第13話 魔法の練習をしよう

 翌日、俺たちは予定通り近場の森へとやってきていた。現在俺は探知の魔法を使って周囲を警戒中。一方でパメラは若干落ち込み気味の様子だ。ここは素知らぬ顔をしておこう。


 俺が魔法で眠らせていることがわかれば、パメラは必ず抗議するだろう。うん、何となくパメラの考えが読めるようになってきたぞ。


「どうした、パメラ? どこか具合が悪いのか? 遠慮せずに言ってくれよ」

「そうではありませんわ。……ああ、どうして私はまたしてもすぐに眠りについてしまったのでしょうか。こんなに寝付きが良かったかしら? エル様の隣に寝ているから安心しきっているのでしょうか」


 ブツブツと言っているパメラ。それを聞いたシロが吹き出しそうになっている。耐えるんだ、シロ。信じてるぞ。


「ご主人様、パメラに安心感を与えているみたいだよ。もしかして、猛獣じゃなくて無害なペットとして見られてるんじゃないの? ヘタレ」

「くっ」


 言い返せない。パメラがそれで納得しているのなら、そう言うことにしておいた方がいいだろう。それならいつも眠りの魔法をかけても問題がなくなるのだ。もしパメラに眠りの魔法をかけなかったらどうなるのか、やってみたいような、やってみたくないような。

 そのとき、少し離れたところに小型の生き物の反応があった。この感じはゴブリンだろう。


「パメラ、ゴブリンだ。教えた通りに魔法の準備をしておくように」

「は、はい」


 パメラの顔に緊張感が走った。ゴブリンは決して強い魔物ではない。だが初めて魔物と戦った経験が少ないものならば脅威に感じるはずだ。


 そういえば、あのときパメラの乗った馬車を襲っていたのはオークの群れだったな。ゴブリンではない。しかし、ゴブリンもオークも、上位種が存在するとその危険性が跳ね上がる。奴らは群れを形成し始めるのだ。それが生き残りのための戦略なのだろうが、ゴブリンもオークも数だけは多い。そのため対処が遅れると、とんでもない被害を出すこともあるのだ。


 それにしても、あのときはなぜパメラの乗る馬車を襲ったのだろうか? 食料を得るために村を襲うことはあるが、馬車一台を襲っても得られるものはほとんどないと思うんだけど。まだ知られていないオークの生態があるのかな?


 そんなことを考えながら、これ以上パメラを怖がらせないように慎重にゴブリンへと近づいた。

 木々の間からゴブリンが見える。一匹だけである。周囲に仲間の反応はない。どうやら群れを作ってはいないようである。当然のことながら、向こうはこちらに気がついていない。


「パメラ、しっかりと狙うんだ。当たりさえすれば間違いなく倒せるからな」

「はい。【氷の矢】」


 ロウソクの火が揺らめくような、震える小さな声でパメラが魔法を唱えた。三本の氷の矢がすべてゴブリンに命中した。即死だったのだろう。ゴブリンは声もあげずにその場に倒れた。緑色の液体が流れている。


「うえっ」


 それを見たパメラが吐き出した。おそらくそうなるだろうとは思っていたので、焦ることなく背中をたたいてあげる。こうなることを予想して、朝食は消化の良い流動系の物にしていたのだ。喉に詰まるものはないだろう。


「パメラ、俺についてくると言うことは、こんな場面を何度も見ることになるんだぞ。それでもパメラはついてくるつもりか?」


 ちょっと意地悪だったかも知れない。だが、これはパメラのためでもある。無理して俺に付き合う必要はないのだ。家で俺の帰りを待つという選択肢もあるのだ。

 キッとパメラの目つきが鋭くなった。


「大丈夫です。まだやれます」

「そうか」


 どうしてそこまで俺のためにするのだろうか。好きだということは、そこまですることなのだろうか。そこまでしてくれるパメラに、俺は何をしてあげれば良いのだろうか。

 抱きしめて、キスをしてあげればいい? これまで恋愛らしい恋愛をしてこなかったのがあだとなったな。遊びでも、恋愛のまねごとをしておくべきだったかも知れない。


 そんなモヤモヤした気持ちを抱えながらも狩りは進んで行く。最初こそ、おう吐したものの、次からは顔をしかめる程度になっていた。完全に慣れるまでは今しばらくかかりそうだが、この分だとついてくるのは問題なさそうだな。よく耐えてくれていると思う。


 魔法も氷魔法だけでなく、新しく覚えた雷魔法も使った。今はまだ相手の動きを一瞬だけ止める程度の威力しかないが、それでも相手の出鼻をくじくことができる。そのうち黒焦げにすることもできるようになるはずだ。


「これなら十分にやっていけるだろう。改めて、よろしくな、パメラ」

「はい! よろしくお願いします!」


 パメラがうれしそうに挨拶を返してきた。自分が認められたことがうれしいようである。とりあえず今日のところはここまでにしておこう。これだけできれば十分だし、これなら召喚魔法を覚えることを優先した方がいいだろう。


「それじゃ、今日はここまでだ。帰ってから召喚魔法の勉強をしよう。その方がパメラのためになるはずだよ」

「わかりましたわ」


 この距離なら魔法で転移するまでもないな。俺たちは話ながら街へと戻った。家にたどり着いたときはちょうどお昼時だったので、そのまま外で昼食を食べた。庶民が利用する店だったが、特に文句を言うこともなく、むしろ興味津々といった様子でキョロキョロと観察していた。目に映るものがすべて珍しいようである。



 家に戻ったらお昼寝を挟んで勉強時間に入った。消費した魔力を回復しつつ、眠気も解消する。一石二鳥だな。そんなに疲れていない俺も一緒にお昼寝することになったのは誤算だったが。


 パメラはさすがに勉強することに慣れていた。それなりに難しい講義だったと思うのだが、飽きもせずにしっかりとついてきてくれている様子だった。

 召喚魔法の勉強はどのような魔法なのかを教えることから始まり、次に召喚したい獣について深く学ぶことになる。


 そうして召喚獣に対する知識を深めていくことで、ようやく呼び出すことができるのだ。実を言うと「呼び出す」という表現は間違っている。「魔力で作り出す」というのが正解だ。しかしなぜか「呼び出す」という表現をした方が圧倒的に召喚魔法が成功する確率が高かった。


 生き物を創造することができるのはこの世界を作り出した創造神だけ。幼い頃から教えられているその知識が邪魔をしているのではないかと俺は思っている。


「パメラ、次はフェンリルがどんな召喚獣なのかを勉強しよう。それが終われば召喚魔法の実戦だ。きっと可愛らしい犬が呼び出されるはずだよ」

「わかりましたわ。きっと成功させて見せますわ」


 そう言うと、パメラは目を輝かせた。召喚魔法を成功させるのにもっとも必要なこと、それはイメージだ。「白虎」であるシロも見た目は完全に猫のようになっている。

 それならば、パメラが呼び出そうとしている「フェンリル」も犬のようになる可能性は十分に考えられる。欲を言えば、わんこ的な何かにしてもらいたい。その方が街中でも目立たないからね。

 さて、鬼が出るか、蛇が出るか。

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