21話_サキュバスと天涯孤独の守護天使2

守護天使をもらってから数日、事あるごとに起動してみるのだが。


「用がなければ呼ぶな」


と勝手に引っ込んでしまう守護天使。


そのせいで、ちゃんと話ができないでいた。


何回か呼び出したところで、キーホルダーの状態でもこちらの話が聞こえていることがわかり、呼びかけを続けているがまだちゃんと返事をもらったことはない。


「それ、本当にちゃんと動くのか?」


フーマルが朝飯を食べながらキーホルダーを覗き込む。


「たしかに他の物とは色も形状も違うみたいだが。役に立つのかねぇ」


「エデモアは大丈夫だって言ってたし。あとはちゃんと会話が出来ればいいんだけど。おーい」


「……」


「やっぱダメか」


「そう言えば、この子に名前はつけてあげたのですか?」


「名前?」


「はい、守護天使には固有の名前を付けてあげることで使用者との相性を良くすることができるそうです」


「へぇ~、名前かぁ。何がいいんだろう?そうだ、前に名前って誰かにつけられた?」


「……」


「ダメか…」


「いつかきちんと話を聞いてくれますよ」


「そうだな、根気強く行くとするか」


僕は朝食を食べ終えると、学校の支度を整えて玄関に向かった。


「はい、シオリ。お弁当」


「ソフィア、わざわざ悪いね」


「ずっとお世話になりっぱなしですので、これくらいは。今日は普通通りの帰りですか?」


「うん、そうだね」


「わかりました、夕飯の支度をして待ってますね」


「ありがとう、帰ったら僕も手伝うよ。それじゃ行ってきます」


「いってらっしゃい」


ソフィアとの日常の挨拶もすっかり自然になってきたな。



◆◆◆◆◆



「シオリーー!!」


学校の玄関まで来ると、スカーレットが待ち構えており僕に乗っかってくる。身のこなしはまるでサーカスの団員かのようだ。


「シオリ~、最近会えなくて寂しかったよ~」


「いや、スカーレットが学校休んでるだけだろ。僕は学校来てるよ」


「そうだっけ?」


僕に抱きついたままとぼけるスカーレット。


「そうだよ」


「まぁまぁいいじゃん」


スカーレットは僕の肩に足を乗せると一気に体を起こす。いわゆる肩車の態勢だ。


「何やってるんだよ」


「肩車してもらったの。さぁレッツゴー」


校門を指差すスカーレット。しかし生活指導の先生に見つかりすぐに降ろされることになった。


「にしても随分軽かったな、スカーレット」


「え、そう?シオリ、お世辞まで言えるようになるとはやるな~。このこの」


スカーレットが僕の腕をとって体を寄せてくる。


「いや、本当だって。全然重さを感じないからさ」


「シオリ、いつの間にか力持ちになったんじゃないの?」


「そんなことはないと思うんだけどなぁ」


不思議に思いながら教室へと向かう。


授業自体は特に変わりなく過ぎていったのだが(スカーレットはいつも通り先生に魅力をかけ保健室で寝ていた)、昼休み中にまた不思議なことがあった。


クラスの宿題ノートをまとめて運んでいる香山がいた。見るからに重たそうに運んでいたので見かねて声をかけた。


「香山、それ手伝おうか」


「あ、天寿くん。でも、結構重たいよこれ」


「大丈夫だよ、これくらいなら」


香山が持っていたノートをひょいと受け取る。


「ん?軽いな」


「え、そんなことないよ。毎回重くて大変なんだから。そんなに軽いって言うなら今度から天寿くんに運んでもらおっかな」


「いや、流石にそれは」


「冗談冗談、手伝ってくれてありがとね。そういえばソフィアは元気?」


「うん、変わらず元気だよ」


「そっか、今度お菓子持って遊びに行くね」


「ありがとう、ソフィアも喜ぶよ」


ノートを職員室まで運ぶと、そのまま香山と別れる。


その時、


「シオリ、シオリ~」


保健室の入り口から僕を手招きする声。


「どうしたんだ?」


気になって保健室の入り口まで行くがスカーレットは中に引っ込んでしまった。


「あ、おい」


慌てて後を追う。


「スカーレット?」


保健室には誰もいなく、中へと入る。


ガチャッ。鍵がかかる音。


振り返るとスカーレットが保健室の扉を閉めて立っていた。


「ふふ、つかまえた~」


「スカーレット、またよからぬことを…」


「そんなことないよ、ほらこっちこっち」


「おわっ」


スカーレットは僕の手を掴み保健室のベッドに押し倒す。


仰向けになった僕の上に覆い被さるスカーレット。

完全にマウントをとられた状態だ。


「ふっふっふー」


僕のシャツに手をかけ、脱がそうとするスカーレットの腕を掴む。


「あれ?」


自分の腕を全く動かせないことに驚くスカーレット。

僕も自分の力がここまであることに驚いている。


「シオリってこんなに力強かったっけ?」


「いや、そんなでもなかったと思うけど……」


スカーレットの両腕を押さえたまま上体を起こす。スカーレットは僕の腰の上に跨がる形になる。


スカーレットはそこから自分が倒れ込み、つられて今度は僕がマウントする態勢になる。


「シオリに襲われるのも、悪くないかな」


「いやそういうつもりじゃないんだけど…」


僕を見つめてくるスカーレットに照れ目をそらす。


「スカーレットは天帝って知ってるか?」


「天帝?知ってるよ」


「それが今ソフィアのことを付け狙っているらしいんだ」


「うん、知ってる」


「どうしたらソフィアのことを諦めてもらえるんだ?」


「無理だと思うよ。自分の手に入れたい物はどうやっても手に入れるから。私みたいに」


