16話_サキュバスと根性野球の成り上がり3

僕の頭にボールが当たり、慌てて駆け寄るソフィア。

ミュウも腕組みを解いてベンチから立ち上がる。


「いやー、悪い悪い。力みすぎたせいか、つい手が滑ってしまって。どうする?これ以上は続行できないだろう。後日、また改めようか」


部長の白々しい言葉。今のは明らかに僕の頭を狙った行為だ。

コントロールが悪い人じゃない、さっきの戦いの中だけでもわかる。


3塁ベンチではスカーレットがあちゃーという顔をしていた。


「……あいつっ!?自分が何をしたかわかってないの!!」


香山は語気を荒げながら抗議する。


「香山、黙って見てなさい」


「ミュウちゃん!?だって、あれ明らかにわざとだったでしょ!!」


「わかってるわ。だから黙ってなさいと言ってるの」


ミュウがぎゅっと袖を掴んでいるのを見て、香山は黙ってベンチに座り直す。


「ソフィア、大丈夫だ」


心配して駆け寄ってきたソフィアの手を握り、優しく見つめる。


泣きそうな顔のソフィア。

こんなに心配してくれる人が近くにいることを、僕は嬉しく思う。


「僕なら大丈夫だから。見ていてくれ」


僕は起きあがると、ふらふらする頭を支えながら弾け飛んだヘルメットと眼鏡をとりバッターボックスサークルに入る。


眼鏡は吹き飛んだ衝撃で使い物にならなくなっていた。

すまないミュウ、壊してしまった。


眼鏡をポケットにしまい、ヘルメットの位置を直す。


あの一球でわかった。

目の前にいるのは部長そのものじゃない…魅了でおかしくなった欲望の塊そのものだ。


僕は、その塊ごと打ち破ってみせる!!


その時、あの曲が頭の中になり始める。

心は完全に明鏡止水、集中力は完全に研ぎ澄まされていた。


静かに、けれど確かに胸が熱くなる曲だ。


「何?この曲」


あたりをキョロキョロと見回す香山。他のギャラリーも同じようにあたりを見回している。


「勝ったわね」


どこぞの機関の指令ばりに貫禄を見せるミュウ。


「あなたにも聴こえているのでしょう?あの眼鏡はかけることに意味があるんじゃないの。集中を体得することに意味があるのよ」


ミュウの視線の先、

僕はバットを部長の方に向け、高らかと宣言をする。


「怖かったんでしょう、部長。僕に打ち返されるのが」


「…なんだと?」


「わかりますよ、その焦り。でもね、スポーツマンだったらやっちゃいけないことがあるんですよ!!さぁこい、そんな姑息な手では僕に勝てないことを証明してやりますよ!!」


「せっかくやめる機会を与えてやったというのに、君という奴は……私を甘く見たことを後悔するがいい!!これで終わりだぁぁ!!!」


怒りに震えた部長の大きなモーションから、最後の一球が放たれる。


ドンピシャだ。


部長の選択した球種はストレート、サキュバスの能力で多少スピードが上がっていようが関係ない。今の僕には球の軌道が手に取るようにはっきりとわかる。


僕はソフィアと積み上げた練習で染み付いたスイングをそのままボールへのインパクトに繋げていく。


カキィン!!!


