第2話『継承』

「カルネ様。お待ちしておりました」

 ガロが女性に向かいそう声をかけ、深々と礼をする。

 カルネ様と呼ばれた女性。年齢は30代半ばといった風。肩まで伸ばした栗色の髪。目力を強調した化粧に、オーロラのように煌めく爪先。さらに煌めく宝飾品を首元や手首に身につけ、頭上には星のように輝くティアラ。

 やりすぎとも思われるくらいの着飾り方だが、カルネは見事にそれを着こなしていた。それほどに、自信を持った立ち振る舞いが出来る人物だった。

「死んだのか?」

 アリアでさえも身が竦む、氷のように冷たい声。怯えたニコがティアの腕に縋る。

「はい、先ほど。眠るように旅立たれました」

「そうか。……やっと逝ったか」

 その言葉にミラルが噛み付く。

「あまりにも無礼な物言いではないですか!いくら貴女がゼーヴェ王の……」

「無礼な物言いはお前の方だろう?わたしはゼーヴェの娘だ。自分の父の死を何と言おうとわたしの勝手だ」

 ミラルの言葉を遮りカルネが言う。

 そう、カルネはゼーヴェ王の一人娘。王女であった。ゼーヴェ王の妃は、カルネがまだ幼い頃に病に倒れ亡くなっている。王妃・ネニエは北国サーラの王族の娘だった。頑なに戦を拒むゼーヴェ王の元へ嫁いできたネニエ嬢。自ら決めてきたというような事を本人は言っていたが、実は戦略婚であった。

「サーラ国王の血を引く娘と結婚すれば、温厚なゼーヴェ王も戦へと傾いていくだろう」

 当時のサーラ国王はそう予測した。しかし、ゼーヴェ王の心が戦へ傾くことはなかった。ネニエ王妃は何度もゼーヴェ王へ戦を起こすよう、サーラと手を組み南国エルウトと西国レダを攻め落とすよう話したが、ゼーヴェ王は決して首を縦に振らなかった。

 そんなネニエをゼーヴェ王は1人の女性として愛した。そしてカルネが誕生した。カルネは容姿も性格も母ネニエによく似ていた。だからこそ、成長するにつれ、父の穏やかな気風と会わずに反発を繰り返した。20歳を過ぎた頃には王座を譲れと迫ったほど、父であるゼーヴェ王とは合わなかった。それでもゼーヴェ王はカルネを大切に想い育てた。必要な教養はもちろん舞踊や楽器、歌なども望まれれば学ぶ環境を与えた。衣装や宝飾品も欲しいと言われるままに買い与えた。

 アリアやラタムは何度も言った。

「いくら何でも甘すぎます」

「いつか裏切られるかもしれないんだぞ」

 と。それを聞いてもゼーヴェ王はにこやかに微笑んでいた。

「心配はいらんよ。あんな風でも私とネニエの娘だ。いつか分かる日が来るよ。平和な世こそ、何よりも幸福なんだと」

 そんなゼーヴェ王の想いは、カルネには全く響いていなかった。今、父の遺体を前にしての発言で分かる。悲しむどころか、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

「ガロ、葬送の儀の日程はどうなっている」

 ゼーヴェ王の遺体を見下ろしたままでカルネが問う。

「はい。明日は終日、教会へご遺体を安置いたします。明後日には三国から王達も到着することでしょう。それを待って国葬を執り行い、終わり次第、葬列が出発いたします。葬列はここ、リルン城から北西へ向かいユウィーとの国境まで進みます。そこでユウィー神殿の神官にご遺体を引き渡したら全て終了です。往復で丸一日かかるかと。その後は新王即位に向けたご準備を整えさせていただきます」

 鳴り響いていた教会の鐘の音が小さくなる。その代わり、城下から国民たちの悲しみの声が聞こえる。涙が混ざった声で、国歌を歌う声が聞こえる。

 そっと、ティアが窓の外を見る。蝋燭やゼーヴェ王の写真、国旗を持った国民たちが城門の前に集まっていた。

 深夜の訃報だったにも関わらず、たくさんの国民が王を偲んで集まってきてくれている。揺らめき瞬く灯火が美しい。

「……綺麗」

「愛された王だったね。ボクも大好きだったよ」

 ティアに続いて外の様子を見に来たイオが、目元を拭いながら言う。ティアの腕には、まだニコがくっついていた。

「確かに、父が愛されていたことは認める。おかげでわたしは何不自由することなく暮らしてこれた。そこは感謝しなくてはいけないな」

 そう言いながらカルネはゼーヴェ王の冠を手に取る。そしてそのまま、自らの頭へとそれを載せた。

「カルネ様!!まさか……」

 アリアが慌てて駆け寄るが、それを見てカルネを庇うように前に出たのはガロだった。

「退きなさい!!いくら娘のカルネ様であっても王の冠を勝手に扱うなど許されない!!」

「何を言ってるのですか。カルネ様はリルン国の時期女王です。この冠はもうカルネ様のもの。頭に載せるのは戴冠式まで待っていただきたかったのですが……まぁいいでしょう」

