第36話 闘う理由
有り余る魔力で身体強化を施す。相変わらず魔力の操作は下手だが、そこは出力で補う。
体の隅々が万能感と心地よさで満たされていく。この感覚は嫌いでは無いが、調子に乗った黒歴史が思い起こされるから毎回恥ずかしくなるな。
腰を落とし、構える。眼前に迫る敵を見据え、迎え撃つ準備をする。
キュクロプスの初手は、やはり棍棒の一撃。地面にヒビを入れながら凄いスピードで走ってきた勢いそのまま、右手に握った棍棒を高く振り上げ横に薙ぐ。
轟々と音を立てて迫るそれに直撃すれば、俺の体など木っ端微塵にされるのは想像に難く無い。
それは流石に困るので、少し大袈裟にバックステップし距離を取る。
その直後、目の前を通り過ぎる脅威。一般人ならば、その風圧で体が吹き飛ばされ死んでしまってもおかしく無いような一撃。
身体強化を施した体で地面をしっかり踏みしめ、風圧に耐える。そして空振りしたその隙を狙おうとするが----。
「ガァァァァァァアア!!」
「おっとぉ!」
前進しようとした俺の頭上から落ちてくる棍棒。それを察知し、ギリギリで体ごと横に跳ぶ。
棍棒を叩きつけられた地面は無惨に割れ、近くにいる俺にはその破片が飛んでくる。目に入るのが怖いが、目を塞ぐわけにもいかないので、顔の前面にだけ小さく防壁を張る。
目の前の防壁に音を立ててぶつかっていく破片に若干の恐怖を抱きながら、それ以上にキュクロプスの速度に驚く。
あの速度で折り返せたということは、一番初めの一撃は本気じゃなかったということだ。そして俺を釣ってからの、本命の二撃目。フェイントなんてものができるのにも驚いたし、あの一撃目が本気じゃ無いのにも驚いた。あれが本気で無いならば、本気を出したら一体どれだけの破壊力になるのだろうか。
キュクロプスは必勝を確信した一撃だったのか、俺を仕留められていないことに困惑し動きを止めている。そこを詰めなければいけないのだが、こちらも体制が崩されて仕掛けることができなかった。
仕切り直し。しかし今の交錯で、お互いにお互いの評価をまた一つあげた。
動き始めはまたもキュクロプス。先程よりもコンパクトな攻撃を繰り出す。だが流石にそれは読めていた。躱す準備をしていた俺は余裕を持ってそれを避ける。
だが相手もそれはわかっている。俺が避けると同時、棍棒を切り返し俺を狙う。
俺がそれを避け、それをキュクロプスが追う。1回、2回、3回.....5回........9回......12回?..........だぁぁ!もうわからん!なんだこいついつまでっ!
「ガァァァァァァア!!」
「待ってましたぁ!」
フェイントを仕掛けられるだけの知能があるとは言え、所詮は魔獣。いずれしびれを切らすと思っていた!
これまでの次を意識した一撃とは違い、いつまでも攻撃に当たらない俺を叩き潰すだけの一撃。踏み込みは先程よりも深く、棍棒の軌道は遠回り。
それを察知した瞬間、俺はキュクロプスの懐に入り込む。今まで遠ざかるように逃げていた俺からの、初めての反逆。キュクロプスのその大きな眼からは、俺の姿が消えたように思えるだろう。
右手を強弓のように引き絞る。地面を固く踏みしめ、全ての力を掌に乗せる。
狙うは、キュクロプスの踏み込んだ右足。致命傷を与えるためには、まずは跪いてもらわないとな!
