第118話 チャリティーバザーでの再会

 黎星学園の生徒会が主催するチャリティーバザー。

 難病や交通遺児への支援のために毎年恒例となっているが、今回はさらに近隣の小中高校も参加した大規模なものになっている。

 雅刀が生徒会長に就任してから教育委員会や各学校、市などと折衝して実現したもので、市報やローカルメディアなどでも告知されて、多数の屋台なども建ち並ぶほど。

 当然、生徒会役員である陽斗達は準備に大忙しだったわけだが、それもまた陽斗の望む学園生活の一幕として楽しみながらこなしてきた。

 

 今は制服姿の学園生だけでなく参加校の生徒や保護者、教員によって設営準備が進んでいる。さらに呆れるほど多くの警備員や警察官が各所に配置され、急病が発生したときのために数台の救急車まで待機しているという、高校生主体の行事としてはあり得ない規模のお祭り状態となっていた。

 発案者である雅刀は運営本部で身動きが取れない分、陽斗や穂乃香、他の役員たちは大忙しだ。

 穂乃香は他校の生徒会役員との調整や指示出し、陽斗はバザー会場を回りながら進捗を確認しつつ、手の空いている役員や手伝いの生徒たちと一緒にフォローしていっている。

 すでに捻挫した足も完治し、過保護な祖父や心配性の医師からの許可も得ているので歩き回ったり走ったりしても問題ない。


 早朝から始まった準備作業は開場時刻の30分ほど前に完了し、鷹司会長をはじめとした参加校の代表が挨拶してから各ブースに散らばっていよいよチャリティーバザーの開始を待つ。

「すごい規模の行事ですね」

「そうだよな、去年までは中等部で俺も参加してたけど、その時とは比べものにならないぞ」

 陽斗の補佐として同行していたおおくまいわおあらかどかずが落ち着きなくざわついた会場を眺めながら呟く。巌は陽斗に、和志は巌に向けた言葉だ。


「うん。会長が近くの学校と合同でやったらどうかって言ったんだけど、こんなに沢山になるとは思わなかったよ」

 朗らかに笑いながら陽斗はそう言うが、実際に言い出しっぺの雅刀はもちろん生徒会役員全員がこの日に向けてかなり大変な思いをしてきたのだ。

 まだ新入生であり、上級生の手伝いをしていただけの二人ですらあまりの忙しさに目が回りそうだったほどだった。

 だが陽斗はそれすらも楽しくして仕方がないといった態度を崩すことなく、それを見ている他の役員もそれにつられるように頑張れたのだが。


 そうこうしているうちに開場時間になったらしく、入り口の方から鐘の鳴る音が響き、それと同時に多くの人が一斉になだれ込んできたのが見えた。

「それじゃ、大隈くんと荒三門くんは小学校のフォローをお願いね。僕は運営本部に行ってから会場入り口で募金に回るから」

「うぃっす」

「任せてください!」

 ふたりの後輩は陽斗の指示に頷いて小走りで持ち場に向かい、陽斗も雅刀たちの待機する本部に向かった。


 本部には雅刀をはじめ、参加校の生徒会(小学校を除く)の代表者、監督する教師、PTAの人たち、警備担当者が集まっており、トラブル対応にあたることになっている。

 生徒たちの数以上に多くの大人がいるのだが、雅刀は萎縮することなく堂々と指示を出しているのはさすがと言うべきだろう。

 陽斗はテント内を見回し、無意識に肩を落とす。

「四条院さんを探しているのかい? 彼女なら警備状況の確認に行っているけどもう少しで戻ってくると思うよ」

 そんな様子を見て雅刀が小さく笑みを浮かべながらそう言うと、一瞬で陽斗の顔が真っ赤に染まる。

 自分の行動に自覚がなかったのだろう、戸惑ったような表情を浮かべながらだったが。

「い、いえ、その、ぼ、僕、募金に行かなきゃいけないから、失礼します!」

 しどろもどろになりながら置いてあった募金箱を引っ掴んで陽斗は走っていく。


「あっ! 先輩遅~い!」

「ご、ごめんね」

 会場入り口そばに来た陽斗を出迎えたのは同じ黎星学園生徒会のとうじょうだ。

 責めるような口調とは裏腹に、悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 実際にはまだ予定時間には余裕があるのだが、遅いと言われれば素直に謝ってしまうのが陽斗という男の子である。