そう言って脚を僕の腰に回してがっちりとホールドする。


「ふふ、捕まえた」


「スカーレット、僕は天帝にソフィアのことを諦めてもらいたい。だから、協力してくれないか」


「イヤだって言ったら?」


「仕方ない、あとはこっちでなんとかするよ」


「えー、なんでそんな簡単に引き下がっちゃうのさー」


「だってスカーレットが言ったことだろ、イヤだって」


「仮に、の話よ。シオリが私のものになるなら、天帝のこと助けてあげる」


「それはできないな」


「やっぱりそういうのねー。じゃあこういうのはどう、1回助けるのに、1日なんでも私の言うことを聞いて、それだったら悪くない取引でしょ?」


「1日か……」


「私にしては最大の譲歩だと思うけど?」


たしかに、まったく手伝ってくれない、というわけでもなさそうだ。

あとは僕の心次第、というところだが……。


「考えさせてくれ」


「いいわ」


スカーレットはそう言って僕に唇を近づけてくる。

僕はスカーレットの腕を抑えながらスカーレットの唇を回避する。


「むー、かたくなだなー、ホント。まぁ、だからもっと欲しくなっちゃうんだけど」


スカーレットは僕から離れるとぴょんっとベッドから起き上がった。


「良い返事、期待してるね☆」


腰に手を当て、可愛らしいポーズを決めてから、スカーレットはそのまま、保健室から軽やかに出て行った。


まったく、世話のやける子だ……。


「天寿くーん、ちょっといいかなー」


保健室から出ようとした僕を後ろから香山が呼び止める。


この後保健室に鍵をかけて使ったことをめちゃめちゃ怒られたのであった……。



◆◆◆◆◆



ひどい目に遭った。


スカーレットの話に付き合っただけだというのに、香山から怒られるわ、先生から呼び出しを食らうわ……。


下校時間になり、トボトボと帰路に着く。

帰ったらソフィアがご飯をつくってくれているし、早く帰ろう。


そういえば、僕は今日一日のことをふと振り返ってみた。

スカーレットのことや香山のこと。その中である1つの結論に至る。


「なぁ、もしかして今日助けてくれたのか?」


「………」


エデモアからもらったキーホルダーに話しかける。

だが、返答はない。それでも僕は言葉を続けた。


「おかげで助かったよ。また頼むな」


「……」


まぁ、そう簡単に距離は縮められないか。今日は力を貸してくれたことに感謝をしよう。


その時、前を歩いているミュウが目に入った。

ウエイトレス姿をしているということは、買い出しかなにかか?


なにやらメモを見ながら歩いている。前方には自転車が。お互い、建物が死角になっていて

接近しているのに気づいていない。このままだとぶつかる……!!


「ミュウ危ない!!」


とっさに僕は走り出し、ミュウを抱きかかえてスライディングする。

間一髪、自転車との衝突は回避された。


「な、なによ……シオリ?」


「ったく、よそ見してちゃダメじゃないか、危なかったんだぞ」


「品物覚えるのに必死だったのよ……にしてもあなた、随分たくましくなったのね」


軽々とミュウを抱えているのを不思議に思ったのだろう。


「しばらくこのままでもいいわね」


「いいわけないだろう、下ろすよ」


「あっ、もう」


「危ないところをありがとう、お礼を言っておくわ」


ミュウは僕のほっぺにキスをする。


「なっ……////」


「あら、海外ではこのくらい挨拶みたいなものらしいわよ。勉強したんだから。また姉さまを連れてお店に来なさい。少しはもてなしてあげるわ」


そう言ってミュウは、スーパーの方へと歩いて行った。


「やっぱ、助けてくれてんだな」


キーホルダーに向かって話しかける。


「サンキュな」


「………」


返事はないが、こいつは悪いやつじゃない。その時僕はそう思った。


◆◆◆◆◆



「ただいま」


無事、家に辿り着く。


「あ、シオリお帰りなさい。今日はどうでした?」


「うん、まぁ色々あったからご飯食べながら話すよ」


「わかりました、もうご飯できてますから一緒に食べましょう」


ソフィアの夕飯に舌つづみを打ちながら、今日一日起きたことを話した。


「──そういうわけでさ、こいつが色々助けてくれたんだ」


テーブルに置いてあるキーホルダーに話しかける。


「そうだったんですね、ありがとうございます。キーホルダーさん」


「……シェイドだ」


「え?」


「……」


「今、キーホルダーさんが「シェイドだ」って」


「シェイドって言うのか」


やっと喋ってくれた、と僕とソフィアで笑みを浮かべる。


「私の主人はやたらと面倒事が好きなようだな」


シェイドが呆れたように話し出す。


「別に好きで巻き込まれてるんじゃないよ」


「私にはそうは見えなかったが、まぁ用心することだ」


「わかったよ、今日は助かったよシェイド」


「当然の仕事をしたまでだ」


ぶっきらぼうなしゃべり方は変わらないが、名前が聞けたのは一歩前進かな。


「シェイド、面倒事ってなにかあったのですか?」


「主人は保健室でスカーレッ―――」


「だーっ!!シェイド待って待って!!」


今日1日あったことを赤裸々に語ろうとするシェイドを止めに入る。

危ない、こいつには一部始終を見られてるんだから気を付けないと。


その後、ソフィアに真実を知られないように適当な話をつくって話す僕であった。

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