第75話 陽斗と光輝

「おお~っ! すっげぇ!!」

 屋敷の門が開き、敷地の中にリムジンが滑るように入っていくと車内の窓から顔を出した光輝が歓声を上げる。

「マジでここがたっちゃんの住んでる家なのかよ! うっは、映画みてぇ!」

 羨望や妬みなど一欠片も含まず、ただ愉快そうにはしゃぐ光輝の様子に、陽斗はホッと息を吐いた。

 陽斗自身今でも夢ではないかと思うほどの豪邸であり、光輝と一緒に居た頃とは違いすぎてどう思われるのか不安だったからだ。

 

 広い庭を通り抜けて玄関の前でリムジンを降りる。

「お帰りなさいませ陽斗さま。そして、いらっしゃいませ門倉様」

 数人のメイドが整列する中、比佐子がそう言って陽斗達を出迎える。

「お、おい、たっちゃん、俺本物のメイドさんとか見るの初めてなんだけど、これどうすりゃいいんだ?」

 普通の暮らしをしていてメイドに出迎えられることなど特定のお店に行かない限り経験することなどないだろう。

 さすがに光輝も戸惑ったようで、陽斗の脇腹を突っついて小声で囁く。

 だがそれが聞こえていたらしい比佐子が穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「別に気を使わなくても大丈夫ですよ。私共のことはホテルかレストランのスタッフのように考えて頂いてかまいません」

「あ、はい、どうも、えっと、よろしくお願いします」

「まずは陽斗さまのお部屋でゆっくりとなさってください。すぐにお飲み物を用意しますので。門倉様はお好きな食べ物や食べられない物はございますか?」

「遠慮しなくても良いのよ? 今日は泊まっていくんだし、自分の家だと思って寛いでちょうだい」

 最後にリムジンを降りた桜子がそう言い添える。

 

 あの祖父母との対面の後、生徒会業務をこなしたり、催し物を見て回ったりしながら無事に初めての黎星祭を終えた陽斗は光輝を家まで案内する事になった。

 この日は光輝が泊まっていくことになっていたからである。

 翌日は日曜日。陽斗も光輝も学校は休みなのでゆっくりと話をしたいと考えた陽斗が提案し、光輝も喜んで了承したという経緯だ。

 陽斗が生徒会の業務にあたっている間は穂乃香や壮史朗、セラが校内の案内を光輝にしてくれて、こうして全てを終えてから一緒に帰ってきたというわけだ。

 重斗達はあの後少しして帰路につき、桜子だけが陽斗達を迎えに来ていた。

「あ、別に食べられない物ってのは無いですけど、好きな物は肉です」

 本当に遠慮無く希望を告げる光輝を、比佐子と桜子は楽しそうに見つつ頷いた。

「男の子だものね。陽斗は普段あまり食べてくれないから、今日は料理人も喜ぶと思うわ。沢山用意するから好きなだけ食べてちょうだい」

 桜子がそう言うと、比佐子や他のメイド達も優しげに小さく頷いていた。

 

 すでに陽斗にとって光輝がどんな存在なのかは使用人達に知らされている。

 陽斗が彼にどれほど助けられたか、彼がいなければ、もしかしたら陽斗の命が潰えていたかも知れないことも。

 よって、使用人達にとって、光輝は心から歓迎し、もてなすことが必要な重要人物なのだ。

 そこまでの事は陽斗は知らないが、メイド達が光輝を暖かく歓迎してくれていることを感じて嬉しそうに笑みを浮かべる。

「それじゃ僕の部屋に行こうか」

「おう! いや~、楽しみだな。きっと凄いんだろうな」

 陽斗の案内で建物の中に入る。

 光輝は玄関や廊下、目にする物全てにいちいち大騒ぎをしつつ賑やかに建物内を歩く光輝。本当に自然体の高校生男子そのものと言える。

 

「えっと、ここが僕の部屋、だよ」

 そう言って陽斗が自室のドアを開ける。

「広っ! ひょっとして寝室とかは別なのか? うっひょ~! マジでセレブじゃん!」

 部屋に入るなりひときわテンションが上がっている様子の光輝に、さすがに陽斗も引き気味である。

 ちなみにいつもなら部屋で出迎えてくれる湊や裕美は、光輝が気を使ったりしないようにこの場にはいない。後で飲み物を用意してくれるらしいが。

 

