15話_サキュバスと根性野球の成り上がり2
~前回のあらすじ~
スカーレットの面倒な約束に巻き込まれ、野球部の部長と勝負をすることになった僕。ミュウの手助けもあり、打倒部長のために特訓を開始する。勝負を5日後に控え、家に帰ってきた僕を待っていたのはソフトボールのユニフォームを着たソフィアだった。
「さぁ、シオリ。特訓をしましょう」
「ソフィア、その格好どうしたの?」
どこのチームかはわからないがソフトボールのユニフォームを身にまとっているソフィア。
ショートパンツとニーハイソックスの太ももにどうしても目がいってしまう。
「どうですか?似合ってます?」
「ああ、よく似合ってるよ」
「そ、そうですか。良かった」
照れながらくるりと回るソフィア。普段着ている以外の服をなかなか見たことがなかったので、新鮮だし可愛いと思う。
「では、早速特訓の方に移りましょう」
そう言って、ソフィアは階段を上がっていく。
「上に行くの?」
「ええ、練習場所に行きます。着いてきてください」
「??」
ソフィアの言っていることはよくわからないが取りあえず着いていくことにする。
階段を上り、今はソフィアが使っている部屋の前に立つ。
「では、今から練習場所へと移動します。すみませんがシオリ、目をつむってもらえますか?」
どうして、と聞いても話が進まなさそうなので、素直に目をつむる。
「では、行きますね。そのまま閉じていてください。絶対ですよ?」
「わかった」
ソフィアの柔らかな匂いと、なにか柔らかいものが近くに近付いてきたのを境に周りの感覚が一変したように感じた。
「はい、もう目を開けて大丈夫です」
恐る恐る目を開けて見ると、そこは奥まで広がる綺麗なグラウンドだった。
「え!!?ここどこ!!?」
「ちょっとした練習場所です。野球のイメージってこんな感じで合ってます?」
「うん、むしろこっちの方が広いくらいだよ。ここで練習するの?」
「ええ、そうです。自由に使って大丈夫でから」
そう言うと、ソフィアは僕にバットを渡すとマウンドの方に駆けていく。
家にこんな場所があったのか?
いや、そんなはずはない。あっという間にこの場所に連れてこられてきたというのか。
こういう時に、ソフィアは人間ではないことを実感する。
マウンドには、沢山ボールが入った大きなカゴがあった。
この場所といい設備といい、どうやって用意したかは分からないが、取り敢えず練習を優先することにする。
僕はバッターボックスまで歩いていき、ソフィアと対峙する。
ようやく気がついたが、どうやらソフィア自身が投げるらしい。
ソフィアはカゴからボールをとると、プレートに足をかけて僕の方を見た(ピッチャーは白い長方形のプレートと呼ばれる部分に必ず足をつけた状態で投げるというルールがある)。
「ミュウから話は聞きましたか?」
「うん、聞いたよ」
「ミュウにはシオリにストレートの感覚を慣れさせてほしいとお願いされました。これから、私が野球部の部長さんをマネて130kmのスピードでボールを投げます。シオリはそれをよく見て打ち返してください」
「マネて、ってアハハそんな」
130kmのボールをかよわい女の子が投げるなんて。
「試しに投げてみますねー」
ビュゴォォォッ!!!!
「………」
そんなにスピードは出ないだろうと思っていたら高校球児も驚きの速球が僕の横を通過していった。130kmって思っていたより速い!?
