第108話 小さくて大きな先輩

「えっと、あっちが運動部の部室棟なんだけど、屋内競技の部活は別の場所にあるよ」

「凄く充実してるんすね。野球部は無いんですか?」

「うん、昔はあったらしいんだけど、この学園って生徒数多くないから部員数が足りなくなったんだって」

 

 生徒会室での顔合わせの翌日。

 早速、陽斗は巌と一緒に放課後の校内を回っていた。

 なにしろ生徒数に比して広大な敷地を持つ黎星学園である。事前に校内を案内される機会のある内部進学生と違い、外部入学である巌は文字通り右も左も分からない状態だ。

 校内の要所に案内板が掲示されているものの、セキュリティを考慮して校内案内図などは配布されていない(入学案内にいくつかの主要施設の地図は描かれている)ので誰かに案内されないと迷子になりかねないのである。

 実際に、陽斗は何度か校内で迷子になり、親切な先輩に教えてもらったり目的の場所に連れて行ってもらったりした経験がある。


「西蓮寺君、こんにちは。新入生の案内? 頑張ってね」

「陽斗くん! たまには剣道部にも遊びに来てね!」

「お? 西蓮寺、ヒマなら練習混ざらないか?」

 運動部のグラウンドを案内していると、部活中の生徒が次々に陽斗に声を掛けてくる。

 それらのほとんどが陽斗に対して好意的で、先輩達のみならず同級生達までもがまるで仲の良い弟に対するように接している。


「西蓮寺先輩は人気あるんすね」

「あはは、そういうのとはちょっと違うかも。僕の見た目がこんなだからからかってるだけだよ」

 陽斗はそう首を振るが、巌の目から見ても声を掛けてきた生徒達の態度には親愛が込められていると思えた。

 それに、陽斗自身も積極的に部員達に声を掛けて問題が無いかや要望などを聞き取り、手に持ったファイルに書き込んでいく。

 内容をもうひとりの副会長である穂乃香と精査し、必要に応じて生徒会に諮るらしい。

 ひとつひとつの行動が真摯さを表しているようで、他の生徒達もそんな陽斗だから気さくに接しているのだろう。


「大隈君は部活とか考えてるの?」

「あ、いや、俺、妹が小さいし母親が身体弱いんで面倒見なきゃならないから」

「あ、ごめんなさい。悪いこと聞いちゃったね」

 思いがけず巌の家庭の事情を聞いてしまい慌てて謝る陽斗に、逆に巌が首をブンブンと振る。

「別に隠すことじゃないんで。それに、もし生徒会に参加するなら説明しなきゃいけないし」

 それは事実だ。ただ、それでも何も考えずにスルリと話してしまったことで、巌は陽斗が持つ話しやすい雰囲気の力を認識した。


「先輩って、聞き上手っていうか、話しやすいっすよね」

「そう、かな? そう言ってくれると嬉しいけど」

「俺、あんまり人と話すの得意じゃ無いけど、先輩とはあんまり緊張しないで話せるから」

「う~ん、それは喜んで良いのかなぁ。もっと先輩として威厳を持ちたいくらいなんだけど」

「あ、でも、先輩と話すのは腰が痛いです」

「わぁ! それは言っちゃダメぇ!」

 いつの間にか軽口を交わせるほど馴染んだふたりの姿は、傍から見てかなりほのぼのしているらしく、すれ違う生徒達がクスクスと明るい声を上げたり、温かい目で見ていたりしていた。


「あ! 西蓮寺先輩!」

 陽斗の案内が屋内競技の部活に差し掛かったところで、不意に背後から大きな声が響く。

「え? あ、かず君!」

 陽斗が振り返ると、渡り廊下の方から、入学初日に陽斗に絡んだ新入生、あらかど和志が大急ぎで走り寄ってくるのが見えた。

 そのあまりの勢いに驚きつつも陽斗は立ち止まって待つ。

「先輩、お疲れ様です! 生徒会ですか?」

「うん、和志君は何か僕に用事?」

「いえ、先輩の姿が見えたので挨拶しようと。ん? 君は、確か外部入学の?」

「大隈巌。荒三門君、だっけ。入学式で新入生代表だった」


 別のクラスだが、お互いそれなりに目立つ存在なため自己紹介するまでも無く存在を認識していたらしい。

「先輩が案内してるんですか? わざわざ先輩がしなくても、クラスの奴がすれば良いのに」

「大隈君は外部入学者の代表として生徒会に入ってもらおうと思ってるから、生徒会の仕事を見てもらってるんだ」

 陽斗がそう説明すると、和志はわかりやすく口を尖らせる。

「え~! 俺も西蓮寺先輩と仕事したいです。雑用でも何でもするんで生徒会に入れてください。それに、同じクラスの東条も生徒会入るから悔しいんですよ!」

 どうやら先日の一件以来、和志はすっかり陽斗に懐いたようだ。

 拳ふたつ分ほどは小さな陽斗に必死に頭を下げてお願いをしている。


 そんな和志の姿に、思わずマジマジと見てしまった巌に、和志が眉を顰めた。

「なんだよ。何か言いたいことでもあるのか?」

「いや、ごめん。入学したばかりなのに西蓮寺先輩と親しそうだったから驚いただけだ」 大きな身体を曲げて頭を下げた巌に少しばかり怯えたように後ずさった和志だったが、陽斗と知り合った切っ掛けとなった出来事やその後に教室で交わしたやり取りなどを率直に話した。