「許しません! というわけで気が済むまで撫でさせてください」

 言うやいなや智絵里が陽斗の頭を抱き寄せて撫でまくる。


「ちょっ、東条さん?! っていうか、去年も同じことしなかった?」

「あ、憶えてました?」

 抗議する声にも智絵里はあっけらかんとして意に介さず撫で続ける。

 年下の女の子に抱きすくめられながら良い子良い子される。ご褒美としか言いようがないのだが、欠片も下心など持ち合わせていない青少年(そんな人物が存在するかどうかは別として)としては恥ずかしいのをこらえながら身を固くするしかない。

「はぁ~、堪能しました」

「うぅ~……」

 満足そうな智絵里を恨めしそうに睨む陽斗だが、可愛らしい男の子が上目遣いでそんなことをしたところで相手を喜ばせるだけである。

 結果として今度は周囲の生徒まで巻き込んで撫でられまくったという。



 開場して1時間ほどが経過するとポツポツとバザーから帰り始める来場者が出始める。

 募金はここからが仕事始めだ。

 昨年に引き続き今回も陽斗が募金を担当しているのは前回の募金額が例年を大幅に上回ったという実績による。

 どうやら今回もその効果は継続しているようで、陽斗がチャリティーの趣旨を説明しながら募金を呼びかけると、次々と足を止めて陽斗にねぎらいの声をかけながら募金箱に寄付を投じてくれている。

 もちろんそのひとりひとりに極上の笑顔とお礼の言葉を投げかけると、相手は照れくさそうに微笑んだり、大仰に褒めながら陽斗の頭を撫でたり、アメ玉を手渡したりしていた。

 その分近くで同じように募金箱を持って居る黎星学園や他校の生徒たちのほうは閑散としていて、面白くないと感じていてもおかしくはないのだが。

 むしろホッコリとした笑みを浮かべているのはどういうことなのだろうか。


「あれ?」

 列をなしているを順番に対応していた陽斗が目の前に立った男性の顔を見て首をかしげる。

 そしてその男性はといえば、気まずそうに眉を寄せて微妙に視線を外している。

「こ、今年もやってるんだな」

「やっぱり! 去年のバザーで沢山寄付してくださった人ですよね! ありがとうございました」

 陽斗が満面の笑みでそう言うと、男性はますます困ったように首をブンブンと振ってみせる。

 そこに威勢の良い声と、男性の後ろ頭をひっぱたく音が響く。


「なにしてんだい! アンタは謝りに来たんだろ!」

「痛ぇ! わーってるよ! いちいち叩くな!」

 男性が後ろを振り返って文句を言うが、腰に手を当てた貫禄ある女性に睨まれてため息を吐いた。

 そしておもむろに陽斗に向かって頭を下げる。

「去年はすまなかった。なにも知らないくせにお前さんに酷い言葉を浴びせてしまった」

「え?」

 そう謝罪された陽斗はというと、キョトンとした顔でマジマジと男性を見返すだけ。

 それは気にしていないというよりも、本当に心当たりがないという態度である。


「えっと、え?」

「いや、ほら、去年俺がお前さんに向かって金持ちのボンボンとか、募金なら自分達がすれば良いだろうとか言っちまっただろ?」

 謝罪する側が懸命にその理由を説明するという間の抜けた構図。

 だが、それでようやく陽斗は思い出したらしい。

「あの、別に気にしていないですよ。それに、ウチの学校は確かに経済的に余裕のある生徒が多いと思われてるみたいだから、そう言われても仕方ないかなって」

 実際陽斗は今の今まで忘れていたくらいだし、本気で気にしていない。むしろ、1年も前の事を律儀に謝罪されて戸惑っているくらいだ。


「そう言ってくれるのはありがたいけどねぇ。ウチの馬鹿が失礼なことを言ったのは事実だし謝らないわけにはいかないさ。本当はもっと前にアンタたちの学校にも行ったんだけどねぇ、この馬鹿は名前も聞いてないから門前払いを食らっちまったんだよ」

