第111話 巌の家族

 純白のリムジンが武家屋敷のような古い門の前に停車する。

 門前は道路から外れて広くなっているので通行の妨げにはならなそうで、陽斗はそのまま車を降りた。

「ふわぁ、時代劇に出てくるお屋敷みたいだ」

「確かに、いまどきは珍しい時代がかった日本家屋ですねぇ。私もお寺くらいしか見たことないです」

 陽斗に続いて降りたのは彩音だ。

 この日はいつも迎えに来る湊が所用で、裕美が病院での仕事があるため代理としてリムジンに乗り込んでいたのだが、巌の忘れ物を届けるのにも当然同行しているのである。


 ピン、ポーン。

「は、はい。どちら様でしょうか」

 おそらくは門柱に据えられた防犯カメラを通してリムジンに乗った者が来たことを見ていたのだろう、インターホンを鳴らしてから間を置くことなく応答がある。

「あの、黎星学園生徒会役員の西蓮寺と言います。大隈巌君の忘れ物を届けに来たんですが」

「少々お待ちください」

 陽斗が用件を告げると、そう言って通話は切られ、ほどなく慌てたように門が開かれた。


 屋敷から姿を現したのは老人と言ってもいい年齢の男性だ。

「お待たせいたしました。ご案内いたしますのでどうぞ」

 慇懃な態度で礼をされ、陽斗は思わず彩音の顔を見る。

 単にスマホを届けるだけと考えていたので屋敷に招かれるとは考えていなかったのだ。

「いえ、私どもは届けるために寄っただけですので」

 陽斗の困惑した視線を受け、彩音が穏やかに微笑みを見せながら固辞するが男性が慌てて首を振った。

 

「大変申し訳ありません。ですが、学園から帰宅してすぐに巌さんは汗を流すために風呂に行かれてしまいまして。できれば少しお待たせしてしまいますが直接お渡しいただければと」

 届けるスマートフォンは個人情報の塊だ。家の人に直接渡してくれと言われれば拒否するわけにもいかない。

 陽斗と彩音は仕方なしに男の招きに応じることにした。もちろん彩音がリムジンの中で待機している警備班に簡単に事情を説明し、念のため重斗にも連絡を入れてもらうことにする。

 そして彩音も陽斗に同行することになった。

 陽斗としては後輩の家の中に大人を連れて行くというのには抵抗があるのだが、ひとりで行くと口を開きかけた瞬間、彩音がニッコリともの凄い圧がこもった笑みを向けられたのでなにも言えなかったりする。


