第3話 こんにちは、異世界

 

  目が覚めたら、俺は、異世界にいた。



 俺はさっきまで、バイトをし、電車に揺られ、気まぐれにほのぼのと手相占いを受け、さあ帰ったらご飯食べながら好きなGootuberのSMO Villageの動画でもみようかななどと、そんなこと思いながら、いつも通りの日常を過ごしていたわけだが..........


  「え、どこここ」


 気づけばそこは、森の中。


 俺のような一般人が森と言われて、パッと思い浮かぶような、日曜の昼にシート引いてお昼寝したら気持ちいいだろうなぁとか、そんな感想が出てくるような、森。


 鳥がチュンチュンと囀り、爽やかな風が頬を撫で、木がサワサワと揺れている。


 目に入るのは木の緑と、あたたかな木漏れ日が照らす黄土色の地面のみ。それが、見える範囲の、どこまでも続いている。


 これだけだったら、もしや意識を失っている間にそこらの山にでも捨てられたのだろうかと、そんなことも思えたんだろうが。


  「空気が、おかしいな」


 そう。俺の住んでいたいわゆる地球とは、明らかに違うのが、空気。

 それは都会の汚れた空気と、森林の澄んだ空気は違うだろうと、そう言ったようなものではなく、もっと違う何か。


 これは、なんだろうか。あまり理科には詳しくない俺だが、密度が高いというか、全体的にモワモワしている気がする。


「もしかしてこれが魔力なのか?確か空気中の魔力がどうとか言っていたような.....」


 そうだ、そう言えばあの占い師さんは「空気中の魔力許容量が少なくて魔力が溶け込めない」と言っていた。ということは、魔力は空気中に混じっているものなのではないだろうか。


「まぁ、今はそんなことはいいんだ。大事なのは、これからどうするか、だな」


 こんな森の中で、ひとりぼっち。何もないはずがなく。

 ........俺は死んでしまうのでした、なんてそんなことになってたまるか!


 くっそー、もっと占い師さんから色々聞いとけばよかった。

 てかあの人もこんなとこに飛ばすんだったら色々説明したりもっと他の安全そうなところに飛ばしたりあっただろうに.....まぁ話聞かなかったのは俺なんですけどもね。


 いやでもあの話をなんでもない状況で聞かされたって信じる奴はいないはずだ!きっと!

 だからまあ、今更悔やんでもしょうがない。

 今は状況を打開する策を考えなければ。


「まずは人に会いたいな。サバイバルの知識なんてほとんどないし、早くしないと野生の動物に襲われるなりなんなりであっさり死にそうだ」


 きっとこの森に入ってくる人であればそれなりに生存の術を持っているだろうし、何より人に出会えれば街や村などにも行けるかもしれない。


 森の動物を狩って生きていくにせよ、お金を稼いでコミュニティの中で暮らしていくにせよ、まずは第一村人を発見せねばなるまいて。


 それに、ここが本当に異世界なのかも、人に会わなきゃ確認できないし、異世界の常識やらなんやらを色々教えてもらわなきゃならない。


 よし、そーなったらまずは------


  「ここに留まるか、それとも動くか、だな」


 これを決めなければいけない。


 動くとなればかなりの体力が必要になるだろうし、留まるとしても、いつ人が来るかわからない中で、いつまでもじっとしていられるものか。精神的にきつくなりそうだ。


 この選択が、俺の命を分けるかもしれない。そう思うと、意思が鈍る。決断をしたくなくなる。勇気が、出ない。


 しかし、このままだとなんの覚悟もなく曖昧な選択を取り続けることになるだろう。それはダメだ。生きるにせよ死ぬにせよ、この選択をなあなあに終わらせてしまったら、きっと俺はダメになる。