今までソフィアが激しく運動をしているところは見たことがなかったけど…。
そういえば、香山を助けたときも俊敏な動きしてたか。
オーバースローのモーションからしなやかな腕の振り、野球についてはほぼ素人だが綺麗な投球フォームだと思う。
「シオリ、しっかりボールを見て打ち返してくださいね~。どんどんいきますからね」
「わかった!さぁ、こい!!」
こうしてソフィアとの特訓が始まった。
始めの頃は一切かすりもしなかったが、回数を重ねていくことで徐々に目が慣れてきた。
あれだけ速いと思っていたボールも、集中することで見えるようになってくる。これがミュウから借りた眼鏡の効果なのだろうか。
次第に、バットがボールに当たりはするようになったが、芯に当たらずなかなか前に飛ばない。
衝撃で手が痺れて動かせなくなるまで打ったところで今日の練習はおしまいにした。
「最初に比べると、だいぶ良くなりましたね」
「ああ、おかげで感覚がつかめてきたよ。後は前に飛ばせるようになるだけだ。それにしても、あれだけ投げ込んで、体は大丈夫か?」
「ええ、私のことは心配しないでください。イメ…じゃなかった、こう見えて私頑丈ですから」
「??まぁ、無理だけはしないでくれよな。」
「ありがとう、シオリ。では、戻りましょうか。行きと同じく目をつむってください」
ソフィアに言われた通りする。
しばらくすると、僕はまた自分の家に戻ってきていた。
「はい、戻りましたよ。お風呂に入ったらご飯にしましょうか」
それから、対決の日までソフィアと2人で特訓の日々が続いた。
130kmのボールを打ち返すべく、真剣にボールに集中する。
対決の前日になる頃には、ピッチャー返し(ピッチャーに向かって打球を打ち返すこと)が出来るくらいまで上達した。だが、最後の日になってもあの曲がかかることはなかった。
まだ集中力が足りないらしい。
「シオリ、やりましたね!これだけ打てれば十分です」
「あぁ、ここまで出来ればなんとか戦えるだろう。ソフィアのおかげだ。ありがとう」
「いつもシオリにはお世話になっているので私に出来ることがあれば…」
「その気持ちで十分嬉しいよ」
ボッと顔を赤くするソフィア。
「あとは、明日に備えて体を休めよう」
「シオリ…」
「ソフィア、どうした?」
視線を合わさずもじもじしているソフィア。
最近ではあまり見ない仕草だ。
「ユ、シオリの役に立てればと思って、ですね、あの…」
「うん」
「あの……えぇと、やっぱり恥ずかしいので!…また、今度で」
「う、うん。無理しなくてホント大丈夫だからね?」
「すみません…心の準備が……」
恥ずかしそうな、悲しそうな表情をするソフィア。
本人が言いたくないことを聞く主義でもないので、晩御飯の話にシフトして、
どこにあるのかわからない謎グラウンドを後にした。
◆◆◆◆◆
いよいよ対決の日、場所は学校のグラウンドで行われることになった。
僕の方はミュウ、喫茶店らーぷらすの店長と常連おじさんたち、香山、ソフィアにフーマルという面々。ミュウはユニフォームの上に赤いジャケットを羽織り、サングラスをかけている。さながら監督といった風体だ。
「形から入るのも大事なのよ」
「ま、まぁ好きにしてくれ…」
誰がミュウにこの衣装を吹き込んだのかわからないが、やぶ蛇にならないようスルーすることにする。
香山は少しから話を聞いたらしく、お弁当を持って駆けつけてくれていた。
友達から借りたという青いチアガールの衣装にポニーテール、となかなか健康的かつセクシーな格好だ。スカートも際どく、ジャンプしたら見えちゃうんじゃないかとハラハラしてしまう。
「今日はこれで天寿くんを応援するね!」
「あぁ、ありがとう。香山」
両手にポンポンを持って可愛らしく振る香山。
衣装で隠されていない二の腕とお尻周りからの太ももは、なかなかなフェティズムをそそるのではないか、と同行していた変態ポメラニアンが解説していた(反応は無視)。
そしてソフィアはと言うと、ソフトボールの衣装を着てくるのかと思いきや、いつも変わらない格好だった。あの格好、わりと良いなと思っていたので少し残念。まぁ、仕方ないか。
「シオリ、練習を思い出して思い切りいきましょう。あなたなら出来ます」
「うん、絶対勝ってくるよ」
ソフィアの顔を見てニッと笑う。
特訓の仲で、よりお互い自然に顔を合わせられるようになってきたと思う。
しばらくすると、野球部部長の面々が到着する。
試合用のユニフォームを身にまとい、準備万端の様子だ。