 光輝は陽斗に断ることなく部屋のあちこちを見て回っている。

 強引で自分勝手にも見えなくもないがあくまで見るのは表に出ている部分だけで引き出しを開けたり扉を開いたりすることはしない。

「テレビなんてうちのよりでかいじゃん。おっ、ゲーム機もある! プレ○テにス○ッチ、X○oxもある、すげっソフトもこんなに?」

 やはり男子高校生。AV機器やゲームが目に入るとさらに興奮度が増す。

 光輝はテレビラックの横に置かれたゲーム機やラックに並べられたゲームソフトの前から動かなくなってしまった。

 ちなみに陽斗は一度もそれらを使ったことがない。

 使い方を知らないということもあるが、そもそもあまり興味がなかったし、他に本や映画のDVDなどが沢山あるのでそっちを見るのが楽しかったからだ。

 だから陽斗が来た時から設置されていたゲーム機はともかくソフトは開封すらされていない。

 

「あの、コー君、僕はゲームしないからもし良かったらどれか持っていく?」

 控えめにそう申し出てみる。

 もちろんゲーム機本体も含め、どうしようと好きにしていいと重斗にも言われているので光輝が欲しいなら全部引き取ってもらっても構わない。なにしろこの先も使う予定が無いのだからもったいないと思ったのだ。

「ん~、それはいいや。こんなの持って帰ったら母ちゃんに絶対怒られるし、スマホやパソコンでもゲームはできるから。それより、せっかくこんなに揃ってるんだったら対戦ゲームでもやろうぜ」

 陽斗がゲームをしたことないと言うと、簡単な奴と言いながら懐かしい落ち物ゲームを棚から出してさっさとセットする。

 

「え? あ、こ、これ、どうやるの? え? わっ、ちょ」

 唐突に始まったゲームに戸惑いながらも、光輝が教えたり手本を見せたりしながら二人で騒ぎながら楽しむ。

 やはり小学校自体の友人と一緒だと童心に返るのか、陽斗は子供っぽく大声を上げたり、むくれたり、大笑いしたりした。

 その様子を湊や裕美、重斗や桜子がうっすらと開けたドアの隙間から覗いていたのだが陽斗達がそれに気付くことはなかった。

 もちろん重斗は鼻を啜りながら涙で顔をドロドロにしていたし、陽斗付きのメイドふたりは萌え過ぎて大変お顔が残念な状態になっていたりする。

 

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎるものだ。

  落ち物ゲームや双六ゲーム、簡単なシューティングゲームなどで気付けば1時間以上コントローラーを握っていたのだが、夕食の準備ができたことを湊が伝えに来たことでふたりのゲーム大会は終了した。

「あ~面白かった。たっちゃんゲーム下手すぎ」

「しょ、しょうがないよ。慣れてないし、それにゲームって苦手なんだから」

 光輝とのゲームは楽しかったが、きっと陽斗がこれからひとりでゲームをすることはないだろう。あくまで楽しかったのは光輝と一緒にしたからだ。

 食堂へ移動する間も光輝が陽斗をからかい、陽斗がムキになって反論するという微笑ましい光景が繰り広げられた。

 

 食堂には重斗と桜子がすでに席に着いており、陽斗と光輝はその対面側に並んで腰掛ける。

「すっご、ってか、たっちゃん普段こんなの食ってんの? うちの母ちゃんがまたたっちゃんに料理を食べさせたいって言ってたけど、こりゃ勝てないって」

 光輝がそんな感想を漏らすほど、卓に並べられた料理は品数も量も尋常ではないほどのものだった。

 そう言えば陽斗がこの屋敷に来た初日やクリスマス、誕生日にも同じようにとんでもない量の料理が並んでいたことを思い出す。

 やはりもてなしの気持ちを表すのに料理というのは一番わかりやすいということだろう。

 

「今日は茶番に付き合わせて申し訳なかったな。その礼というわけではないが、遠慮せずに好きなだけ食べなさい」

 重斗がそう言うと光輝は照れくさそうに頬を掻き、頷いた。

「あ~、じゃいただきます。っていうか、逆に気を使わせちゃってすんません」

 口調は決して年長者に対する礼儀を弁えているとは言えない。外見だって茶髪に赤いメッシュが入り、やんちゃな印象を与えている。だが人懐っこそうな雰囲気と明るい笑顔が印象を柔らかくしていた。

 それに重斗からすればそんなことは問題にならないくらい光輝に感謝をしているのでその程度のことはどうでもよかった。

 