 決めなければならない。覚悟を持って。


 俺はー-------













 昼に生きるものと夜に生きるものが交わる時間。歌うような鳥の声はもう聞こえず、あたりには風が草木を揺する音が響いている。


 地平線なんてものは見えないが、それでも、木の葉の間からちらりと見える空は、真っ赤に染まっていて、太陽の定時がすぐそこに迫っているだろうことを教えてくれる。


 日本では黄昏時や、逢魔時なんて呼ばれるような、そんな時間帯。


 俺は、この世界で意識を取り戻した場所で、木に背中を預けながら、人が来るのを待っていた。


「やべぇな。もうちょっとで夜になっちまうよ。火もろくに起こせねぇし、くっそ、早く助けこねぇかなぁ」


 サバイバルの知識なんてかけらも持っていない俺は、何かできるわけでもなく、ただ座り込んでいた。


「幸い水と食べ物は多少あるとは言え、これが3日も続くようならまずいよなぁ......」


 今、俺が持っていたトートバッグには、バイトの時に買った500mlの水が2/3ほど残っているのと、休憩中に食べられなかったコンビニのサンドイッチ、それと個人的に好きなチャッチュチョップスが3本ほど入っている。


 ここに着いたのが大体こちらの時間でお昼過ぎくらいだと思うので、約5.6時間は経っているのだろうが、いつまでここで待たなくてはいけないのかも不透明な中、考えなしに飲み食いするわけにもいかない。


 食べ物も飲み物も、自分に少しでもその手の知識があればなんとかなったのかもしれないが、生憎と山籠りの経験は俺にはないので、ここから大幅に増やすことはできないだろう。


 そういうわけで、今はじっと動かず、無駄な体力を使わないようにして助けを待っているというわけである。


 もうすぐ夜になると言うのに、火の一つも起こせない俺は、時と共に暗く、静閑になってゆく森の中で、静かに息を潜めていた。









「っは。やべぇ、いつのまにか寝てたのか、俺」


 座っている間に眠ってしまった俺は、ゆっくりとあたりを見回す。


 どうやら、獰猛な動物なんかには目をつけられていないらしい。


「よく考えればこっちに飛ばされたの夜だったもんな。バイトの後だったし、疲れてて当然か」


 だが、こんな森の中でなんの対策もせずに寝るのは流石に危険すぎる。今回は大丈夫だったけど、幸運に恵まれたと思い、次からは気をつけねば。


 とはいえ、十分に寝ることができたのか、眠気はさっぱりと取れている。この調子なら、朝を迎えるまでは起きていられそうだな。


 寝起きの悪さでは他の追随を許さないと自負している俺が、寝起きがさっぱりしてるなんて。やはり森の中ということもあって緊張しているのだろうか。


 まあ、眠くないのならいいんだ。さっき反省したばかりなのに、また寝てしまったなんてことになれば、ただの阿呆である。


 気を引き締めようと、気持ちを新たにした、その時。


 サ......ガサ.......サ.......ガササ....


  と、後方で草の擦れる音がした。


 俺は音のした方へバッと振り向く。


 一瞬人が通ったのかとも思ったが、この暗い森の中、明かりもつけずに移動するような奴はいないだろうと思う。


 普通の者ならば、きっと日が出てから動くだろうし、そもそも自由に動き回れる明るさじゃあない。


 そうなると、やはり野生の動物か。


 うさぎなんかの草食動物ならば問題はないのだが、オオカミや熊などの肉食だった場合、俺は詰むかもしれない。


 が、どちらにせよ、今自分にできることは、バレないように天に祈りながら、音の正体が過ぎ去ることを待つのみである。


 少しでも動けば、きっと草の擦れる音で気づかれてしまうだろう。夜に動いてると言うことは、相手は夜目が効くタイプのはず。そんなのと追いかけっこになれば、万が一にもこちらに勝ち目はないのだ。


 頼む、どうかお願いします!最近俺は信号無視しなくなったし、コンビニで3円余ったら募金するようにしてるし、ダイエットも頑張ってます!


 だから、どうか、どうか------


 などと願うも虚しく。


 それは善行の中身がしょぼく、というかダイエットはそもそも善行じゃないからなのか、はたまたその願いを聞き届けるべき神様など、最初から存在しなかったのか。


 それは神のみぞ、いや、神がいないのであればもはや誰にもわからないことではあるが、しかし、蒼の心からの願いは儚く散り。



 蒼と音の正体は、出会ってしまった。

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