 口調からして男性の奥さんなのだろうが、気っぷの良い江戸っ子みたいな口調と態度は、陽斗がかつて住んでいた街の商店街で八百屋を営んでいた夫婦を思い起こさせて懐かしさを感じていた。

 それと同時に、必要なのがただ自分が気にしていないと伝えることではないと理解した。

「えっと、その、謝罪を受け入れます。ですからこれ以上謝ってもらわなくて大丈夫です。気持ちは伝わりましたから」


 陽斗としては年上の人間に対して偉そうな態度を取るのはかなり抵抗があるのだが、遠慮や謙遜はこの場にふさわしくないのだけはわかったのでなんとかそう返した。

 その言葉を聞いて男性がホッとした顔を見せたので、陽斗ははにかんだ笑みを浮かべる。

 内心はかなりドキドキだったのだが、周囲にはバレバレである。

「もしかしたら会えるかもと思って来てみたけど居てくれて良かったよ。ウチの旦那は馬鹿だけど顔だけはちゃんと憶えてたみたいだからね」

 やはり高校生にしてはかなり小柄な体型に童顔の陽斗は印象に残りやすいのだろう、一年前に一度会っただけでも忘れなかったらしい。


「すぐに人にくだを巻く癖は止めろって言ってるんだけどねぇ。挙げ句にこんな小さくて良い子に暴言吐くなんざ大人として情けないったらありゃしない」

「も、もう良いだろ? とにかく俺が悪かった。わびと言っちゃなんだけど、今日も募金させてもらうわ」

 立て板に水のごとくまくし立てる奥さんに平行した男が顔をしかめる。声が大きいので周囲から視線を集めているのでなおさら居たたまれないのだろう、無造作に財布を開いて数枚の紙幣を取り出し、いささか乱暴に陽斗の持っている募金箱に突っ込んだ後、そそくさとバザー会場の方に歩き去って行った。

「ありがとうございました! 楽しんでいってくださいね!」

 その背中に向けて陽斗が声を張り上げると、男は軽く手を上げ、女性の方は微笑みながら小さく会釈していた。


 二人が立ち去ってからも相変わらず陽斗のところには多くの人が募金するために立ち寄ってくれ、だんだんと手に持っているのが辛い重さになってくる。

「東条さん、一度募金箱を保管してくるね」

「陽斗先輩大人気でしたもんね。ついでにそろそろ交代で休憩に入りません?」

 智絵里にそう言われて時計を見ると、会場から2時間近く経っている。

 当初からの予定で、ある程度の時間になったら募金係も交代しながら食事を取ったり会場を巡ったりすることになっていたので陽斗も同意した。


「そうだね。運営本部に行ったら代わりの人たちに来てもらうように鷹司会長に話をするよ」

「お願いします。あ、陽斗先輩はそのまま休憩で良いですよ。っていうか、寄付してくれようとしている人が軒並み先輩のところに行っちゃうんで私たちの立場がなくなるから戻って来ないでください」

 智絵里がなかなかに辛辣なことを言うが表情に嫌みがなく、単に揶揄い半分陽斗が気にしないようにという気遣い半分なのだろう。

 陽斗もそれがわかって苦笑するしかない。


 そうして智絵里や他の募金担当の生徒たちから見送られ、重くなった募金箱を抱え直して会場の奥に向かって歩き出す。

 その直後、他校の担当しているブースから聞き慣れた、それでいて陽斗が聞いたことのない口調の声が響いてきた。

「おやめなさい!」

 その言葉にこめられた鋭さに、陽斗は慌てて走り出した。




どうにも気分が落ち込んでどうしようもない……

だから、というわけじゃないですがw

感想やレビューをお待ちしております。

返事も返さないくせにという声は聞こえないふりをしますがw


ともかく、更新頻度は落とさないように頑張りますので、また次週までお待ちくださいませ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る