「『
高出力の身体強化、そして俺の手に付与された炎の力。その二つがキュクロプスの膝あたりに思い切り叩き込まれる。
「グォォォォォオオ!!」
魔獣の皮膚は硬い。Bランクのキュクロプスならその硬さはもはや鉄を超える。そんな奴に拳で殴りかかってもこちらの手が割れるかもしれないし、単なる打撃じゃ効果は薄い。
だから、内部に衝撃を走らせる。それが、『衝波』。そしてそれと同時に炎の魔法を使うことによって体の中を焼き尽くすのが、『焔蹄』。
案の定、自らの攻撃の勢いと俺の渾身の掌打が合わさった一撃によって、キュクロプスは苦しげに声を上げる。
その隙を突き、もう何撃か入れようとしたのだが----
「流石に、やらせてはくれねぇか」
キュクロプスは痛がりながらも空いた左手で俺のことを攻撃してくる。掴まれたら即、死が確定するので身を翻し間合いの外へ。
「グゴォォオ」
膝に手を当てながら苦悶の声をあげるが、しかしその大きな眼を俺から離すことはない。その眼に憤怒と負けん気を浮かべながらこちらを睨むその姿。
先程から思っていたのだが、もしやこいつは特異個体だろうか。そこらに生えてる木ではなく棍棒を使っているし、走り方も動き方も見た目からは想像もできない動きだっし、何より闘いというものをしっかりわかっている。
魔法使い相手に距離を詰めるのも、フェイントと本命という考え方も、ダメージを受けても構えを解かないのも、どれも獣の考え方ではなく戦士の考え方だ。
瞳に浮かぶ負けん気からして、おそらく若い。このまま成長していったら、もしかしたらA-どころかAに届く逸材だな。
しかし、そうなってくるとこちらの心持ちも変わってくるな。
「なぁ、お前」
「..................グゥ?」
「お前、戦士なのか?」
「ッ!ガァァァアア!!」
"戦士"という単語を出した途端叫ぶキュクロプス。その表情からして、何か並々ならぬ思いがあるのだろう。というか、しっかり言葉を理解してやがる。やっぱり特異個体か。
「俺もな、そういうのに憧れてんだよ」
「ガア!」
「そうだ、お前と一緒だ」
大切な人を守れるように、俺の生きる意味のために。俺は、戦わなければならない。そう決めたのだ。だから-------
「悪いがここは、譲れねぇぞ」
「ガァァァァァアアア!!」
いいね、いい気合いだ。
キュクロプスは膝から手を離し構え、俺もそれに応じる。
睨み合う両者。その間には、冷たくも熱い緊迫感が漂う。
張り詰めた空気。集中が、深く、なって。周りの、音が、聞こえ、無く、な、っ----
「ガァァァァアアア!!」
「はぁぁぁああ!!」
瞬間、世界が動き出す。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「グゥォオ」
太陽が地平線と交わり、世界がオレンジ色に染まっている。そんな中で今、一つの闘いの決着がついた。
「俺の、勝ちだな」
荒く息をつくがしかし、俺の体には目立った傷は無く、無傷と言ってもいい状態。
対してキュクロプスは、重点的に攻撃した足は焼け焦げ、上半身には無数の痣。その内部の骨は折れてしまっているだろうし、何より目立つのは斬り飛ばされた腕。
太い腕を斬り飛ばされ、仰向けに倒れているキュクロプスの腕の付け根からは多量の血が流れている。息も絶え絶えと言った様子だが、まだ生死に関わるようなレベルではなさそうだ。
傷だらけのキュクロプスと、無傷の俺。この状況が、この闘いの全てを物語っている。
一発でももらったら終わりな俺と、体力が尽きる前に一撃でも当てたかったキュクロプスの消耗戦。
気の遠くなるような、厳しい闘いだった。体のスレスレを轟音を立てて通っていく棍棒、俺の体よりもでかい手に、牛も余裕で踏み殺せそうな踏撃。避けるたびに感じる圧迫感と命が一瞬でなくなるかもしれない恐怖。いやほんと、寿命がいくつあっても足りないわ。
一歩、いや半歩間違えれば倒れていたのは俺だったかもしれない。そう思うと、本当に肝が冷える。
「グゥゥ、ガァァア!」
「あ?どうしたよ」
「グゥ!ゴォォォオオ!」
突然キュクロプスが声を上げ、何かを伝えてくる。何と言っているかはわからないが、その眼に映るのは怒り。だが、負けてイライラしているというわけでも無いようだ。これは--------ああ、そういうことか。
「早く殺せってか?」
「グゥォオ!」
そうだ!と言わんばかりの返事。ふむ、素直で大変よろしい。
だが、そうか。戦士として闘い、戦士として潔く死ぬ。こいつはきっと、そんな自分なりの美学を持っているのだろう。そんなもの、一体どこで学んだのか。自分で辿り着いたとは思えないが、しかしそこにはこいつの強い思いがある。
ならばこちらも、強い思いで応えるしかあるまい。
「だが断る!!」
「............?」
言った瞬間、キュクロプスは眼をキョトンとさせてパチクリパチクリ。そして俺が何を言ったのか理解したのか、激しく叫び出す。
「グゥゴォォォアアア!!」
「はーいどうどう、落ち着けー。死んじゃうからねー」
うーむ、いい反応。やっぱ若いっていいよねぇ、素直で。ゼラとかリューグとか凄い冷めてるからさぁ、こういうの欲しくなっちゃうよね。
「グゥ!グゥォオ........」
傷だらけの体で叫ぶと言う行動の愚かさをその身をもって知ったのか、苦しげに呻き叫び声を止める。よし、じゃあ大人しくなったところでお説教と行きますか。
「なぁ、えーっと.........クロ、よく聞けよ?」
「グゥゥオ!?」
まさかそれが俺の名前じゃねぇだろうな!?と言う顔。こいつ役者ばりに表情豊かだなおい。
「今日からお前の名前はクロだ。異論は認めん。勝ったのは俺だからな!」
「グゥゥ............ガァ」
こちらが胸を張って言うと、諦めたのかため息を吐きながらも認めてくれた。いいじゃん、クロ。キュクロプスから取ったから、キューさんとかプー◯んとかありえたんだぞ?
