第26話 シャンドの村
「おい、まだ買うのか.........」
「アオイ、私はアルクトゥスの街の領主の娘だよ?経済を回す義務があるのです。モグモグ」
「口に食べ物詰め込みながら頭良さそうなこと言うな」
なんだそのちょっと世の中を知ってきた中学生みたいな言い訳は。欲に突き動かされてるだけじゃろがい。
ニナとこの村を回り始めてからしばらく経って、もうそろそろ日も暮れてきそうな時間帯。あいつらと別れてからニナの物欲と食欲は止まらず。屋台を見つけては食べ、可愛いものを見つけては買い、かっこいいものを見つけては目を光らせた。
俺が日本で妄想していたようなザ・冒険者な金の使い方をしている。それで良いのか領主の娘よ。
そんなことをしている間にあいつらの方は村長とも挨拶して宿も取っているだろう。時間的にそろそろ合流したいのだが、連絡する手段が無い。この村なかなか広いし、探すのが割と大変そうなんだが。
そんなことを考えていた時、ふと視界に入った一人の少女。キョロキョロと顔を振り、何かを探している様子。また新たに屋台で買い物を始めたニナから離れ、声をかける。
「おーい、シオン!どうしたんだ?」
「っ!あっ、アオイさん.........」
「もしかして、俺らのこと探しにきてくれたのか?」
「あっ、そっ、そうなんです!ゼラさんたちは、勝手に帰ってくるだろうって言ってたんですけど......」
あいつら、絶対めんどくさかっただけじゃねぇか。ほんとに、リューグもゼラもそーゆーとこあるよねぇ。それに比べて。
「シオン、良い子だなぁ........」
「えっ、ええ?あの、アオイさん?」
「ん?うぉっ、すまん。無意識だった」
俺がしみじみとシオンの優しさに浸っていると、俺の右手が勝手にシオンの頭を撫でていた。くっ、さっき必殺技を使った後遺症か!?こんな罠がある技だったなんて!
冗談を言っている場合ではない。会って半日の歳上の男に頭を撫でられるなど、通報しない女の子はいるのだろうか?いやいまい。てことは俺はこのまま一生いたいけな女の子の頭を勝手に撫でたやつとして生きていかなければならないのかっ!
こうなったら、土下座しかない、か。
「いや、ガチごめん。本当に反省してる。この通りっ!」
「あ、いえ。驚きましたけど、気にしてませんから。大丈夫ですよ」
「え?あ、そう?」
シオンは、撫でられた頭に触れ、はにかみながらそう言った。
.................なんだ、天使はここにいたのか。というか、俺の人生には
「ねぇ、アオイ。今の、何?」
「いま、す..............あれぇ、ニナ。そのお肉美味しそうじゃん!俺も買ってこようかなぁ。あ、シオンもいるか!?お腹減る時間帯だもんな!よし、ここはお兄さんが奢って」
「アオイ、聞いてる?ねぇ、今の何?」
何事もなかったかのようにこの場を流す作戦は、歩き出した俺の腕をニナが力強く掴んだことで失敗に終わる。
くそっ、ニナの存在をすっかり忘れていた。まさか見られていたなんて。通報されたら、というか師匠に報告でもされようものなら、次の鍛錬で生き抜ける保証がなくなる。なんとしてもこの場で収めなければ!
「ニナ、聞いてくれ。確かに俺がシオンの頭を撫でたように見えたかもしれない。でもあれは俺の意思じゃない。俺の右腕が勝手に動いたんだ。わかるだろ?」
「わかるよ。私の右腕も今勝手にアオイにお仕置きしようとしてるし」
「いやぁ腕が勝手に動くわけないよなぁ!そうだよな、うん。だからほら、その手を収めて?」
プルプルと上がってきているニナの右腕に絶望的な恐怖を感じる。冷や汗が止まらないよう。
「え、えーっとさ、ほら、なんつーか、前に俺小さい妹いるって話したろ?ホームシックつーかさぁ、な?わかるだろ?そんな感じなんですよまじでごめんなさい!」
「へぇ〜」
ニナの綺麗な空色の瞳がとんでも無く濁っている。そこには侮蔑と悍ましさと気持ち悪さの意が込められている。うわぁ、心に効くなぁ........。
「まあ、良いや。いこ、シオン。私がなんか欲しいもの買ったげる!」
「え?あっ、えっと。ありがとうございます?」
ニナは俺に向けていた表情を一転させ、シオンにパッと明るい顔を見せ、シオンの手を引きながら歩いていく。シオンはその変化に戸惑いながらもついて行った。
残されたのは、変態認定されそうな危険人物が一人。
逆転の目は、1つだけ。
うし、経済回す《なんか買う》かぁ。
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ニナに許してもらうため、何か彼女が気に入りそうなものを走り回って買った後。そう言えば結局宿の場所わかんねーじゃんと気づいた俺は、村の中をトボトボと歩いていた。