 アリアの肩を強く押してカルネから遠ざける。ガロが自分に手を出すなどと思っていなかったアリアは、押された拍子によろめき後ずさった。咄嗟にミラルが駆け寄りアリアを支える。

「ガロ、あなた本気でカルネお嬢様を国王にするつもりなの?」

「もちろんです。そのために動いてまいりました。カルネ様はゼーヴェ王の血を引くお方。王位継承権がございます。それとも……アリアさん、貴女は本当に自分が王として玉座に就けると思っていたんですか?」

 ガロの鋭い視線がアリアを射抜く。青ざめた顔のアリアをミラルがしっかりと支える。

「ゼーヴェ王は言ったぜ。アリアになら、自分亡き後でこの国を任せられるってな。そして、娘を正しい道に導いてほしいと」

 今まで黙っていたラタムが割って入る。その顔は怒りに染まっていた。

「はて。そのような書面はお預かりしておりませんが?アリアさんを次期王にという話しは聞いたことがありましたが……まさかアリアさんが本気にしておられたとは。ただの与太話なのに」

「私なら……私なら、ゼーヴェ王の意思を、思想をそのまま引き継ぐことができる!!だからゼーヴェ王は私に王になることを勧めてくださった。私ならこの国の平和を維持していける!!」

「黙れ!!」

 ガロが叫ぶ。こうして声を荒げるガロの姿を見るのは、カルネ以外初めてだった。

「平和だけでは何も生み出せない。平和であることが誇りだとゼーヴェ王は言った。しかしそれ以外にこの国には何もない。北国サーラのような軍事力も、南国エルウトのような観光地も、西国レダにあるような芸術品も……何も持っていない。畑に家畜、花畑に森林、薬草畑。平和だからこその豊かな大地ではある。その昔には魔導師の国として栄えたが、その魔導師たちのほとんどがユウィーへと移って行った。残ったのはその末裔と農民や商人たちだけ」

「それの何がいけないの?十分じゃない。豊かな大地だからこそ、育つ薬草がある。そこから生まれる魔法がある。その魔法で手懐けられる魔獣がいる。手懐けた魔獣を使い国を守ることが出来る。きちんと循環している。食料も飼料も資材も十分にある。薬草や食料は他国からも重宝されてるし、そのおかげで財源も確保できている。それじゃあダメだって言うの?」

 ニコの手を握りながら、ティアが言う。ほんの少し震えているのは、怒りからかそれとも恐怖か。

「魔獣がいないと生きられない小娘のくせに偉そうなことを言うんじゃない!!」

「いや、小娘っていう年齢じゃないし。それに、魔獣がいないと生きられないのはそっちでしょ?あの時のこと、忘れたのかなぁ。この子達がいなかったら大惨事だったよね」

 そう言ってティアはキマイラとグリフォンを振り返る。

 あの時……それはまだゼーヴェ王が元気だった頃、今から10年ほど前のこと。国境の森から魔獣の大群がリルン城に押し寄せてきた。国庫にある食料を狙ってのことだろうと予測された。押し寄せた魔獣の大群はおよそ100匹。それら全てを城内へ辿り着かせることなく討伐したのがティアだった。キマイラとグリフォンを使役し、自らも華麗に舞うように魔法を放った。多少、田畑は焦がしてしまったが、国民や城は無傷で済んだ。ティアがリルン一番の魔獣使いと言われているのは、このためだ。

「あれは……」

「ガロ、もういい。そいつらがどれだけ喚いたところで、次期王になるのはこのわたしだ。相手をするだけ無駄だ。そんなことよりも、早いところ葬儀の準備に取り掛かれ。新しい時代はもうすぐそこなのだから」

 そう言い残し、カルネは部屋を出て行った。王冠も、そのまま持っていかれる。

「さぁ、あなた達も準備を手伝いなさい。いつまでもここにいたって何も変わりませんよ」

 ガロに追い出されるようにして、リルン隊の隊員も部屋を出る。誰もが口を閉ざしたままだった。

 去り際、イオが部屋に残ったガロに向かって思いっきり舌を出した。

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