「美味っ! ヤバイ、いくらでも食えそう」

「コー君、ちょっと落ち着いて」

 さすがは男子高校生というべきか、大量の料理が次々と光輝の口に消えていく。それでいて下品に見えないのは親御さんの教育が行き届いているからだろう。

 そんな光輝に釣られるように陽斗もいつもより食が進んでいるようだ。

 時折じゃれ合うように軽口を叩き合いながら食べる様子を使用人達も微笑ましげに見守っている。

 

「光輝君は東京の高校よね? そこは文化祭ないの?」

「一応あるみたいだけど、進学校なんで形だけって感じみたいです。確か保護者以外の一般入場者はいないんじゃなかったっけ」

 あらかた食事を終え、飲み物でひと息吐いていると桜子が興味深げに光輝に質問を始める。

「進学校なのにその髪大丈夫なの?」

 桜子が光輝の髪を見るが、光輝は苦笑いで首を振った。

「進学校だからじゃないっすかね。大人しい生徒が多いから校則も割と緩いみたいなんで、ちゃんとそれなりの成績とってればうるさく言われないみたいだし。そのせいで必死に勉強してますけど。バイトと勉強でいっぱいいっぱいだけど、バイク欲しいんで」

 

「コー君、2輪の免許取るの?」

「実はもう取ったんだぜ。夏休み中に試験場で。けど欲しいバイクが高くってさぁ、乗るのはしばらくお預けだな」

 陽斗の驚いた顔に得意気な光輝だったが、言葉の後半でわざとらしく落ち込んだフリをする。

「ふむ、それでは今回の礼に儂がプレゼントしよう」

 重斗がそんなことを提案する。が、光輝は真剣な顔で即座に首を振った。

「それはいらない。ってか、そんなことのために来たんじゃねぇし。たっちゃんの祖父さんにはもう充分すぎるくらい世話になってるし、感謝してる。けど、俺は別に何かして欲しいからたっちゃんと仲良くなったわけじゃねぇよ」

 憮然とした態度で返す光輝。

 好意的な提案に対する言葉としては無礼ですらある。

 だがそれでも重斗の言葉を流すのは光輝の青いプライドが許さなかった。

 

 そんな光輝の態度に、重斗は実に嬉しそうに相好を崩す。

「これは儂が悪かったな、申し訳ない。君に対して失礼な提案だった」

「そうね、兄さんが失礼すぎるわよ。気にしないでね、兄は陽斗が絡むと馬鹿になるから」

「あ、いや、こっちこそ、せっかく言ってくれたのにごめんなさい。けど、やっぱりバイクは自分で稼いで買いたいんで」

 互いに頭を下げあう奇妙な光景が繰り広げられる。

 自分の欲しいものを貰えるという提案を即座に断れる者は少ないだろう。ましてや欲しいものが沢山ありながら自由になるお金が少ない高校生なら尚更だ。

 それなのにはっきりと断れる強さと、本当に陽斗のことを思いやる気持ち。それを持つ光輝に対する評価は重斗と桜子の中で跳ね上がった。

 

「さぁ、まだ遊び足りないだろうが、今日の所は風呂にでも入ってくると良い。明日は夕方にヘリで自宅近くまで送らせるから、それまでは自由に楽しみなさい」

「ヘリ? え? マジで乗れんの? うっそ、写真撮って良いっすか?」

 どうやら光輝の中でヘリに乗せてもらうのは大丈夫なようだ。

 矛盾しているような気もしないでもないが、そんなものかもしれない。

「たっちゃん、風呂もでっかいんだよな? 久しぶりに一緒に入ろうぜ」

「ちょ、コー君、引っ張らないでよ」

 そそくさと立ち上がって陽斗の腕を引っ張っていく光輝を重斗達は穏やかな表情で見送る。

 

「良い子ね、彼」

「うむ。ああいう男に陽斗の補佐をして欲しいものだが」

「彼だけじゃないでしょ。穂乃香ちゃんもいるし、天宮の次男や武藤家の長男も悪くないわ」

「学生時代の友人は大事だからな」

 桜子と重斗がなにやら頷き合っていた。

  



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古狸が原作を書いているコミカライズ版『帰還した勇者の後日譚』の第3巻が発売中でございます。


音埜クルミ先生が可愛らしい画で彩って下さった素敵な作品になっていますので、是非是非お手にとってくださいませ。


それと、感想やレビューもお待ちしています。

推しキャラなんかも教えて頂けると喜びます(古狸がw)


それではまた来週までお待ちくださいませ。

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