日はすっかり沈んでいるが、村の喧騒は絶えず、街灯や酒場の光などが道を照らしている。アルクトゥスの街ではよく見る光景だが、やはりこの村は相当発展しているな。
特にこの街灯。これを動かしているのはもちろん魔力なわけで、村中に配置するには相当な魔力量が必要になってくる。腕のいい魔法使いを雇っているのか、はたまた研究が進んで効率が良くなっているのかはわからないが、大したものだ。
そんなことを考えていたら、お腹が悲鳴を上げ始めた。うーむ、宿についてからみんなで食べようと思ってたんだが、流石に腹が減ってしまった。
「そこら辺の飯屋にでも入るかー」
まあ、あいつらのことだし俺を待たずに先に食べているだろうからな。
しばらく歩くと美味しそうな匂いがただよう酒場があったので、そこにお邪魔する。中にはたくさんの客がいて少しばかり騒々しいが、このくらいなら冒険者ギルドで鍛えられた俺の鼓膜には問題ない。
カウンターの一人席が空いていたのでそこに座り、適当に美味しそうなものをメニューから探す。ふむ、この『おすすめ!ミソラポークのサクサクカツ丼!』の匂いに俺は釣られたわけだな?ならばこれを食べぬわけにはいかないな。
「すいませーん!」
「はいはーい!」
「えっとー、これとこれと、あとこれと、このおすすめのやつくれますか?」
「はーい!少々お待ちくださーい!」
看板娘だろうか、非常に元気な女の子が接客してくれた。ああいうのを見るとこちらも元気になってくる。いい従業員だ。
店の客層も若い人からおじさんおばさんまでと広いし、みんな明るく楽しそうな表情を浮かべている。お客さんのほとんどが看板娘の子と仲良く喋っていて、雰囲気は和やか。きっと、ここら辺の人たちがよく来るのだろう。
そんな明るい雰囲気に心地よくなりながら、注文したものを待っていると、後ろの席の人たちの会話が耳に入って来る。
「おいおい、お前もう寝そうじゃねぇか。大丈夫か?」
「んっ?んおっ、やべぇ意識飛んでたわ」
「珍しいな、そんなに疲れてるなんて」
「昨日の夜くらいからよ、警備がすげぇ強化されてんだ。そのせいで寝れてねぇんだよ」
「なるほどねぇ。まあ、明日は念願の『開門の儀』があるからな。村長も気合入ってんだろ」
「別に文句はねぇさ。俺らだって待ち望んでたんだからな」
「違いない。20年前じゃ考えられもしなかったよな、うちの村で『開門の儀』が開かれるなんてよ」
「ああ。俺らがガキん頃はそこらの村となんも変わらなかったのに..........今じゃもう街って言えるレベルだろ?すげぇよな、まじで」
なんだか話を盗み聞きしているみたいで申し訳ないが、興味深い話だ。そうかそうか、この村は普通の村と比べてやけに発展していると思っていたが、ここ最近のことなのか。
というか、てっきり俺は『開門の儀』が開かれる場所というのはただ地域の真ん中にあるというだけかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。地域で1番発展しているところを中心に範囲を決めているのか?はわからないが、そんな感じだろう。
「それもこれもよ、キルケさんが頑張ってくれたからだよな」
「そうだな。あの人が村長になったおかげで、こんなに村が発展したんだ。感謝してもしたりねぇよ」
「だな。住民の間じゃ、そろそろ村から街に昇格させるんじゃねぇかって噂だぜ」
「しばらく前からその話題はずっと上がってたけど、結局まだしてないだろ?今度のもガセじゃねぇのか?」
「知らね。でも、住民はみんな期待してるだろ。数年前からよ、いつ街に上がってもおかしくないだろってさ。それなのにしてないってことは、キルケさんなりの考えがあるんだろうさ」
「そうだな、俺らにゃ到底わからねぇことを考えてるに違いない」
「そ、だからあの人に任せときゃいいんだ。あの人が警備を強化するなら、住民の俺らは全力でそれに応える。それだけのことよ」
「ヒュー、かっけぇ」
「うっせ」
いやいや、かっこいいぞ、あんた。そんな気概を持って仕事できるなんて、凄いことじゃないか。
この村は、キルケさんという人のおかげで成長できたらしい。相当なやり手なんだろうな。どんな人なんだろうか。住民からこれだけ慕われているんだ、なかなかのいい人かもしれないな。
いやはや、この村はほんとに幸せそうだ。今夜はこの心地良い雰囲気に身を委ねながらゆっくり過ごすとしますか。
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