天帝降臨編
20話_サキュバスと天涯孤独の守護天使
カゲトラとラムがソフィアを迎えに来て数日が経った。
天帝がソフィアの居場所を突き止めようとしていることがわかり、チャミュが今後の対策を話すために家にやってきた。
ソフィアの呼びかけでミュウも渋々ながら家に来ることになった。
「で、なんでその時私を呼ばなかったのかしら」
せっかく渡したペンダントが使われなかったことがミュウは不満のようだ。
「いや、そんな暇なかったんだよ」
「天帝の使いが来た時以外でいつ使うっていうのよ」
ソファに座っていたミュウは、俺の方に詰め寄ってくる。
「ミュウくん、シオリも精一杯だったんだろう」
「それで姉さまが連れていかれちゃ世話ないでしょ」
「まぁ、それはもっともだな。まぁ、まさか、こんなに早く彼らと出くわすとは思っていなかったのもあるが」
「シオリくん、この前渡したやつ、持っているかい?」
「えっと、これだよな」
チャミュからもらったキーホルダーを取り出す。
「予定では、ソフィアがピンチになると作動するはずだったんだが…ちょっと失礼」
チャミュはキーホルダーの中心にある球体を長押しする。すると、球体は真っ赤な色に変色しまた元の色に戻った。
「今のはなんだったの?」
「……あーっと、すまないシオリくん。どうやら“魔力切れ”だったようだ」
「はい?」
チャミュからまさかの返答。
「本来であれば、ソフィアたちのピンチにこのキーホルダーに搭載されている“守護天使”と呼ばれるものが起動されるはずだった。…のだが、だいぶ前のものを引っ張り出してきたせいで、エネルギーの供給が途絶えていたようだ」
「チャミュ……」
「すまない、本当にすまない」
両手を合わせて謝意を示すチャミュ。
「どうすれば動くんだ?」
「このままだと動かすことは出来ないな。修理を頼まないと」
チャミュはそう言ってどこかに連絡をし始めた。
「もしもし、あぁ、私だ。守護天使の修理を頼みたくてな、あぁ。わかった」
チャミュは携帯を閉じてこっちに向き直る。携帯で通じる相手だったのか。
「シオリ、修理を頼めることになった。明日、そこに行くが君も来てみるかい?」
「俺も?」
予想していなかったチャミュの提案。
「行くってどこに?」
「私の知り合いがこちらの世界で骨董屋を営んでいてね。少々変わり者なんだが腕は確かなんだ。今後、シオリが使う物でもあるし、挨拶しておくのもいいだろう」
「そうか、わかった。じゃあ明日。どこに向かえばいいんだ?」
「私が迎えにくるよ。ソフィアも一緒に行こう」
「はい、私も会ったことがないので楽しみです」
「そうなんです」
「変わってはいるが、悪い奴ではないよ」
「ミュウはどうする?」
パス、と手を振って合図をする。まぁ、そうだろうなとは思ったが
聞かないのはそれはそれで機嫌を損ねそうだったので一応聞いておくことにした。
「いい、次何かあったら絶対呼ぶのよ」
「わ、わかった」
「ミュウくんもなんだかんだで心配なんだね、シオリくんのことが」
「私が心配しているのは姉さまよ」
いーっとチャミュに歯を見せて威嚇するミュウ。
「はは、相変わらずだな。さてシオリくん、じゃあ明日迎えにくるよ」
「わかった」
翌日、俺とソフィアはチャミュの迎えで骨董屋に向かうことになった。
◆◆◆◆◆
場所は変わって、天界にあるとある宮殿の一室。
そこにはベッドに寝そべっているラムとリンゴを剥いているカゲトラがいた。
ラムはベッドのまわりにある小さなクッションを取ってはカゲトラに投げつける。
虫の居所が悪いようだ。
「あー、天帝様が会ってくれないー」
「ソフィアを連れてくるまではダメ、と。あれはかなり執着してる」
「ソフィアなんてどうでもいいでしょー。天帝様、なんで私を見てくれないの。あー、あの女いつも天帝様の側にいてむかつくわ……」
天帝には秘書のような存在の天使がいつもそばにいる。ラムが天帝に会いに行った時も
その天使に門前払いを食らってしまったのだった。
「まぁまぁ、ほらリンゴ剥けたんで」
ラムはカゲトラからリンゴを受け取るとしゃりしゃり音を立てながら食べ始める。
「天帝様がなんであんなにサキュバス天使に執着するのかがわからないわ。自分で制御できない魅了能力なんて危ないだけじゃない」
「一度欲しがると止まらない方ですからね…」
その時、リンリンと誰かが来た鐘の音が鳴り響く。
「誰か来たようで」
「犬、出て」
脚で指図するラム。
「はいはい」
人遣い、いや犬遣いの荒い方だ、とカゲトラはため息をつきながら扉の前に出る。
「どちら様で?」
「私だ。天帝直属天士長リーガロウだ」
リーガロウ。天帝を護衛する立場にある天士、その中の長にあたる人物だ。
階級としてはラムと同列。だが、性格は正反対。ラムが気分屋や半面、この男は見た目通りの堅物。滅多なことでは笑わず、いつも怒っているような顔をしている。
