【最終話】マネージャーを愛する者ォ!それはァァァ!!ボル…(略)

俺はマネージャーを愛している。なのに、俺は彼女を怯えさせてしまった。俺が魔法で作った氷の塊を、狙い通りに投げられなかったからだ。


俺は気を失った彼女を担いで家まで送り届け、ご両親に預けて経緯を説明した。もちろん、俺の放った魔法によって彼女を失神させてしまったことについてもだ。ご両親からはむしろ礼を言われた。「魔物から娘を救ってくれた」と。なんて素晴らしいご両親なのだろう。


そしてそのまま我が家ではなく河原に戻った。それはもちろん、魔法の氷の投球練習をするためだ。


明日ももちろん仕事だから早く休まなければいけない。だが、これは自分に対する戒めでもある。朝まで徹夜で、コントロールの練習をする義務があるのだ。

川の対岸に見える白っぽい石を的にして、俺はひたすらアイス・ボールを投げ続けた。


「ダぁぁぁぁ・イリぃぃダぁぁ……(略)」

「ダぁぁ……(略)」

「ダ……(略)」


夜は更けていく。




太陽の光が目に突き刺さる、そんな朝。

川の対岸にあった白い石は消滅した。俺の剛速球によって粉砕され、石があった場所にはまん丸に抉れた地面のくぼみだけが残っている。百発百中。全弾、寸分の狂いもなく投げられた。


氷の塊を徹夜で投げ続けた俺は、うつろな目で川を眺める。


ふと思った。このアイス・ボールの魔法を上手く投げられるようになって、彼女は果たして俺のことを許してくれるだろうか。


『あの時は手が滑っただけだ!今度は大丈夫!』


もしも同じような場面に遭遇した時、そんな言葉を誰が信じるだろうか。


ともかく俺は、一旦家に帰ることにした。

仕事に向かう前にマネージャーの家を訪ねようかとも思ったが、やめた。彼女に何と言われるのかと、怖くて行けなかったのだ。



仕事にはロクに身が入らなかった。


「ぅおぉーい!メシの時間だぁぁぁぁー!!」


親方の声。

目の覚めた彼女は俺のことをどう思っているのかと考え続けて、あっと言う間に午前中が過ぎた。

いつもの手製弁当も持って来ておらず、今日はメシ抜きだ。だが、腹はあまり減っていない。なにせ寝不足に加えて、午前中はほとんど仕事をしていないようなものだ。


休憩中はやることもないので、適当にその辺に散らばった本で積み木みたいなことをやっていた。すると、ある本の表紙が目に入った。


「ゲイン・トラスト(信用の魔法)」


でき過ぎている。だが俺は運命と、神の存在を感じた。なんとご丁寧に意味やらなにやらまで書かれている。恐らく解読済みの本なのだろう。俺はその本をタンクトップの内側に隠した。



午後も仕事に身が入らなかった。

服の中に隠したこの魔法書を、早く家に帰って練習したかったのだ。


(待ち遠しい。待ち遠しい待ち遠しいッ!)



仕事から帰り、河原。

俺は手に入れた魔法書を広げ、さっそく練習をしていた。


「ええと……。ハートの形を、両手で作って、左の胸の前辺りから、前に突き出して……」


実践してみると、これも簡単そうな魔法だった。


「なるほど。“ゲイン・トラスト”と叫びながらやるんだな」



やはり俺には魔法の、インテリの才能があったのかもしれない。


川に向かって……、


「ゲイン・トラスト!」


魚が2匹跳ねた。



空に向かってぇ……、


「ゲイン・トラスト!!」


鳥がハートを描いて飛んだ。


「魔法とはすごいものだ……」


空を見上げていたその時――。



「きゃぁぁぁぁっ!!!」


女性の悲鳴。

もしやと思い振り返ると、やはり枯れ木の根元にマネージャー。


そしてその近くには、デカいカニのような魔獣がガサガサと動いているではないか。

俺の足元にはもちろん、投げるための石はナシ。ハート型はあるけど投げられない。


好機到来。

俺は右腕を高く掲げようとした。


「アイス……」



氷の塊をカニに当てる自信はある。

あれだけ練習したのだ。というより、1投目以外は全部狙いを外していない。


だが俺は躊躇した。

例え俺に自信があったとしても、受ける彼女からすれば関係ない。また泡を吹いて倒れてしまうかもしれない。その恐怖はマネージャーのあの怯えたような目が物語っている。



彼女だけでなく俺もまた恐怖に支配されようとしていた時、俺はハッとした。

今日は何のために本を持ち帰り練習したのだ。彼女から信用される魔法・・・・・・・が使えるじゃないか。


俺は上げかけた右腕を下ろし、左手と合わせてハートの形を作ろうとした。

その時――。


「信じてるからっ!」

「マネージャー……?」


もうすぐ日が暮れるというのに、遠目にも彼女の目はとても輝いているように見えた。


「私、ボルガさんが、ここで練習してたの、知ってるから!」

「なっ……」


なんということだ。

そういえば彼女は今日も昨晩も、なんでこんなところに一人でいるのか疑問に思っていたところでもあった。

まさか、まさか……。


「だって、私、ボルガさんのことが――!」


俺は前に突き出した右手で彼女を制した。

そして、その腕を、鍛え上げたこの右腕を、天高く掲げた。


「マネージャー……、そこから先は、そのカニみたいな奴を倒してからだ……」


カニの魔獣はワサワサ動き、大きなハサミをマネージャーに向けて振り上げた。





「アイぃスぅぅぅぅぅ!!!!」


燃え盛るような魔力が、俺の全身から胸の辺りに集まる。


「ボぉールぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!」


集まった熱い何かは血液のように肩を通り、上腕、肘、前腕、手首の順でドクドクと巡っていく。そして手の平に吐き出された時には、その感覚は「熱さ」ではなく「冷たさ」だったと気が付くのだ。

その冷気の塊をヤ・キウボールのように鷲掴みにして、覆いかぶせるように左手を添える。



「いぃいぃぃくぅぞぉぉおぉぅぅ!くそガニぃぃぃぃいいいい!!!!!!!」


左足を高く上げ、一度ピタリと止まる。


「んんんんダぁぁぁぁぁぁ・イリぃぃぃぃーダボぉールぅぅぅぅ……」


俺は、死んでも外さん。



「いちごうぅぅぅぅだァァァァァァァッッ!!!!!!!!!!!!」









カニは爆発した。


俺はマネージャーの元へ向かった。俺の気持ちを伝えようと思ったのだ。


歩き始めるとすぐに背後で声が聴こえた。


「キキィッ!!」


サルの魔獣が俺の持ってきた魔法書を手に、走り去ろうとしている。

俺は全速力で追いかけた。ドスドスと音を立てて追いかけた。

それでもサルには追い付けない。


「ぉおらぁぁぁ!待てぇぇぇクソザルぅぅぅ!!!」


後ろで「クスッ」と声がした。




翌日、俺は親方に呼び出された。

魔法書を持ち帰ったのがバレていて、晴れて俺は解雇となった。



それでも良いか。

彼女が笑ってくれたから。


俺の名はボルガ・バットフルト。

マネージャーを愛する魔法士だ。

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魔法は掴んで投げるものォ! @hayataruu

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