金属バットが芯を食い、ボールは部長が咄嗟に出したグローブを弾き飛ばした。


地面にペタンと座り込む部長。


「私が、打たれただと……」


「天寿くん!!やったぁ!!」


「やるじゃない」


ベンチで飛び跳ねる香山と満足気に笑うミュウ。


「シオリー!!」


「ははっ、ソフィアやったよ」


飛び込んできたソフィアを抱き締め、一緒に喜びを分かち合う。照れながらも互いの顔を見つめる。


「心配したんですからね…」


「ごめん、勝てた。勝てたよ、ソフィアのおかげで」


「私は勝負よりシオリの体が心配です…」


「うん、ごめん…」


「ぶつけたところは大丈夫ですか?」


「ちょっとクラクラするけど大丈夫だよ」


「……帰って治さないとですね」


「うん」


「さて、いつまでそうやってるのかしら」


いつの間にか近くまで来ていたミュウと香山。コホン、と咳払いをするミュウ。慌てて、抱きしめていた手を離す僕。あはは、と笑いながらごまかす。


「ま、良くやったんじゃない?」


「ミュウのおかげで助かった」


「当然よ。今度またあれ御馳走しなさい。たこ焼き」


「あぁ、スペシャルなやつでな」


互いに笑い合う。ミュウとも少しずつ打ち解けてきたな。


「ちぇっ、勝っちゃうなんてつまんないのー」


その時、スカーレットが地面の土を蹴りながら、こっちに近付いてきた。


「あんたね、よくもノコノコと…」


詰め寄るミュウを無視して僕に近付いてくるスカーレット。食ってかかろうとするミュウを香山が慌てて制止する。


「まさか、シオリが勝っちゃうなんてね……君って実に面白いね、もっと興味沸いてきちゃった」


そう言って僕の近くに来て怪我した頭にキスをする。とつぜんのことに対応できずうろたえる僕。


「面白くなればなーって能力使ったけど、怪我させちゃったのだけ想定外だった、ごめんね。じゃ、またねー」


スカーレットは罰が悪そうに笑うと、そのまま帰って行ってしまった。


「……ちょっと、何キスされちゃってるのよ」


機嫌の悪そうなミュウ。


「えっ、あれは避けられないよ!?」


「どうだか……あなたのそういう無防備なところは良くないと思うわ」


「まぁまぁ、今日のところは天受くんも怪我してることだし。ね?」


ミュウの扱いが上手くなってきている香山。


「帰ろうか……」


「はい」


そう言ったきり、

今日1日の疲れが一気に押し寄せた僕はそのまま深い眠りへと入っていった。



◆◆◆◆◆


頭に、大きなマシュマロが2つ乗っている。

それはもう、ぽよんぽよんのたゆんたゆんで柔らかさの最上級のようなものだ。そのマシュマロが今僕に向かってゆっくりと……。


うぅ、一体僕はなんの夢を見ていたんだ…。


意識が戻り、目を開ける。


しかし、目の前は真っ暗。

なのに目の前がやけに柔らかいもので覆われている気がする。

後頭部も柔らかいなにかでしっかりサポートされている。


それにとてもいい匂いがするのだ。

優しくて、包まれるだけで幸せになるそんな包容力のある。

ソフィアみたいな匂いだ。


「あ、シオリ!目が覚めました?」


「うん。ソフィア、近くにいるのか?」


「はい、そうです」


「目を開けても目の前が真っ暗なんだけど」


「それは……少し我慢してください」


「…………どのくらい?」


「シオリの頭の痛みが治まるまでです。どうですか?痛みが和らいでませんか?」


そう言われると、頭の痛みが徐々に引いてきている気がする。


「今、私の天使の能力でシオリの怪我を治癒しています。なので、それが収まるまではじっとしていてください」


「天使の力…」


そう言えばソフィアはサキュバスと天使のハーフだった。

たしかに天使の能力って聞いたことなかったな。というか天使って能力あるんだ。


それにしても、顔全体を覆っている大きな柔らかいもの。


これはなんなんだろう?

気になって左手で触ってみる。

案の定、ぷにっとした柔らかい触感と、手のひらにちょっと固めの出っ張りのようなものが当たった。なんだこの固いのは。


「ひゃぅんっ」


「??」


今までに聞いたことのない高めのちょっと艶っぽい声。


なんだ、今のは?


「シオリ…手を動かしてはダメです。次動かしたら治療を止めます」


「あ、ああごめん……」


なんかよくわからないが、ソフィアの機嫌を損ねてしまったらしい。


「ソフィア、ごめん」


「いえ……説明しなかった私も悪いので…。怪我の具合はどうですか?」


「本当に痛みが消えていくみたいだ。それにとても安心する、気持ちいいよ」


「そうですか、それは良かったです」


ソフィアの安心したような声が聞こえてくる。


「シオリ、一つ断っておきますがこの治療を受けたのはあなたが初めてですから」


「え、そうなの?」


「……はい」


「そんな貴重な能力…僕に使って良かったのか?」


「シオリ以外には使おうと思えません。シオリにだって、今回の怪我がなければ使うのをとても、とてもためらったのです……」


「そうなんだ…なんか申し訳ないな」


「あなたが怪我をしているのに比べたら、私のこのことなんて。でも、とても恥ず…じゃなかった、大きな覚悟の元、この治癒能力を使っていると思ってくださいね


「う、うん、わかった」


大層ありがたい治療を受けているんだな。

それを直接見ることが出来ないのがなんとも惜しい。まぁ、贅沢は言うまい。


「今日はお疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」


僕はそのまま、心地良さに誘われ再び眠りについてしまった。


「こんなところ、絶対誰にも見せられませんね……」


ソフィアは苦笑しながらも、ぐっすり眠るシオリを優しく撫でるのだった。


◆◆◆◆◆


翌日、ソフィアの治癒能力のおかげで、頭の痛みは全くなくなった。


ソフィアからは治癒能力のことは絶対秘密と言われたので(彼女なりの事情があるのだろう)痛みに効く薬をもらったということにしておいた。


結局、野球部部長のことはどうなったかというと、スカーレットの魅了の能力にかかった哀れな被害者の1人ということがわかり、不問に処すこととなった。


香山の記憶を消したのと同様、ソフィアに記憶を消してもらったので今回の対決のことは覚えていない。


ただ、やはりというか【何かしらの迷惑を天受にかけた】ということは消せていないらしく、新たに【何か困ったら助けてくれる人リスト】の中に加わることとなったのであった。


魅了にかかった部長が持っていた黒ビキニネコ耳セットは、うちの変態ポメラニアンが大層気に入っていて、ソフィアに着させられないものかとあれこれ考えていたらしい。バカだ。


スカーレットの行動も相変わらずよくわからないのだが、今回の件で、少しこりてくれたらなと思う。


「わやだな…」


僕はそうつぶやくと、学校屋上の床に寝転んだのだった。

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