「リーガさんでしたか、今開けますんで」
カゲトラは扉を開け、リーガロウを中へと招き入れる。
「あら、天士長がなんでこんなところに?」
カゲトラはいつでもラムとリーガロウの仲裁に入れるように身構える。
この2人、初めて見た人でもすぐわかるくらい、仲が悪い。それはもう水と油のように
決して交わることがない。
「天帝よりサキュバス天使捕縛の命を預かった。ただ今より、私もその任に着くこととなる」
「ハァ?天帝様が?冗談でしょ?」
「冗談ではない。天帝は早々に目標を連れて来いとのことだ。最早一刻の猶予も許されない」
リーガロウの言葉に苛立ちを隠せないラム。手柄を横取りされる可能性が増えたのだから
彼女にとって、心中穏やかではないのは想像に難くない。
「私の他にももう1人、ネツキの部隊も同じく動き出している。先に見つけたものには褒美を与える、だそうだ。では用件は伝えた」
そう言って用件だけ伝えて帰っていくリーガロウ。
ラムは怒り狂いカゲトラにありったけのクッションを投げつける。
「なんなのあいつ!!前々からむかつく奴だと思ってたけど、なにが「最早一刻の猶予も許されない」よ!!バカにしてんじゃないわよ!!」
「主人、落ち着いて」
ボスッボスッと体に当たるクッションをどけながらラムに近付くカゲトラ。
「主人、俺たちも動かないと先を越される。リーガさんはやばい、あの人は目的のためには手段選ばないから」
「わかってるわよ。まったく、せっかく私のペースでやろうと思ってたのに。行くわよ、犬」
上着を取って飛び出していくラム、カゲトラはその後を追うように部屋を出て行った。
◆◆◆◆◆
場所は再び人間界。
チャミュに連れられて俺とソフィアは、街はずれの古びた骨董屋の前まで来ていた。
傷んだ木造の建物は、見るからに入りづらそうな雰囲気を醸し出していた。
「ここって店やってるのか?」
「一応、彼女が言うには開いているらしいが」
チャミュも自信なさそうに答える。
「まぁ、入ってみればわかるだろう」
ギィ……。鈍い音と共に扉が開く。
中は薄暗く、誰が買うのかわからない壺や陶器が所狭しと置かれていた。
「エデモア、いるかー?」
部屋の奥に向かって声をかけるが、特に反応はない。
「誰もいないんでしょうか?」
「いや、そんなはずはない。だとしたら店も閉まっているはずだ」
「そうだよな」
キョロキョロと辺りを見回すと、奥の扉からかすかに光が漏れているのに気が付いた。
「チャミュ、あれって」
「あれは…。行ってみようか」
チャミュを先頭にその扉へと近づいていく。
チャミュが扉を開けてみると、中からまぶしい光が漏れだす。
急な光に目が慣れず、目を覆ってしまう。
「……ここは」
次に目を開けた時に飛び込んできた光景は、骨董屋とは一変、青々と茂った自然が広がる草原だった。
「綺麗…、でもさっきまで骨董屋だったのに」
「エデモア、人間界と天界を繋いだな……」
困ったな、と頭を抱えるチャミュ。
この異次元に繋がる光景って、前に経験した覚えがある。あれは、たしかソフィアに──。
「これって、前ソフィアが連れってくれた野球場みたいな――も、もごっ」
「しーっ」
ソフィアに喋っている最中に口を押えられる。
「(その話は2人の内緒です)」
「(あ、あぁそうだった、ごめん)」
「どうしたんだ?2人とも」
「いや、こっちの話。なんでもないよ」
ははは、と笑いながらごまかす。
その時、視線の端で人が動いたのを感じ取る。
「チャミュ、あっち」
「あぁ、あそこにいるみたいだな。おーい、エデモアー」
チャミュと俺、ソフィアは人影の方へと歩いていく。
そこに白衣を着た小さい子が銀色の鎧を前に何やらブツブツつぶやいていた。
紫色の髪の毛は腰まで長く、前髪も鼻下まであって目が隠れているため表情が見えない。
「エデモア、連絡した通り来たぞ」
「やや!?チャミュじゃないか。どうしてここに?」
「どうしてって、守護天使を直してほしいと連絡しただろう」
「………あーっ!!」
首をぐいーっと横に捻って考え込んでいたエデモアは突如思い出したように声を出す。
「したね!!たしかに!!」
「だろう?それで、これを見てほしいんだが」
チャミュはエデモアのテンションの落差にも動じず話を進める。
やけに慣れた感じだ。
「これ、もう動かなくなってしまっていてね」
チャミュはエデモアに剣型のキーホルダーを渡す。
「あー、これはだいぶ古い奴だねぇ。全て取り替えないと動かないよ」
「そうなのか?困ったなあ。まぁこれは修理に出すとして、他に使えそうなものはないかい?」
「代替品ならいくつか置いてあるから適当に持って行っていいよ。でも、チャミュって守護天使って使ったっけ?」
「私じゃないよ、彼が使うんだ」
そう言って俺の方を指さす。
「ん~~~~???」
エデモアは俺の周りをぐるぐる回りながらジロジロ見つめてくる。