後ろには休みに無理矢理駆り出されたであろう可哀相な後輩たちが同じくユニフォームを着てビシッと立っていた。
そして、肝心のスカーレットはというと、ベースは野球のユニフォームではあるものの、ショートパンツにおなかのくびれがしっかり見えるかなりセクシーな衣装を着て現れた。帽子もキャップではなく、バイザーになっている。
レースクイーンでありそうな衣装というと伝わりやすいだろうか。野球部員たちはタイミングは違えどもスカーレットのことをずっとチラ見している。それはこんな近くに誘惑の塊があれば、毒にしかならないだろうと思う。
「やぁ天寿くん、逃げないでよく来たね」
軽く挑発がてら挨拶してくる部長。
「逃げる必要ないですからね、僕との勝負を後悔させてあげますよ」
互いに笑みを浮かべながらにらみ合う。
その時、僕はあることに気がついた。
「良い度胸じゃないか。それじゃあ早速始めるとしようか。その前に、約束は覚えているね?」
「ああ、あんたが勝ったら、僕は人間のクズであると認める。だが、僕が勝ったら僕をクズ呼ばわりしたことを謝罪してもらう。スカーレットのことは好きにしてくれ」
「ちょっと!ひどーいっ。せっかく、オシャレしてきたのにー」
怒るスカーレットを相手していると拉致があかないので、スルーして話を進める。
「私が勝ったらスカーレットさんとつき合える、それはいい。だが、君が負けた場合の罰は今のままだと、いささか面白みに欠けるな」
部長は意地悪く笑みを浮かべる。
「まだ足りないって言うのか?」
「ああ、君も必死になれないだろう。聞けば君はそこの彼女のことを気にしているそうじゃないか。私が勝ったら彼女にはこれを着て校内一周をしてもらおう」
部長はそう言って後ろにいたソフィアのことを指差した。
手には布面積の極めて少ない黒ビキニ、黒ネコ耳としっぽのセットが入った袋が掲げられている。
「ちょっと…あいつ黙らせてくるわ…」
「ミュウちゃん!ストップストップ!!気持ちはわかるけど落ち着いて」
殴り込みにいこうとするミュウを抑える香山。
「ふざけるな!どう考えたって不公平じゃないか!」
僕も、ソフィアをそんな風に見ていた部長に純粋に腹が立った。頭に血が上りそうになっていたところを、ソフィアが近くに来て制止する。
「わかりました、シオリが負けたらその罰を実行しましょう」
ソフィアの言葉に、野球部員たちから歓声が上がる。
「ただ、シオリが勝ったらシオリの言うことを聞いてもらいます。いいですね?」
凛とした目で部長を見つめるソフィア。
「面白い、いいだろう」
見下したようにソフィアを見つめる部長。
ソフィアは振り返ると、僕の近くまで来て僕の手を握った。
「シオリ、あなたのことを信じます。」
ソフィアのまっすぐな瞳。
「ソフィア…わかった」
「それに、部長は既にスカーレットの魅了の術にかかっています。どちらにせよ、勝負に勝たないとあれを解くことはできません」
「やっぱり、そうなのか」
僕が気づいたのは、部長の目を見た時やけに赤紫に変色していることだった。
となると、部長以外の意志も介在している可能性がある……。
◆◆◆◆◆
戦いの火ぶたが切って落とされた。
それぞれ1塁ベンチと3塁ベンチに別れ、対決の最後の準備を整える。
僕は付けていたリストバンドを外し、眼鏡をかける。
金属バットを手に取り、スイングを確かめる。月並みな感想だが、腕に重りがない分バットが軽く感じる。これならいけそうだ。
「いい?短い期間とはいえ、あなたはしっかり練習してきた。あとは、あの変態野郎に1発かましてやりなさい」
ミュウ監督からのありがたいお言葉。ミュウが部長の情報を調べてくれなければ、しっかりとした対策は練れなかった。
「ありがとう、ミュウ」
「それは勝ってからにしなさい」
「あぁ」
「天寿くん、ファイトだよ!!」
ポンポンを上に掲げフレーフレーと動かす香山。
「香山、ありがとう」
僕を心配させまいと気丈に振る舞うソフィア。
「シオリ、練習の成果を、あなたを信じて」
「うん、大丈夫、絶対勝ってくるから」
サムズアップをし、笑顔で返す。皆の声援を一心に受け、バッターボックスへと向かう。
「覚悟はいいか?3ストライクをとれば私の勝ち。どんな当たりでもいい、フェアグラウンドに打ち返せば君の勝ちだ」
「わかった。さぁ、始めよう」
バットを構え、部長と対峙する。
こうやって実際に向かい合うとソフィアよりかは上背がある分、より迫力があるように見える。
大きく振りかぶった部長から放たれる1球目。
ズドン!!!
