第168話 異国からの招待状

 昼食を終えてから1時間後。

 陽斗と穂乃香は後片付けを終え、光輝たちはたっぷりと食休みと雑談に花を咲かせた後、一行は街に繰り出していた。

 メンバーは今回の旅行のほぼ全員。

 高校生メンバーの親たちは一晩でそれなりに打ち解けたらしく、楽しげに談笑しているし、黎星学園の友人たちに加えて巌の妹、明梨と穂乃香の兄姉、晃と由香利が一緒に行動することになった。

 大隈夫人はまだ小さい末娘が心配な様子だったが、兄も一緒だし問題ないだろう。


 昨年もそうだったが、街中には制服姿の警察官らしき男たちが何人も立っており、観光客も多い。

 とはいえ、有名観光地ほどの混雑ぶりはなく南国らしいのんびりとした雰囲気だ。通りは広く、道の両側にいくつもの店が軒を連ねている。

 前回来た時と街も店も変わっていないが、今回は人数が多い。

 明梨がはしゃいで色々な店を見たがり、陽斗たちもそんな少女を微笑ましく思いながら一緒に店に入る。


「わぁ~! キレイな貝が売ってる!」

「欲しいのがあったら言えよ。ひとつくらいなら買ってあげるから」

「いいの!? ありがとう、お兄ちゃん!」

「あの仮面、カッコイイ。倉ポン買って」

「あんなもん、どうすんだよ! ってか、自分で金払え!」

「穂乃香のネックレスって、この島で買ったんでしょ? やっぱり陽斗くんから?」

「……教えません」


 賑やかに騒ぐ若者たち。

 若干一名、既婚者が混ざってはいるが、その楽し気な様子に陽斗は嬉しそうに笑みを見せている。

 結局ひとりで保護者役を買って出ることになってしまった晃は苦笑気味ではあるが。

 全員でお土産を物色したり、通りに出ている屋台でトロピカルフルーツのジュースや軽食を買いつつ散策する。

 皆が皆、店に入るたびに何かしら買い物をしているのだが、店から出るとどこからともなくメイド服姿の女性が近寄ってきて荷物を預かってくれるのでいつまで経っても手ぶらなままだ。

 そのせいでついつい財布の紐も緩んでしまうようで、ひとつだけと言われたはずの明梨は、由香利や晃、穂乃香や陽斗からちゃっかりとおねだり品をGetしていた。


 のんびりとした足取りとはいえそれほど大きな街ではない。

 まだ日が高いうちにめぼしい店を回り尽くした一行は、通りに隣接した公園で休憩を取ることになった。

 一通り街の探索は楽しんだものの滞在日数にはまだまだ余裕がある。

 ただ、この島には他にも鍾乳洞や釣りスポット、スキューバダイビングなどのアクティビティもあるので退屈することはないだろう。

 陽斗個人としては浜辺でゆったりと読書を楽しむ時間も作りたいと考えているようだ。

 もっとも、穂乃香の方はせっかく付き合い始めたのに二人きりの時間がなかなか取れず少しばかり不満のようだが。


 日差しはまだ強いが木陰に入ると涼しい風が吹いてきて、歩き回って火照った身体に心地良い。

 引率代わりの晃と由香利以外の大人たちは一足先に別荘に戻っていったが、子供たちはまだ遊び足りないようで、一休みした後は公園で遊ぶ気満々のようだった。

 のだが、それは思わぬ来客によって中断することになった。


「ようやく会えたわね」

 芝生の上で寛ぎながら陽斗は穂乃香と、光輝は華音や巌と談笑していると不意に声を掛けられた。

 そしてその声の方に顔を向けて驚く。

「あれ? あなたは、えっと、アメリカの、ジャネットさん?」

「げっ! なんでジャネットがここに居るんだよ」

 そこには燃えるような赤毛と勝ち気な目をした女性、それに、ハリウッド映画から抜け出てきたかのような厳つい白人男性の姿があった。


「Hi、コーキ。プリンスもおひさしぶり」

 世界屈指の大富豪の親族とは思えないほど気さくな態度で手を振るジャネットに、陽斗はただ驚くだけだったが、光輝の方は顔をしかめて嫌そうな態度を見せる。

「誰?」

「なんか、アメリカの大金持ちの孫娘らしい、ラーメン好きの変人。どういうわけか俺の行く先々に現れるんだよ」

「……ストーカー?」

「似たようなもん」

「ちょ、コーキ! ストーカーは酷すぎない?」

 華音と光輝の言葉にジャネットが抗議の声を上げるが、隣のボディーガード、アルバートは同意するようにウンウンと頷いている。


「だから言ったでしょう? あんまりしつこいと逆に信用されないって」

「そんなこと言ってたらコーキがニホンの大学に進学しちゃうじゃない」

「またその話かよ。ってか、そんなこと言うためにここまで追っかけてきたのか?」

 若干うんざりしながら光輝が溜め息を吐く。

「あはは、コーくん大人気だね」

「まさか、フォレッド家の令嬢が光輝さんにこれほど執着するとは思いませんでしたわ」

 陽斗は無邪気に笑っているが、穂乃香はジャネットの目的が陽斗ではないと知ってホッとしているようだ。ただ、ターゲットが陽斗の親友ということで警戒は解いていない。


「で、結局何しに来たんですか?」

「そうだね。フォレッド家に連なる人がわざわざ皇さんの滞在先に現れるというのを軽く考えることはできないからね」

 巌はいかにも強者感を丸出しにしているアルバートを警戒して陽斗の前に出て、晃も困惑交じりながらジャネットを問いただした。


「おっと、そんなに怖い顔しないでくれ。ちゃんと警備の人には声を掛けて、ボディーチェックも受けてるさ」

 どうりで見守っているはずの警備班が彼女たちが近づくのを容認しているはずだ。

 事前に要件を聞いた上で許可したのだろう。


「コホン。コーキへの勧誘は欠片も諦めていませんが、今回ばかりはそのことは一旦置いておきましょう」

 咳払いをして表情を改めたジャネットが光輝から陽斗に視線を移す。

「えっと、僕に?」

「ハイ。プリンス、スメラギ・ハルトさんへ、祖父ジェイク・フォレッドから招待状を預かっています」

 

『!?』

「招待状、ですか?」

 驚いた顔をしたのは穂乃香と晃、由香利の3人だ。

 それはもちろん、米国屈指の大富豪が日本の、それも皇の孫とはいえ高校生にすぎない陽斗を招待するということがどれほど異例なことか理解しているからだ。

 しかし、陽斗にそんなことがわかるはずもなく、ただ、会ったことのない人からの突然の招待という言葉に疑問符を浮かべるだけだ。

 

「今もスクールは休暇の時期ですが、さすがに急すぎますので春頃を考えています。招待したいのはプリンスとMr.スメラギ、Ms.サクラコの3名ですが、同行者の人数制限はありません」

「警備はフォレッド家でも行いますが、皇氏の方で用意するならこちらは最小限にしても構わないということです」

 ジャネットの言葉をアルバートが補足する。

 内容としてはかなり重斗たちに配慮していると思わせる内容だ。

 だが、晃と穂乃香の表情は晴れない。


「……そういった内容ならば皇重斗氏に話を通すのが筋だと思うが? 彼の頭越しに陽斗くんに招待状を渡すのはどういう理由か教えてもらいたい」

 晃がジャネットの表情の変化を見逃すまいとばかりに睨みながら訊ねる。

 普通に考えて、未成年の陽斗が保護者である重斗の了承を得ずに招待を受けるなどあり得ないし、重斗と桜子のふたりも招待するのなら陽斗に招待状を手渡す意味もない。

 それに、事前に重斗に話を通してあるのなら彼女もそう言っているはずだ。

 もっとも、今頃は警備班から重斗に連絡が行っているだろうが。


「簡単よ。グランパが会いたいと思っているのがプリンスの方だから。でもグランパはスメラギと敵対するつもりはないし、できれば友好な関係を築きたいと思ってるの」

「だから重斗様と桜子様も一緒に招待するということですの?」

 穂乃香の言葉にジャネットが頷く。

「もちろんホノカも一緒に来るのでしょう? 私たちには何の企みも無いので歓迎するわよ」

「だったら俺も行くぜ。ジャネットが何もするつもりが無くてもそっちの爺さんがどう考えてるかは別だしな」

「お、俺も行きます。役に立てるかはわからないけど、盾くらいにはなれるんで」


 光輝と巌までが参加を表明し始めたことで、突然の事態に困惑して固まっていた陽斗が慌てて止めに入る。

「ちょ、ちょっと待ってください! その、僕の一存で決められることじゃないから、お祖父ちゃんと桜子叔母さんに相談します。なので、返事はその後で」

「もちろんそれで構わないわよ。私もせっかく来たから休みが終わるまではこっちに滞在して楽しむつもりよ。だから返事は私が帰るまでにお願いね」

 必要なことを言い終えたとジャネットは最後に光輝に投げキッスをしてから踵を返した。

 もっとも、光輝は表情を消して投げキッスをはたき落とすような仕草をしていたが。



「そうか。招待を受けたか。ご苦労だった」

 受話器の向こうから聞こえる若い女の声に、男はごく簡潔にそれだけ答えると電話を切る。

 いまどき珍しい有線の古びた電話機だ。

「ふん、スメラギの孫か。なかなか面白い少年のようだが、さて、会うのが楽しみだ」

 呟いた言葉とは裏腹に、男の顔は難しそうに歪められている。


 見たところかなりの高齢で、やや薄くなった髪は元の色がわからないほど真っ白だ。

 痩せて皺だらけの手や顔に反して、目には力強い光を宿し、声にも張りがある。

「彼奴は娘に先立たれ、血を繋ぐのはわずかひとり。私は子や孫は多いが……どちらが幸せなのだろうな」

 どこか自嘲の響きを滲ませながらテーブルのワイングラスを手に取る。


「ともかく、久しぶりの遠い友人との再会を楽しませてもらおうか」

 老人は独りごちながらかすかに口元を緩めたのだった。


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