天帝!!」


ガッ!!ガガッ!!


互いの攻撃をガードしながら、一進一退の攻防が続く。


「ゴミがっ…!!」


天帝の攻撃を弾き、拳に力を込める。その一瞬のエネルギーの大きさにぎょっとする天帝。


「貴様、まさかっ…!?」


「天帝、これで終わりだぁぁぁあ!!」


僕のパンチが天帝に当たった瞬間、銃が暴発したような激しい爆発と衝撃が天帝の身体を連続的に貫通していく。


ボォォォォォン!!!


「うおあああああっっ!!」


壁に叩きつけられ、倒れ込む天帝。


「シオリ、やった!!」


「天帝様!!」


「まさか、天帝様がっ…!!?」


攻撃する手を止め、皆が天帝の方を見る。


「やったな、シオリ」


「あぁ、シェイドのおかげだ」


息を大きく吐き、ふぅっとため息をつく。


「そうだ、ソフィアは!?」


僕はソフィアの元へと駆け寄る。ネリアーチェによってはりつけられた腕が途中まで外されていた。当のネリアーチェも天帝の元に向かっている。今は僕とソフィアの2人だけだ。


本当に長かった気がする。僕は、優しくソフィアの頬を撫でる。


「ソフィア、迎えに来たよ」


「……」


虹彩がなくなり、完全に虚ろな瞳をしているソフィア。

僕の目から、自然と涙が零れ落ちる。


「ソフィア、遅くなってごめん」


「……シ……オリ…」


ソフィアの目に、徐々に光が戻っていく。それにつれて、大粒の涙がソフィアの眼に溢れ出す。


「シオリ、シオリッ!!」


「ソフィア、本当に無事で良かった……待ってて、今、鎖を解くから」


久しぶりの再会に涙が止まらない。早くソフィアを抱きしめたくて、鎖の鍵を探す。


「シオリ!!」


その時、僕の背中に強烈な衝撃が走った。


「許さん、許さんぞ……」


痛みをこらえながら、後ろを振り返る。

怒りの形相の天帝が、紫色の波動をまといゆっくりと僕に近付いていた。


僕は背中を打ち抜かれた反動を遅れて感じ取る。身体が上手く動かない。膝をつき、身体の力全てが抜けたようにうなだれる。


「シオリ-!!」


ソフィアの悲痛な叫び。喜びの涙が哀しみへと変わる。


「シオリ、すまない…私だけで受けきれなかった……もう1発くらえば、私も消える」


「……」


言葉を出そうと思っても、言葉が出てこない。膝をついたまま、固まる。背中からはとめどなく血が溢れていく。


「このゴミがっ!!!」


近くまで来た天帝は、僕を力いっぱい蹴り飛ばす。倒れる僕を天帝は容赦なく踏みつける。


「ゴミ風情がっ!!私に!!傷を負わせるなど!!あっては!!ならないのだ!!」


ガスッ!!ガスッ!!


と傷を執拗しつように蹴られる。


「うわぁぁぁっ!!」


シェイドに抑えきれない分の痛みが次々に襲ってくる。シェイドがいなければ一発で失神しているだろう。


「クソッ、こんなゴミに手傷を負わされるとは…最悪だ」


天帝は僕を思いきり蹴り飛ばす。ゴロゴロと階段を転がり落ちる僕。


「もうよい、ゴミはそこで跡形もなく消え去れ……」


天帝は手に紫の巨大な波動をつくり出すと、僕に向かって投げる。


ゴォォォォ!!!


