第11話 再び戦場へ
食事が終わったら次は風呂だ。昨日約束したように今日からは一緒にお風呂に入る。男に二言はない。まあ、断っても間違いなく風呂に突撃してくるだろうからね。ついでだからシロも一緒にお風呂に入れることにしよう。
あいつはいつも「召喚獣は汚れないから大丈夫!」って言って風呂に入ることから逃げているからな。だが今日からは逃がさん。
お風呂の湯を入れるとすぐにシロを捕まえた。両手でガッチリとキープ。
「え? ちょっとご主人様、何する気!?」
「風呂に入るんだよ」
「や、やだよ!」
手足をバタバタさせ、後ろ足で蹴られたが絶対に離さない。俺たちが風呂に入る準備をしていることに気がついたのか、パメラがすぐに準備を済ませて脱衣所にやってきた。
「エル様、お背中をお流しいたしますわ」
「ああ、うん。よろしく頼む」
「ご主人様、やっぱりボクは遠慮して……って、痛い! そんなにしっかりとつかまなくてもいいじゃない」
俺が本気でシロを風呂に入れようとしていることに気がついたのか、それからは大人しくなった。さすがにパメラが服を脱ぐのをジッと見るのは紳士的にダメだろうと思い、素早く服を脱ぎ捨てると風呂場へと駆け込んだ。そのまま邪念を祓うかの如くシロにお湯をかける。
「ちょっと、まだお湯をかけないでよ! 心の準備がっ!」
ブーブーとシロが言っていたが、そんなものは知らん。気にせずにそのまま石けんをつけてワシャワシャと洗った。すぐに黒い汚れが浮かび上がってきた。
「シロ、召喚獣は汚れないって言ってなかったっけ?」
「そ、そうだったかな~?」
シロはこちらに目を合わせない。どうやらウソだったようである。基本的に召喚獣は出しっぱなしではなく、必要なときだけに呼び出す。シロがいつも表に出ているのは、そうしてくれとシロに頼まれたからである。シロはシロなりに、俺がいつも一人でいることを気にかけてくれたようである。
それについてはありがたいのだが、それとこれとは別である。
「これは新しい発見だな。召喚獣も常に表に出しておくと汚れる。召喚されるときにキレイな状態になって召喚されるみたいだな。つまり、これからもシロを風呂に入れる必要があると言うことだ」
「で、でも、せっかくの二人っきりの時間を邪魔するのも……」
「し、失礼いたします」
振り返ると、全身を真っ赤にしたパメラが入場してきた。もちろん全裸で。俺は慌ててシロを抱きかかえて前を向いた
「ちょっと待ったパメラ。とりあえず落ち着こうか。落ち着いて、タオルを巻こうか」
「わ、私は平気です!」
「……パメラ、タオルを巻いてもらえるかな? ご主人様が平気じゃないからさ」
体に当たった感触でナニがどうなっているかを理解したシロがあきれたように言った。よかった、シロがいなかったら元気になった相棒を隠せないところだった。
背後で布がこすれるような音が聞こえてきた。大丈夫だよね。シロがパメラを確認すると、こちらを向いてうなずいた。どうやら大丈夫そうである。
「パメラ、次からは必ずタオルを巻いてから入るように」
「あの、でも、昨日は……」
「昨日は不意打ちだったからな。今日からはダメだ」
パメラはシュンと肩を落としたがこればかりは譲れない。昨日はあまりの突然の出来事にパニック状態だったが、今日は理性がある状態だ。その状態でそれをやられると、さすがに理性が吹き飛んでしまうかも知れない。まさか、それが狙い!?
「それではエル様、お背中をお流しいたしますわ」
そう言ってパメラが後ろに回り込む。俺は極力平静でいられるように、シロを洗うことに全集中した。迷惑そうにシロがこちらを見上げた。
パメラがゆっくりと背中を洗ってくれる。くすぐったい泡の感触が背中を滑って行く。
「パメラ、明日はゴブリンやウルフを討伐することになる。どんな魔物か知ってるか?」
「はい。魔物図鑑で見たことがありますわ。どちらも繁殖力が高くて、見つけ次第討伐しないと数が増えて危険になる、と書いてありましたわ」
かすかに声が震えているのがわかった。緊張しているのかな? どうやら魔物の群れに襲われたことは、思ったよりもトラウマになっているのかも知れない。これは魔物と戦うときは注意した方がよさそうだ。
「……正解だ。これなら問題はなさそうだな」
ある程度の魔物の知識もあるようだ。知らなかった風呂上がりにでもレクチャーしようかと思っていたが、どうやらその必要はなさそうだ。そんなことを考えていると、背中に当たる感触が柔らかいものへと変わった。これは……。
俺の表情の変化に気がついたシロがパメラを見た。
「ちょっとパメラ、何やってるの!?」
「え? あの、こうするとエル様が喜ぶってマイニさんが……」
あの奴隷商のオーナーめ、余計な知恵をつけさせやがって! でも正解なんだよなぁ。どうしよう。どうする、相棒?