ド真ん中にストレートがくる。だが、それは自分が練習してイメージしてきたものより速いスピードの球だった。
「ストライーク!!」
後輩が勤める審判からのストライク宣言。
「そんな、130kmはあいつが出せる最高速度で算出したスピードよ?今のはどう見ても140kmは出てる……あの筋力と技術で出せるスピードではないわ…」
計算外のことに驚きを隠せないミュウ。なにも130kmは当てずっぽうに出した数字ではない。部長の投球フォーム、身長、体重、技術量、練習風景、そして実際に対峙してみて出した数字なのだ。それ以上の数字を出すことは今の部長には不可能なはず。ただ【1点の外的要因】を除いては……。
「姉さま、あの男って」
「ええ、スカーレットの魅了に支配されてるわ」
「じゃあ、“肉体強化”も」
「あの球をみる限りは、おそらく」
スカーレットのサキュバスとしての能力は自分に従わせるだけではなく、かかった対象の身体能力を無理矢理上げる力も持っている。
今回、ミュウはそのことを考慮していなかった。スカーレットがそこまで出来ると思っていなかったからだ。
「よっぽど姉さまに恥をかかせたいようね……」
ギリ、と歯を軋ませるミュウ。
「ごめんなさい姉さま、考えが足りなかったわ」
「大丈夫、シオリはそんなにヤワじゃない」
ソフィアは表情を変えず、じっとただ一点を見つめ続ける。
「ははは!どうした!バットを動かすことすら出来ないか?」
僕が微動だに出来なかったことに高笑いする部長。
たしかにさっきのは僕が予想していた球よりだいぶ速かった。だが、対応できない訳じゃない。初めからその速さがくるとわかっていれば、あとは体が覚えている。
「さ、次いきましょう、次」
「いいだろう、これを打てるものなら打ってみろ!!」
第二球、またもや速球がキャッチャーのミット目掛けて飛んでいく。
ガキィン!!
鈍い音が響く。
ボールをなんとかバットに当てたものの、勢いに負けてボールは後ろに飛んでしまう。
「ファール!!」
いててて…ここまでの衝撃とは。ボールには対応できる。後はなんとか前に。
「ふっ、かすったくらいで勝てると思うな。もう2ストライク、あと1球で終わりだ。そしたらそこの彼女にはその恥ずかしい衣装で校内一周だ。好きな女も守れない惨めな思いを一生し続けるがいい」
3塁ベンチからは、ビキニ、ビキニと下世話なコールが発せられる。
怒る気持ちを抑え、精神を集中させる。
ボールには対応できる。難しいことじゃない。
心を落ち着かせてバットを構える。
投げられた3球目。そこで球の軌道、スピードが違うことに気付く。カーブだ。
タイミングを完全にずらされながらも、間一髪バットにかすらせてカットすることに成功する。
1塁ベンチからはフーッという溜め息が漏れる。
「今のはダメかと思ったよ」
「なんとか当てたみたいね。ホント、いやらしい奴」
危ない。終わるところだった。このまま球種を色々使われるのはこっちに不利だ。絞らないと。
「あれ、カーブで終わらせようって、ことですか。ストレート打たれそうだからってビビっちゃったんですか?」
部長を挑発する。
「余程私を怒らせたいようだな。いいだろう、挑発に乗ってやろうじゃないか。さぁ、最後の一球だ」
豪快に投げられる1球、宣言通りのストレート。
いける!!
練習通りにスイングを始める。バットはボールをしっかりとらえ、打ち返す。
カキィン!!
思わず立ち上がるベンチ陣。
しかし、打球は惜しくもライン外。
「ファール!!」
あーっ、と残念な溜め息が漏れる一塁側。
惜しかった、あと少し。あと少し内側だったら……。
その後、5、6、7球目と全て打ち返すが、そのどれもがライン外。7球目にいたっては、球2つ分といったところまで迫っていた。
徐々にタイミングを合わせられていることを感じ、焦りを抑えられていない部長。
「天寿くーん!あと少しー、ファイトー!!」
「シオリー!!いい調子ですー!!」
「とっとと打ち返してあげなさい!!」
皆の声援がありがたい。タイミングはもう掴んだ。次でいける。
「さぁ、これで終わりにしましょう。部長。」
「なめた口を……!!」
その時、部長がモーションに入る前にニヤッと口元が笑ったのを、僕は見逃さなかった。
8球目。
部長から放たれたボールは勢いそのままに、キャッチャーのミットではなく、僕の頭目掛けて向かってきた。
咄嗟のことで避けることなどできずに直撃を食らう。弾け飛んだヘルメットと眼鏡が後方に舞った。
「シオリ!!?」
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