「それじゃあ、クロ。本題だ」
「グゥオ」
「一つお前に聞きたいんだが............お前は何のために闘ってんだ?」
「グゥア...........」
言葉に詰まるクロ。だがそれは明確な目標がないと言うよりも、どう伝えればいいかわからないと言う感じか。ならばよし。闘う理由が、ちゃんとあるなら。
「理由が、あるんだろ?強くなって、やらなきゃいけないことがあるんだろ?違うか?」
「グォォオ!」
「だったら........」
やりたいことが、やらなきゃいけないことがあるのなら。
「殺せなんて言うんじゃねぇよ!」
「ッ!..........グゥゥ...」
「いいか!?死んだらなあ、そこで終わりなんだよ!今まで頑張ってきた何もかもが無駄になって、そこから先は何もねぇんだ!」
2ヶ月前、猿どもに囲まれて死にそうになった時。俺はあいつと、あの紫紺の瞳を持つそっくりさんと約束した。
『死ぬことを、望まないで』と。
その時俺は思ったのだ。もっとやりたいことが沢山あって、死んだら後悔なんて数え切れないと。そして誓った。
『わかった!任せとけ!』と、力強く宣言してみせたのだ。
そんな俺の前で、やりたいことがあるのに死ぬだと?させるわけねぇだろ。
「お前が何のために闘って、何を成すのかは知らねぇが。それは簡単に捨てられちまうもんなのか?」
「グゥォオ!」
「そうだ、違うだろ!?だったらお前は、それを成すまで死ぬことは許されねぇぞ!わかったか!?」
「グォォォォオオ!!」
俺の呼びかけに、クロは力強く答えた。先程叫ぶなと言ったのに、やっぱ若いっていいよね、情熱的でさ。
「わかったなら、俺はもう行くな。お前は動けるようになったら森へ帰れ。あー、それと。これからはもう、人を襲うんじゃねぇぞ?」
「グァァァア」
クロは小さく声を上げながら目を閉じる。流石に限界だったのか、あっという間に寝息が聞こえてきた。いや何でいびきじゃねぇんだよ、すやすや寝る巨人とかいないだろ。やっぱズレてるよなぁ、こいつ。
「俺も、帰るか」
クロが気持ち良さそうに寝てるから、俺もベットに倒れ込みたくなってきた。
クロが死んでしまっても困るので、治癒魔法をかけて体の傷を癒す。疲れたので全てを治すことはしないが、まあ死なない程度にな。
それと、もう一つ。
「ゼラ、こいつは見逃してやってくれ」
「...........『虚義』の私に、これを見逃せって?冗談やめてよね。この個体の危険度は計り知れないわよ?」
「ああ、でも約束した。もう人は襲わねえってさ」
「魔獣と約束?それこそ冗談でしょ。これは獣よ?約束なんて守るわけないし、そもそもあんたの言ってること理解してるかも----」
「ゼラ、頼むよ」
いつのまにか、クロの首元に立っていたゼラと目を合わせ、お願いする。ゼラの視線は鋭く、不機嫌な事がビシビシと伝わってくる。だがここは譲れない。こいつを、生かすと決めたのだから。
しばらく睨まれ、見つめ返して。いざとなれば強硬策もやむを得ないかと思っていた時、ゼラの雰囲気が和らぐ。
「..........はぁ、わかったわよ。今回は見逃してあげる」
「え、ほんと?」
「ただし、これがもし王国民に危害を加えるような事があったら、その時はきっちり殺すわよ」
「ああ、それでいい。ありがとうゼラ!やっぱりお前は最高だ!」
「うるさい..........あと、私にも今度何か奢りなさいよ」
「もちろんだ!」
いやー、やっぱり持つべきものは話のわかる諜報員だよなぁ!え、そんなもの普通は手に入らないって?そうだね、普通の生活送るなら絶対いらないよね。
「んじゃ、帰るか」
「そうね」
そうして二人、日の沈んでしまった後の深い藍色の世界を並んで歩く。そういえばさー、と。他愛のない話をしながら草原を歩くことで、ようやく実感が湧いてきた。
生きてて、良かったぁ。
嘘じゃん!治るって言ったのに!〜魔力が多すぎる男、異世界へ飛ぶ〜 勇者おはぎ @yuusyaohagi
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