ソフィアの叫ぶ声もかき消えるほどの波動。


その間に割り込んだミュウが、2本の剣で波動を受け止める。激しい衝撃が、ミュウの綺麗な肌に無数の傷をつくり、衣装を破壊していく。


「ミュウ、やめろ!!お前ごと消滅するぞ!!」


喋れない僕に変わり、叫ぶシェイド。


「言ったでしょ、旦那を守るのが妻の役目だって……ここで、守らないで……どうするのよ……!!」


ミュウはありったけの力を全身に込める。今までこんな力が自分にあったのかと思うほど、力が沸いてくる。


黒と白の混ざり合ったオーラが紫のオーラと均衡しあう。


「小賢しいな!!」


天帝は更に力を込め、波動を飛ばす。


「きゃああああああ!!!!」


圧倒された波動に吹き飛ばされるミュウ。服もほとんどが消し飛び、角も片方折れ、身体もボロボロの状態だった。


「最早、チリ一つ残さん!!」


天帝が再び波動を溜め始めた時、思わぬところから援護が入った。


「天帝様!!このまま消してしまっては当初の目的が」


「…リーガロウか、私に意見するのか?」


不機嫌そうにリーガロウを見下ろす天帝。


「いえ、しかしそこまでせずとも、天帝様の目的は達成できるかと」


「……」


少しの沈黙が流れた。


「わかった」


「天帝様」


「今すぐ消そう」


天帝の手から放たれた波動がミュウ目掛けて飛んでいく。


「!!?」


その光景に目を疑う僕。

リーガロウがミュウの前に割って入り、波動を受け止めた。


盾、鎧が一瞬で吹き飛びリーガロウの体力を削っていく。


「やはり、裏切りだったか。リーガロウよ」


「私にもわかりません……しかし、悔いは…ありません……」


ガクッと倒れ込むリーガロウ。


「今日は最悪な日だな。部下が使えないだけではなく裏切られるとは。せめてソフィア、お前の心だけでも壊して終わるとしよう」


天帝はソフィアの鎖を断ち切ると、僕の前まで引きずってくる。階段の段差でソフィアの足がこすれて血がにじんでいく。


僕は必死に身体を起こし、立ち上がる。しかし、もうそこから一歩も動く気力はない。


「ゴミの分際でよくもここまでかき乱してくれた。貴様の存在全てかき消して、終わりとしてくれる」


「天帝…やめて……」


「もう、今更何を言われても遅い。怒りは収まらん」


天帝は僕の首を掴み、片手で持ち上げる。


「消えろ…」


波動が僕の首に集まっていく。さすがにもう、終わりのようだ。


「……シオリ、お別れの時が来たようだ」


「(ああ、今までありがとう)」


シェイドの言葉が意味するところを、僕は全くわかっていなかった。


僕は天帝に掴まれた腕を力強く掴み返す。


「くっ!?なんだと!!どこにそんな力があった!!」


天帝はたまらず僕の首を放す。僕はそのままもう片方の手で、天帝の腹へと拳を突き立てる。


それをしているのは僕でなかった。


「シオリよ、良き主人であった。今まで様々な天使に使われたが、最後まで使ってくれた者はいなかった。私を自由にしてくれたのはお前だけだ」


「(シェイド……どういうことだ?)」


「なんだこいつ、何を言っているのだ!!?」


シェイドが操る僕の拳に、無数の光が集まり出す。それを察知して逃げようとする天帝だが、片腕を強く握られているために逃げることができない。


「このっ、このっ!!、ええい、はなさんか!!」


みにくくあがく天帝。光が眩い光を放つ。


「天帝よ、これが私とシオリの最後の手向けだ。受け取れ」


「(シェイド、まさか…!!?やめろおおお!!!!!)」


シェイドは自分の命と引き換えに最後の一撃を繰り出すつもりだ。


心の中でありったけに叫ぶが、シェイドには届かない。


僕と天帝を中心に激しい光が起こった。


パァッ!!!


シュオオオオォォォォォン!!!


「ぐぅおおおぁぁぁぁっ!!!」


次の瞬間、収束された光が分裂し、無数の激しい衝撃が天帝にたたき込まれていく。


「おあああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」


凄まじい乱打。


それと同時に僕も意識が自分に戻り、受け身も取れず地面へと叩きつけられる。


「(シェイド!!シェイド!!)」


「……」


心の中で何度もシェイドの名を叫ぶが、返事が返ってくることはなかった。

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