 門を通り、敷地に入ると古びた日本庭園が広がり、その先に平屋の大きな屋敷が見えた。

 建物はかなり年季が入っている感じで、庭園とともにお世辞にも雅とは言えないうらぶれた雰囲気が漂っている。

 男の先導に従って建物の中に入ると、内装もまた昔ながらの日本家屋のようで広い三和土に幅広の上がり框、黒光りする長い廊下が奥まで続いていた。

「お、お邪魔します」

「失礼いたします」

 陽斗と彩音がそれぞれ声をかけてから靴を脱ぎ、差し出されたスリッパに履き替える。


「だれ?」

 陽斗達が廊下に足を踏み入れた直後、小さな声が耳に飛び込んでくる。

 見ると、少し奥で小学生くらいの女の子が半身を廊下の辻から出して陽斗に興味深げな目を向けていた。

「えっと、大隈君の妹さん、かな? 僕は大隈君の先輩で、一緒に生徒会活動をしている西蓮寺陽斗です」

「あっ! お兄ちゃんがいってた小っちゃなせんぱい?」

「う、うん、多分」

 自宅でまで小っちゃいと言われていたことを知って若干落ち込みつつ、陽斗は女の子を安心させるように笑みを見せる。


「はじめまして。おおくまあかりです。お兄ちゃんがおせわになっています」

 陽斗の態度に安心したのか、女の子、あかがトテトテと歩いてきてペコリと頭を下げてご挨拶した。

「こちらこそ、いつもお兄さんには助けてもらってます。とても頼りになる良いお兄さんだね」

 陽斗がそう言うと、明梨は照れくさそうに、それでいて誇らしそうにはにかんだ笑みを浮かべる。


「えっと、お兄さんに忘れ物を届けに……」

「おおっ、ようこそ大隈家へ。巌のお友達ですな」

 明梨に用件を伝える言葉の途中で廊下の奥から響いてきた声に遮られた。

 驚いて顔を上げると、神経質そうな印象の痩せた老人がドカドカと足音を立てながら歩いてくる。

 案内の男は廊下の端まで下がり頭を下げているようで、代わりに彩音が陽斗の前に出た。

「大隈家のご当主様ですね。私は皇家の顧問弁護士を務めている渋沢と申します。こちらは西蓮寺陽斗さん」

「貴方がそうでしたか。巌から大変お世話になっていると聞いていますよ」

 笑みを浮かべる老人。

 だが、普段笑顔を見せ慣れていないのか、どこか歪で無理をしているように思える。

 それに陽斗の前にいる彩音のことはまったく目に入っていないらしく、陽斗にのみ視線を向けていた。


「あ、あの、大隈君、い、巌君がスマホを忘れていったので届けようと」

「先輩?」

 老人に腰が引けながらなんとかそこまで口を開くと、不意に横から、というか、斜め上から声がかけられた。

「あ、大隈君」

 その声を聞いた陽斗が露骨にホッとした表情をする。

 巌の登場に老人が小さく舌打ちするが、彩音はそれに気づいたらしく眉をひそめた。


「どうかしたんですか?」

 そう訊ねた巌は制服姿のままで、手に着替えやタオルも持っていない。どうやら風呂に行ったというのは間違い?だったらしい。

 巌の姿を見た明梨は無言でダッシュしてその腰にしがみついている。

「あの、大隈君、生徒会室にスマホ忘れていったみたいだから届けに来たんだ」

「へ? あ、マジっすか。わざわざすみません」

 陽斗に言われて慌てた様子でポケットを探り、そこにあるはずの物がないので頭を掻く。

 そして、名前入りのケースに入ったままのスマホを受け取ると老人に向き直った。


「爺様、先輩を迎えていただきありがとうございました。俺は見送りをしますので失礼します」

 どこか固さを感じさせる口調でそう言うと頭を下げる。

「むぅ、折角来ていただいたのだからもてなさないわけにいかん。どうですかな? すぐに茶なり食事なり用意させますので」

「いえ、お届けに寄っただけですし、食事も家で用意しているはずなので今回はこれでお暇させていただきます」

 巌の言葉に不満そうに顔を歪めさらに誘いの言葉を重ねる老人に、彩音がピシャリと断りを入れる。


「そ、それじゃ僕は帰るね。急に来ちゃってごめんね」

 陽斗もそう巌に微笑みを向けると、肘を突かれる感触に驚いて振り返った。

「お兄ちゃん、もうかえっちゃうの? ママのところにいかないの?」

「え?」

 不思議そうに言う明梨に困惑する陽斗。

「明梨、先輩に無理を言っちゃ駄目だよ」

「むり? だめなの?」

 巌が諫めるが、理由がわからないようで首をかしげるばかりだ。

「あ、それじゃあご挨拶だけさせてもらおうかな。大丈夫?」

「それは別に問題ないですけど、すいません妹が」

 恐縮する巌に首を振ると、明梨に手を引っ張られる。


「……今度来られるときは是非食事でも。できればお祖父様と一緒にいらしていただければ」

「あ、えっと、伝えておきます」

 どことなく不機嫌さを滲ませながらそれだけ言って踵を返した老人に一礼して引かれるまま廊下を進み、離れの部屋に到着する。

「ママ! お兄ちゃんのせんぱいさんがきたんだよ!」

 明梨が言いながら襖を開く。

 ノックもなにもない、襖の向こう側からすれば唐突すぎる行動だろうが、開け放たれた先には気品を感じさせる所作で柔らかな笑みをたたえたまま頭を下げる女性がいた。


「巌の母、大隈です。いつも巌がお世話になっております」

 畳の部屋の中央で正座している紗江に、陽斗は同じようにきちんと正座してから挨拶する。

「西蓮寺陽斗です。こちらこそ、大隈君には色々と助けてもらっています。とても優しくて力持ちで、頼りになります」

 先ほどの老人に対する挨拶とは違い、少し緊張気味ながらしっかりと礼をする。

 それが終わると明梨が嬉しそうに紗江に走り寄って抱きついた。

 巌もその隣にどっかりと胡座をかいて座ったかと思うとおもむろに謝罪の言葉を口にする。

 

「あ~、先輩、さっきは爺さんが申し訳なかったです」

 陽斗は何のことかわからずキョトンとするが、代わって彩音が苦笑気味に応じる。

「ただの先輩生徒に対するとは思えないほどの気の使いようでしたね」

「多分それ、俺のせいです。荒三門から陽斗先輩がすごい家の人だって聞いてて、それを爺さんに話してたから」

「……父様らしいわね。私からもお詫びします。あの人から何か困ったことを言われたら断ってくださって大丈夫ですから。ただ、巌のことは嫌わないでください」

 正座したまま手をつき深々と頭を下げる紗江。

 まんま土下座であり、それを見た陽斗が慌ててしまう。


「あの、僕は気にしてませんし、大隈君とは関係ありませんから大丈夫です!」

「そうですね。当主同士のことは陽斗さんも口を出せませんし、人間関係にも影響しませんのでご安心ください」

 陽斗と彩音がそう言うと、紗江はようやく頭を上げてホッと息を吐く。

 そして、あまり長居するのは申し訳ないので早々に立ちあがる。

 すぐに帰ることになり明梨は不満そうにしているが、陽斗が頭を撫でながら「またね」と言うと、満面の笑みで大きく頷いた。


「今日は本当にご迷惑をかけました。スマホ、ありがとうございます」

「ううん、お母さんと妹さんによろしくね。また明日、学校で」

 玄関まで戻り、靴を履きつつ別れの挨拶を交わした直後、ガラリと扉が開かれ壮年の男性が入ってきた。

 慌てて端による陽斗と彩音。

 そんな二人を男性は横目で睨めつけると、次いで巌に顔を向ける。

「友達か?」

「あ、いえ、学園の先輩です」

 巌が答えると、男性はあからさまにフンッと鼻を鳴らす。


「いい気なものだな。居候の分際で勝手に人をこの家に招くようなことをするとはな」

「すみません」

「何度も言っているが、私は貴様達が屋敷に滞在するのを快く思っていない。妹の身体が弱いから仕方なく置いてやっているだけだ。親父のご機嫌を取っている暇があるならさっさと家を出て行く準備をするんだな」

 男性の言葉に、巌は顔を伏せて唇をかみしめている。

 そんな両者を陽斗が何か言いたげに見つめていた。




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プロも含め、カクヨムに何千人と登録している多くの作家の中でTOP100に名前が載っていることがどうにも実感がないというのが現状です(@_@)


ただ、ランキングに載っている事実より何より、それだけ沢山の方々が応援していただけているということが何より嬉しいです。

今後も、読者さんの期待を裏切ることのないよう、少しでも面白いと思っていただける作品を書き続けていきたいと思います。


本当にありがとうございました!

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