第83話 重斗の誘い

 衣替えを終え、陽もすっかり短くなったこの日の放課後。

 生徒会室には数人の執行役員が事務作業を行なっていた。

「♪~~♪~……」

 新しく作成された書類と昨年度までの書類を見比べながら不自然な点や齟齬がないかをチェックしているのは穂乃香だ。

 陽斗の方はというと、図書室で新規入庫する予定の書籍の選定に立ち会うために行っておりこの場にはいない。

 陽斗が副会長に任命されて一月以上が経過して執行役員の業務にもすっかり慣れたため穂乃香とは別々に行動することが増えていて、この日は2年生の先輩役員と一緒に向かったのだ。

 とは言え、それほど時間がかかる仕事ではないのでほどなく戻ってくるだろう。

 

「四条院さん? 随分とご機嫌なようだけど、なにか良い事でもあったのかい?」

 無意識に鼻歌を奏でながら書類の確認をしている穂乃香に、雅刀が苦笑、というか、若干引きつった笑みを浮かべながら訊ねる。

 なにしろ普段は良家の令嬢らしく常に落ち着いた態度を崩すことのない穂乃香が、まるで血に足がついていないかのように浮き立って鼻歌を歌い、時折「うふふ」とか「ぐふふ」とか忍笑いがその口から漏れていては気になって仕方がない。

 当の穂乃香は自分の態度がどんなものなのか全く自覚がなく、雅刀に言われて初めて気づいて羞恥に顔を真っ赤にした。

 

「い、いえ、その、少し嬉しいことがありましたので。大したことではありませんわ。お騒がせして申し訳ありませんでした」

 ワタワタと慌てた後、深呼吸して気持ちを落ち着けた穂乃香が澄ました顔で頭を下げる、が、先程までの痴態を見ていた生徒会の面々は微妙な顔だ。

(ねぇ、穂乃香さんがあれだけ浮かれてるのって、やっぱり西蓮寺くんがらみよね?)

(他に思いつかないから、そうじゃない?)

(きゃ~! そ、それじゃ西蓮寺くんとの仲が進展したってこと?)

(でも西蓮寺くんの態度はいつもと変わらなかったわよ)

 生徒会室にいる女子役員達は平然とした表情をつくろいながら素早く目の前に置いてあるパソコンのメッセジーアプリを立ち上げて内緒話を交わしていた。

 

 詠美のジュエリーが紹介されたあの発表会から3日。

 食事会を終えた詠美達親娘はそのままあのホテルに用意されていた部屋に行ったようだ。

 これまでのことや、これからの進路など、両親と娘でじっくりと話をするということだった。

 月曜日に登校してきた詠美の表情を見ても十分に実りある話ができたのだろう。

 そして、重斗と陽斗、彰彦と穂乃香はヘリを使って皇の屋敷へと移動した。

 まだ早い時間だったこともあり、重斗が今回の慰労という名目で招待したのだ。

 おそらくは以前光輝が屋敷に泊まっていったこと聞いて穂乃香が羨んだのを陽斗が重斗に話したからだろう。

 さすがに翌日は学校があるので泊まりはしないが、穂乃香に部屋を案内したり話をしたりするくらいの時間はある。

 

 昼食が遅めの時間だったため晩餐は軽いものをつまみながら、重斗と彰彦はワインを飲みながら、陽斗と穂乃香はデザートを食べながら談笑した。

 その席で重斗が彰彦と穂乃香に問いかける。

「四条院さんと穂乃香嬢は年末年始はどのように過ごすおつもりかな?」

 その言葉に彰彦と穂乃香は顔を見合わせる。

「学園近くの別邸で暮らしている穂乃香や都内で一人暮らしをしている息子が実家に帰ってきますので家族で過ごす予定ですが、特に出かけたりすることはありませんよ」

「わ、わたくしも特に予定はありませんわ。毎年のんびりと過ごすだけです」

 そう返したふたりに、重斗は小さく頷く。

 

「そうですか。去年は陽斗がここに来た最初の正月だったので行かなかったが、正月に日本にいると挨拶などと煩わしいので海外の別荘に行くことにしているのだ。今年は陽斗も連れて行くつもりなのだが、よろしければご一緒にいかがかと思ってな」