 さすがにその時の自分の態度などを顧みて恥ずかしさがあるようだが、誤魔化したりせずに陽斗に対する感謝を口にした。


「僕は何もしてないから!」

 そう言って恥ずかしそうに顔を赤くする陽斗に、和志がさらに賛辞の言葉を並べるのを巌が不思議な感覚で見てしまう。

 巌から見て、陽斗は優しく気遣いができる先輩であるのは間違いない。

 けれどその外見からどうしても頼りがいや、強さを感じることはできず、和志が言うような叱ったり、後輩を導くなどというのがいまいち納得できない。


「もう! と、とにかく、和志君が生徒会に加わりたいって言ってたのは会長に伝えておくから」

「よろしくお願いします!」

 褒め殺しが居心地悪かった陽斗は、珍しく強引に話を終わらせて巌を促して体育館に入っていった。

「ごめんね」

「大丈夫っす」

 付き合わせてしまった事を陽斗が謝るも、巌は苦笑気味に首を振る。

「俺も荒三門と知り合えたんで、良かったです」

「? 和志君と友達になりたかったの?」

「あ、いえ、家のことでちょっと」

 巌が言葉を濁し、陽斗は首を捻ったもののそれ以上は追求しなかった。

 というか、直後に響いてきた声に気を取られることになった。


「テメェ、いい加減にしろよ!」

「うるさいな! わざとじゃ無いって言ってるだろ!」

 来客用の上履きに履き替え、中に入った直後、怒鳴り合う声が響いた。

「どうしたんだろ?」

「トラブルですかね」

 見ると、体育館の中央部分でバレー部のユニフォームを着た生徒とバスケ部のユニフォームを着た生徒が睨み合っていた。


「また始まったよ」

「ったく、あいつら本当に仲悪いよな」

 遠巻きにした両部員が困ったように囁き合っている。

「すみません、生徒会です! どうかしたんですか?」

 陽斗が走り寄って声を掛けるが、睨み合ったふたりは気づいた様子も無くさらに声を荒げる。

「いつも俺の邪魔をしやがって!」

「それはこっちの台詞だ! いちいち突っかかってくるんじゃねぇよ!」

「なんだと? やるってのか!」

「うるせぇんだよ!」

 互いのユニフォームの胸ぐらを?み、逆の手を振り上げる男子生徒達。


 陽斗はそこに身体をねじ込んだ。

「ま、待って! 落ち着い、アウッ!」

 殴りかかろうとでもしたのか、陽斗が割り込んだ瞬間、バスケ部の男子の腕が陽斗の顔に思いっきり当たり、ガッと鈍い音が響く。

「あ!? って、さ、西蓮寺?!」

「だ、大丈夫か?!」

 血が上っていた頭が、割り込んだのが陽斗だと知るや、一気に冷めたようだ。


「す、すまん! わざとじゃないんだ」

「だ、大丈夫でふ」

 慌てて謝る男子に、手をヒラヒラしながら大丈夫アピールをする陽斗。

 が、鼻からツーッと血が垂れて、その場が騒然となる。

「救急箱もってこい!」

 どうやら彼等も陽斗が皇の孫であることをすでに知っているらしい。

 床に頭を擦りつけんばかりに下げるが、陽斗としては割り込んだせいで偶然手があたっただけなのはわかっている。


「えっと、それより、何をもめていたんですか?」

 別の部員が持ってきてくれたティッシュを鼻に詰め、改めて陽斗が問いかけると、ふたりの男子は気まずそうに顔を背けた。

 どうやらふたりとも3年生のようだが、後輩とはいえ生徒会の、それも仲裁に入った生徒を殴ってしまったことで小柄な陽斗よりもさらに身体を小さくしている。

「そいつら実家が競合相手って事もあって、仲が悪いんだよ」

「そうそう、今回も、バレー部のボールがこっちのコートに飛んできたのが何回かあったってだけでケンカになったんだよ」

 口ごもる当事者をよそに、他の部員達が説明する。


「いつも、なんですか?」

「いや、その」

「ちょ、ちょっと熱くなったっていうか」

 どうやらしょっちゅうこうしたもめ事を起こすのを周囲の部員達も辟易しているらしい。

 味方がいない状況に、しどろもどろになるふたり。

「先輩!」

「「はい!」」

「生徒会室に来てください」

「「……はい」」


 巌は意外な陽斗の圧力に、驚いていた。

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