「な、なにか?」
「君はーー誰?」
「ぼ、僕は天寿シオリです」
「彼には人間界で世話になっていてね。訳あって天帝との戦いに巻き込まれそうなので、
護身用の物が欲しいんだ」
「はぇー、そういうことかー。相変わらず大変だねー。で、こっちのはー」
ジロジロとソフィアを見るエデモア、ソフィアは照れて目をそらす。
「彼女はソフィアだ。エデモアも聞いたことはあるだろう?」
「ん~~~~~~……あー!!あのお姫様!!」
ポンッと手を叩くエデモア。
「初めて見た!!ってことは…」
そう言って目を覆う仕草をするエデモア。
「エデモア、大丈夫だ。今の彼女の能力は眼鏡によって守られている」
「そーなの?じゃあ安心」
「エデモアはね、エデモアって言うのだ。よろしくーー」
「ソフィアです、よろしくお願いします」
軽く握手を交わす2人。
「で、シオリって言ったっけ。好きなの持っていっていいよ」
そう言って、エデモアは草原の中にある棚を指さす。
そこには、乱雑に置かれた、平たく言えばガラクタの山があった。
その中にいくつか、チャミュから渡されたキーホルダーに似た形のものがある。
「エデモアは造るのは得意なんだが、整理整頓が苦手でな……」
「そうなんだ、これってどれでもいいの?」
「そうみたいだね」
「守護天使ってどんな感じなの?」
「あぁそうか、そういえばどういうものか見せていなかったね」
チャミュはそう言うと、近くにあった盾型のキーホルダーをとって中心の球体を押す。
すると、球体が青く光、キーホルダーから銀色の羽が生えた甲冑が現れた。
甲冑はチャミュの背中の上で浮遊している。
「これが守護天使だ。別名、身代わり天使と言ってね、自分が受けるダメージを代わりに受けてくれる」
もう一度球体を押すと、甲冑はキーホルダーの中へと消えてしまった。
「天帝がどんな手を使ってソフィアをさらいに来るかわからないからね。シオリくんが危ない目に遭わないとも限らないし」
「なるほどね」
色々な形状があって何を基準に選んでよいのかわからない。
その中で、他とは違う色、形状をしている物を見つけた。
黒く光り、中央の球体は1つではなく、3つ付いている。
「これは?」
「はて、なんだろう。他の守護天使とはまた形が違うね」
「あーーーー、それはねーーーーーエデモアの師匠が造ったやつ」
ヒョイっと間に入ってくるエデモア。
「師匠?」
「そう、喋るよ、その子ーーーーー」
「へ?」
丁度球体を押したときにエデモアが言った。
キーホルダーの中から黒くて大きな翼を背負った甲冑が現れる。
俺の体の2倍くらいはありそうだ。
「どこだここは?」
甲冑から声が聞こえてくる。
「ホントだ、喋った」
「俺を起こしたのはお前か?」
低く、野太い声
「あ、あぁ」
不機嫌そうな声に押されて少し後ずさる。
「用がないなら俺は戻る」
「え?」
そう言うと黒い甲冑は再びキーホルダーの中へ戻っていってしまった。
「戻っちゃった……」
「だな……」
「ですね……」
「その子、ずーっとそこに置いてあったんだ。師匠が造ったからエデモアにもよくわかんなくて」
「置いてあったって、どのくらい?」
「んーーーーーと、わかんない」
「シオリ?」
「…わかった、じゃあこいつにするよ」
「いいんですか?」
「うん、不愛想だけど、悪い奴じゃなさそうだし。話ができるなら守護天使のこと教えてもらおうかなって」
「なるほど、シオリくんらしいな」
「エデモア、いいか?」
「いいよー。ただ壊したら直し方わからないから、扱いだけ気を付けてねー」
「師匠の造ったものなのにいいのか?そんな簡単に」
「それは関係ないよー。物はちゃんと使われた方が嬉しいでしょ」
「たしかに、その通りだな。じゃあ、修理の方は頼んだよ」
「まかされてー」
エデモアに挨拶をして、骨董屋を後にする。
「シオリくん、また天帝の使いが現れるような時は私に連絡してくれ。今回の話はそう簡単には解決しなさそうだからな」
「わかった、そうするよ」
「ごめんなさいシオリ……」
「ソフィアが謝ることじゃないよ。ソフィアをさらおうとする奴らが悪いのさ。それに、ソフィアがいなくなったら寂しいし」
「シオリ…」
言って互いに目が合い赤面する。
「それは私が帰ってからにしてくれると助かる」
「い、いやそういうので言ったんじゃないって!!」
「ははは、冗談だよ。それじゃ、帰りには気を付けて」
そう言ってはチャミュは帰っていった。
守護天使を手に入れたことで、心が少し軽くなる。この先、未知の者との戦いは
生身だけでは不安があったからだ。後で使い方を色々聞いてみることにしよう。
俺はキーホルダーをポケットにしまうと、ソフィアと一緒に歩いて家へと帰った。
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