 重斗の提案に一番驚いたのは彰彦だ。

 財界において重斗の知己を得たいと機会を伺っている者は多い。というよりは大半がそう考えているほどだ。

 彰彦は四条院家の先代当主から付き合いがあるため比較的良好な関係を築けているし、子供同士は学園で特に親しい付き合いができているのも知っている。

 何より、彰彦にとって陽斗は愛娘を助けてくれた恩人であり、重斗は加害者でありなにかと問題の多い桐生家を処断した上に権益の一部を四条院家に回してくれさえした。

 これ以上の関係など望むべくもないと考えていたところに今回の提案である。

 

「それは、ありがたいご提案ですが、よろしいのですか? 皇さんもお孫さんと水入らずでゆっくりされたいのでは?」

「無論、陽斗とゆっくり過ごすつもりだ。ただ、陽斗を儂のような年寄に四六時中付き合わせるのもどうかと思ってな。せっかくの休みなのだから気のおけない友人と過ごすことも必要だろう。穂乃香さんはいかがかな?」

「え、あ、その、わ、わたくしも陽斗さんと過ごせるのは嬉しいですわ。ご迷惑でなければご一緒させていただければ」

 少々食い気味に答える穂乃香に、彰彦は複雑な目を向ける。

 結局、この日に即答することは避け、穂乃香の母と兄に予定を確認してから返答することとなった。

 とはいえ、皇当主からの誘いに、ふたりは一も二もなく承諾する。

 

 そうして昨日、彰彦から重斗に招待を受ける旨が伝えられ、12月28日から1週間の日程で2家がともに過ごすことになったというわけである。

 その後の穂乃香の様子は言うまでもないだろう。

 ふとした折に口元が緩み、誰がどう見ても機嫌が良いことがわかるほどだ。

 陽斗の方も、詠美の件で穂乃香に対する尊敬の念がますます高まったらしく、年末年始を一緒に過ごすことができると知って嬉しそうにしていた。

 そんなわけで落ち着くまでしばらくは穂乃香が浮かれまくるのは仕方がないことだろう。

 壮史朗がいつものようにそんな穂乃香に皮肉を飛ばしてもまるで耳に入っていない様子に呆れてなにも言わなくなったほどだ。

 

 

 ある意味気色の悪い状態になった令嬢には触れないことにしたらしい生徒会の面々。

 生徒会長選挙や体育祭、黎星祭などで忙しかった2学期も生徒会が主体で行う行事は終業式の前日に行われる聖夜祭という名のダンスパーティーを残すだけとなっている。

 全校生徒が参加する行事で、最も大きい体育館を一時的に改装して行われる恒例の行事だ。

 良家の子女が集まる黎星学園にふさわしく、当日は立食形式での食事やオーケストラによる演奏など、とても学校行事とは思えない規模で実施され、女子生徒はドレスを着て参加する者も多い。

 現在の生徒会はその準備のための作業を行っている状況だ。

 とはいえ毎年のことなのでそれほどの苦労があるわけではない。

 

「ただいま戻りましたぁ!」

 しばらくして陽斗が生徒会室に戻ってくる。

「陽斗さん、おかえりなさい」

「ご苦労さま。問題はなかったかい?」

 真っ先に気づいた穂乃香に続いて雅刀も陽斗に柔らかい笑みを向けながら労う。

「はい、購入予定のリストも預かっています。それと、今後の蔵書にもう少しライトな書籍を増やしたいという要望もありました」

 陽斗がそう報告すると雅刀は少し考える素振りを見せる。

「ライトな書籍というと、ライト文芸のようなものかな? 図書館の利用率が下がっているという問題提起もされているし、少し検討してみても良いかもしれないね。生徒からアンケートを取ってみよう。陽斗くん、お願いできるかい?」

 

「はい!」

 言われた陽斗は嬉しそうに頷く。

 陽斗としては趣味でもある読書を多くの生徒が共感してくれるかもしれないという思いもあり意欲を燃やす。

「他にはなにかありましたか?」

 重ねて訊ねた雅刀に、陽斗は先程までの笑顔を引っ込めておずおずと口を開く。

「あの、鷹司会長、生徒会業務じゃないんですけど、教えてもらっていいですか?」

「ん? もちろんかまわないよ。僕に教えられることならね」

 陽斗にしては珍しい質問。

 

「えっと、聖夜祭でダンスパートナーを申し込まれたんですけど、どうしたら良いんでしょう」

「え? は、陽斗さん? そ、それは本当ですの?!」

 反応したのは雅刀ではなく、穂乃香だった。

 

 


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近いうちにまたキャラクタデザインのラフ画を近況ノートにて公開できると思いますのでお待ち下さい。

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