秘仏の阿修羅ちゃん①
西洋人が持つ港の蔵で、何者かによって人足が殴られた。
すぐに警察が立ち入ったが、そのうちのひとりも殴られた。
ふたりとも犯人を目撃できず、蔵の周囲に不審な人影もなく、足跡ひとつ残っていない。
その状況から犯人の目星がつかず、早速捜査は暗礁に乗り上げた。
「それで俺たちに依頼が来た、というわけか」
事件現場の蔵の前で、南京錠が開くのを待つ。
中の品を盗むなと釘を刺されてから、ランプを手にして中へと入っていった。
「盗むな、なんて。信用されてないなぁ」
「舶来の貴重な品ばかりなのだろう。気に障るが仕方ない」
確かに、蔵の棚には見たことのない品ばかりが並んでいた。独特な匂いのする乾いた葉、西洋の字が書いてある瓶や缶、樽などだ。
どれも食べ物だろうが、見てもサッパリわからない。盗んだところで、役に立てられる者はなかなかいないだろう。
「ふたりが殴られたのは、どこだ?」
「もっと奥みたいだよ」
「何だ、突き当たりにも扉があるのか」
「港に出し入れするのに都合が……うわぁ!!」
ランプの明かりに照らされて、ギョロリと目を向いて口を開く、憤怒の顔が浮かび上がった。
もしや犯人かと思いきや、人の背丈ほどはある金剛力士像。仁王像の片割れ、阿形である。
「舶来品を売ったお金で、仏像を買っていたんだね」
「これは見事な出来だ、慶派ではないだろうか。これほどのものが西洋に渡ってしまうのか」
隆々とした筋肉、一瞬をとらえたような姿勢、雄叫びが聞こえてきそうな表情に、リュウはほれぼれとしている。
「この大日如来も、いい出来だ。穏やかにして、張り詰めた雰囲気、これはよく彫れている。どこかの御本尊だったに違いない」
「リュウ、詳しいね」
「まぁ、世話になった坊主がいてな」
子供のように夢中になって仏像を見るリュウに対し、神道の稲荷狐で専門外のコンコはぼんやり見ているだけだった。
「ねぇリュウ。仁王様って、ふたり一組じゃないの?」
「そうだが……。言われてみれば
そのとき、背後で空を切る音が鳴った。
リュウは
襲ってきたのが、阿形だったのだ。
「リュウ!!」
「利き腕じゃない、大丈夫だ」
コンコがキッと阿形を睨みつけ、祝詞を唱えてなまくらを青白く輝かせた。
しかしリュウには構える気配がない。
傷は思っていたより深いのかと、コンコが心配そうに見つめると、リュウは申し訳なさそうに口を開いた。
「コンコ、斬らねばならぬか?」
「だって、ふたりも怪我をして、リュウまで殴られたんだよ!? 封じないと危ないよ!」
「壊しては、もったいない。慶派だぞ?」
コンコは、こんなときに何を言っているのかと呆れ返り、リュウへの心配が吹き飛んだ。
阿形が振り下ろす
「リュウ、いつまでこんなことをやるつもり?」
「こうするのだ!」
リュウは刀を降ろすと阿形の腕を掴み、目一杯の力で引き上げた。首から半身がズルリと抜けたその瞬間、阿形の動きはピタリと止まった。
「寄木造で助かった」
「それでも動いていたら、どうするのさ!」
「最後まで解体するまでだ」
「リュウ! 後ろ!」
息つく間もなく不動明王が動き出し、剣を構えて襲いかかった。リュウは刀の鞘で応戦し、力のこもった声を震わせた。
「こ……これもまた、素晴らしい!!」
「そんなことを言っている場合じゃないよ!」
リュウが構えた鞘を払い、横一文字に振られた剣が舶来品をなぎ倒す。
箱は飛び散り、瓶は砕け、缶の山が弾け飛ぶ。
「うわぁぁぁ! 怒られるぅぅぅ!」
「盗むなとしか言われておらん! 理由を話せばわかってくれよう!」
剣を振り切りガバっと開いた不動明王、リュウは懐に飛び込んで首を掴んで引き上げた。
首から胸にかけての部分がスポッと抜けると、不動明王はピタリと止まり、残った左右が倒れていった。
「いかん! 壊れる!」
リュウは抜いた中央をもたれさせたまま、左右の部分を手で押さえ、そばの棚に立てかけた。
「もう、バラバラにしちゃって……」
「仏師を呼べばよい、廃仏毀釈で暇だろう」
「それに形が変わっちゃってるじゃないか。元に戻しても、これじゃあ元の形じゃないよ」
「相手が動いているのだ、やむを得ん。壊すよりかはマシだろう」
そしてリュウは阿形と不動明王をまじまじ眺め
「これはこれで、勢いがあってよい」
と満足していた。コンコは呆れるばかりである。
「リュウが仏像好きだなんて、知らなかったよ。身体を鍛えているのも、こういうふうになりたいからかな?」
図星だったらしく、リュウの顔が赤くなった。何も言い返せず唇を噛むリュウを見て、コンコはにやけ笑いが抑えられない。
「な、何がおかしい」
「おかしくないよぅ。高島さんがリュウのことを知りたがっているから、今度教えてあげようって思っただけ」
コンコがいたずらっぽく笑っていると、そばの扉がギギギ……と鳴った。
わずかに開いた扉の隙間から、月明かりに照らされて青く染まる夜空が現れた。それはまるで、一幅の掛軸だ。
そのうちズズ……ズズ……と音を立てながら、黒い人影が姿を見せた。
コンコもリュウもそれから目が離せず、ごくりと唾を飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます