第126話 陽斗と穂乃香のドキドキ初デート!

 男が窓から双眼鏡で外を見ている。

 年の頃は20代後半くらいだろうか、薄手のシャツ越しによく鍛えられた身体が見て取れる。

 真剣な眼差しで接眼レンズを覗き込んでいた男が、目的のものを見つけたのか視線を外すことなく耳元のマイクに向かって口を開いた。

「ふたりが到着しました。周囲に不審な行動をする者は見当たりません」

『了解。引き続きそこで周囲の監視を続けろ』

 イヤホンから聞こえてくる指示に短く答えつつ男は外を見続けた。


 同時刻、別の場所。

 こちらでもいくつものモニターを部屋に数人の男たちが食い入るように見つめている。

「入場ゲートを通過しました!」

「よし、予定通り1班が警護を開始しろ。邪魔しないように距離は取れよ。3~5班はどうだ?」

「各アトラクションに配置完了しています。6班と7班も屋台の販売員やイベントキャストとして準備できています」

「来場客の精査も終わってるな?」

「そっちもOKですよ。入場制限もしてるんで、イレギュラー対策もバッチリです」


 報告を聞いて、部屋の中央で仁王立ちしていた男、皇家警備班長の大山辰敏たつとしが厳しい顔のまま頷く。

「いいか! 陽斗さまたちの行動を邪魔したり気を使わせたりすることなく、確実に安全を確保しろ! さすがに転んだりすることまでは防げないだろうが、それ以外は絶対に傷ひとつ負うことの無いように細心の注意を払うんだ」

「……しかも、警護しているのを悟られないように、ですね?」

「当たり前だろうが。陽斗さまの初デートを邪魔したりしてみろ。女性陣に……殺されるぞ」

 大山に質問した若い男が、皇家のメイドたちの盛り上がり方を思い出してブルっと肩を震わせる。

 何しろ当事者である陽斗そっちのけでデートプランを言い合っていたのだ。しかもその目つきは、はっきり言って怖かった。


 ここまでの流れでわかるだろうが、大山たちが居るのは陽斗と穂乃香の初デート、その会場となる遊園地、アミューズメントパークである。

 皇家メイド陣がいろいろと検討した結果、というか、結局桜子の鶴の一声だったわけだが、行き先は車で1時間ほどの場所にあるこの遊園地に決まった。

 デート初心者の定番としては他に映画やショッピングモール、カラオケなどもあるのだろうが、会話が巧みなわけではない陽斗と、同じく異性と出かけた経験がほとんど無い穂乃香という組み合わせで一日たっぷりと楽しむならこういった施設の方が良いだろうという説得力たっぷりの言葉に皆が納得した結果である。

そこに陽斗の意見は反映されていないのだが、元々どこに行ったら良いのか見当もついていなかったので素直に提案に従った。


 そんなこんなで決まったわけだが、問題になったのはやはり警備の問題だ。

 世界的に見ても治安の良い日本という国であっても犯罪はゼロではないし、ましてや屈指の資産家の令孫と令嬢カップルである。

 限りなく低い可能性であっても備えないわけにはいかないし、そもそも爺馬鹿の重斗が容認するわけがない。

 そこで急遽、遊園地の運営会社と交渉? して対策を行うことになった。

 まずは警備員の増員。それも通常の倍以上の人員が皇家関連の警備会社から派遣された。

 また、それとは別にアトラクションの作業員や売店の店員、着ぐるみのスタッフも腕利きの警備員が扮装して配置されている。

 と、まぁ、ここまでは通常の範囲だろう。

 が、孫が可愛くて仕方ない爺なのでこれでは終わらない。


 アトラクション設備の徹底的な点検や保守交換は基本として、当日はこの施設の中でも特に能力が高くて接客態度が良いスタッフ以外は裏方や休暇にすると同時に、事前に告知したうえで入場制限を行っている。

 しかも、その来場者ひとりひとりを全てチェックして、犯罪者はもとより過去に問題行動やトラブルを起こしたことのある人物を精査して、該当した者は一定の補償をおこなった上で入場を断っているらしい。

 はっきり言ってやり過ぎである。

 当初は貸し切りという案も出たのだが、この広大な敷地に来場者が陽斗と穂乃香のふたりだけなんて状況では楽しめるものも楽しめない。というか、普通に寂しすぎて怖い。

 そんなわけで、週末だというのに割と空いている程度の混雑になるように調整された遊園地というわけのわからない状況になったわけである。


 どう考えても金と権力の無駄遣いとしか言いようがないのだが、そんな指摘は誰ひとりするわけもなくミッションは実行された。

 駆り出された警備員の人たちは休日を目一杯楽しむ来場者を前に、一瞬たりとも気の抜けない時間の始まりだった。




 時間はほんの少しだけ巻き戻る。


 穂乃香が学園に通うために暮らすマンションに迎えに行く車の中では陽斗が終始落ち着かない様子で髪型や服装などをチェックしていた。

 もちろん屋敷を出る前も散々鏡で確認していたし、裕美や湊にも太鼓判を押されているのだが、メイドたちに散々「デート」だと連呼されてすっかり意識してしまったのだ。

 もちろん穂乃香は陽斗にとって憧れの対象だし、とても素敵な女性だと思っているので嫌なわけがないのだが、自己評価が低い分どうしても自分が相手で良いのか不安になってしまう。


 そんな陽斗の様子に、同情している桜子が苦笑いと微笑ましさが混ざったような複雑な笑みを浮かべている。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。それに、穂乃香ちゃんは外見で人を判断するような娘じゃないでしょ? 嫌われたくないのはわかるけど、今から緊張してたら一日保たないわよ」

「う、うん」

 指摘されて陽斗は顔を赤くしながら誤魔化すように窓から流れる街並みに目を移した。


 移動すること20分ほどでマンションの前まで到着すると、そこにはすでに穂乃香の姿があった。

 その横には彼女付きのメイドである千夏の姿もある。

 少しだけ距離を開けてふたりの男性も居るが、おそらくは護衛の人たちだろう。

 出迎えた穂乃香は少しばかり緊張気味だがそれでも陽斗の顔を見ると嬉しそうに顔をほころばせる。ちなみに隣の千夏はニヤニヤ笑いを必死に堪えているような奇妙な顔をしている。


「穂乃香さん、遅くなってごめんなさい。待ちました、よね?」

「いえ、つい先ほど出てきたばかりです。その、楽しみで待ちきれなくて少し早めてしまって」

 男女の会話としては逆のような気がするが、どういうわけかさほど違和感はない。

「本日はお嬢様をよろしくお願いいたします」

「ええ。警備体制は万全だから安心してちょうだい」

「……のちほど今日の様子を教えていただきたいのですが」

「ダメよ。後で穂乃香ちゃん本人から聞きなさいな」

「千夏さん! 桜子様に変なこと言わないで!」

 本人の居る前で堂々と言ってのけるのは、皇家のメイドと話が合いそうである。


 ちなみに桜子が車に同乗してきたのは別に初々しいカップルをからかうためではもちろん無い。

 超絶過保護な祖父の意向もないわけではないが、すでに陽斗の存在だけでなく容姿も知られ始めているため警護なしに外出はさすがに認められない。

 穂乃香の方も同じような事情だし、昨年の誘拐未遂の件もあるため日常的にボディーガードがついている。

 そんなふたりが揃って出かけるのだから万全の警備体制を取る必要があるのだが、両家がそれぞれ警備員を配置すると指揮系統がごちゃごちゃになって不測の事態に対応出来ない可能性がある。

 そんな理由から、今回の警備は全て皇家が担当することになったのだ。

 一時的にとはいえ令嬢を預かるのだから四条院家への礼儀として当主の妹である桜子が出向き、直接挨拶をおこなう。

 これも必要なプロセスということなのだろう。


「えっと、それじゃ車に乗ってもらえる?」

「そ、そうですわね。本日はよろしくお願いいたします」

 タイミングをみて陽斗がそう促すと、千夏に向かって唇を尖らせていた穂乃香も我に返り一礼してからリムジンに乗り込む。

 その後に陽斗と桜子が乗ると、警備担当の男性がドアを閉める。

「それでは千夏さん、わたくしが帰るまでは自由にしていてください」

「わかっています。あ、そうそう」

 穂乃香が窓を開けて千夏に向かって言うと、彼女はチョイチョイと手招きして顔を寄せさせる。

「……泊まりになりそうなら早めにご連絡くださいね」

「ち、千夏さん!」

 穂乃香が一瞬で顔を真っ赤にして抗議の声を上げたときにはすでに千夏は数歩距離を取って深々と一礼していた。


「穂乃香さん? 何か言われたんですか?」

「い、いえ、な、なんでもありませんわ! そ、そろそろ出発しませんか?」

 千夏の声が聞こえていなかった陽斗が訊ねるが、穂乃香はすぐに首を振って誤魔化した。

 その様子を呆れた顔で見ていた桜子の合図でリムジンが滑るように発進する。


「アミューズメントパークまでは少しかかるからリラックスしてなさい。乗りたいアトラクションでも話し合ったら良いんじゃない? 到着したら私は別の場所で休んでいるから気にせずに楽しみなさいね」

 走り出して、互いに顔を見合わせた途端に恥ずかしそうに目線を外し、無言になってしまうデート初心者たちを見かねて桜子が施設の案内図を手渡しつつ話題を提供する。

(この子たち、こんなので大丈夫かしら)

 内心でそうは思ったものの年寄りが口を出すのはどう考えても野暮というものだ。


 それでもお互い楽しみにしていたのは間違いなく、最初はぎこちなく、徐々に口数も増えつつ案内図を挟んで話に花を咲かせる陽斗と穂乃香だった。

 

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