「ちょっとご主人様、何とか鎮めないと!」
「いや、無理だろ」
「パメラもそのくらいで……って、そんなに恥ずかしいんだったら無理してしなくてもいいんだからね!?」
シロが焦っている。振り向くことはできないが、きっと火を噴きそうなくらいに真っ赤になっているのだろう。
その後、パメラは前も洗おうとしたが丁重にお断りさせてもらった。さすがにそこまでしてもらう勇気は今のところない。
お湯をかけて洗い流してもらうと、パメラと場所を交代した。
「背中を洗うよ。ほら、座って」
「で、ですが、私は奴隷で……」
「良いから良いから。これは命令だ。俺が背中を洗っている間に、しっかりと自分の前を洗うように」
こうでも言わないと、前も「洗ってくれ」って言い出しそうだからな。危険の芽は潰せるうちに潰しておいた方が良いに決まっている。
ひとまず心の余裕ができたところで、絹のように滑らかな白い背中を、泡をたっぷりと含ませたタオルでゆっくりと丁寧に洗ってゆく。焦って傷つけたりしたら大変だからね。
予想よりもはるかに滑らかな肌触りに思わず手が止まる。そして、我に返る。俺はこんなことをしていいのか? いくらこちらに好意を向けてくれているとは言え、伯爵家のご令嬢だぞ。大丈夫かな?
「あの、どうかなさいましたか?」
俺の手が止まったことに不信感を抱いたのであろう。パメラが心配そうな声で聞いてきた。いかんいかん、パメラに余計な心配をかけてどうする。
「いや、何でもない。ただ、パメラの背中が美しくて見とれていただけだ」
「ふえっ!? え、エル様のお背中もたくましくて、素敵でしたわ……」
驚いた声が、最後には尻すぼみになっていった。俺は一体何を言っているんだ。
「ねえ、もう二人とも結婚したら?」
「何を言い出すんだ、シロ」
「そ、そうしますか?」
……どうしよう。顔だけ振り向いたパメラが期待に満ちた目でこちらを見ている。そして徐々に体がこちらへと向きかけている。これはいかん。俺はグイッとパメラを前に向けた。
「パメラ、君の意見は大変ありがたい。だが、結婚という儀式は人生で一位、二位を争うほどの重要な儀式だ。そう簡単に決めるものではない。そうだな、もっとお互いを良く知ろう。三ヶ月、いや、半年ほどすればお互いのことが冷静に見られるようになるはずだ。そのとき、ちゃんとした答えを出そう」
「ええ、わかりましたわ、エル様。私、もっともっとエル様のことを好きになってみせますわ」
決意も固くパメラが言った。シロの目は「このヘタレめ」と如実に語っていた。
そうだよね。普通の男なら血に飢えた獣のように襲いかかるよね。だって、こんなに美人で可愛くて優しくて、それに女神様もビックリなスタイルをしてるもんね。襲わない方がどうかしてる。
でもね、俺はパメラを大事にしたいんだよ。欲望のままにパメラを汚すのは絶対にダメだと思うんだよ。俺が童貞だからじゃないぞ。自信がないからじゃないぞ、決して。
頭の中で必死にそんな言い訳をしていると、シロがため息をついて首を左右に振っていた。
泡だらけのパメラにお湯をかけてあげると、光り輝くような素肌があらわになった。スベスベだ。一体どんな体のケアをすればこうなるのか。パメラにタオルを巻くように言うと、湯船につかった。もちろんシロもつからせる。
召喚獣の良いところの一つは、毛が抜けないことである。でなければ湯船には絶対につけない。お風呂が嫌いなシロは静かにお風呂の縁にしっかりと捕まっている。
「ねえ、ご主人様、湯船にタオルを入れるのは御法度なんじゃないの?」
「良いんだよ。ここは俺の家だから。俺がルールだ」
「もー、いつまでパメラの裸にビビってるんだよ。ヘイヘイ、エルネストビビってるー」「び、ビビってねーし!」
くそ、シロの奴め。好き放題言いやがって。だがそんな俺とシロのやりとりを聞いたパメラはクスクスと可愛く笑っている。
あれ? 普段の俺らしくないと思うのだが、それほど気にしていない様子。
そうだな、半年でお互いを知ろうとしているんだ。俺も外聞を気にせずに、素の自分をもっと出した方が良いのかも知れない。そうすればパメラも、俺の見てくれではなく、中身をもっと見てくれるだろう。
そしてそれをパメラにもやってもらわなければならないな。お互いにお互いを良く知る。でなければ、とても結婚なんてことはできないだろう。
「パメラ、もっと笑っても良いんだぞ。ここは伯爵家じゃないからな」
「え、エル様、私は伯爵令嬢ではありませんわ!」
「まだその設定でやるの?」
そうやらパメラは俺にはバレていないと言う設定で続けるつもりらしい。これをどう対処するのが正解なのか、それがわからない。とりあえずは知らないふりをしておくかな。
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